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ブッシュ政権の新朝鮮半島戦略
持田直武 国際ニュース分析

2002年10月31日(APAレポート11月号転載) 持田直武

 ブッシュ政権が北朝鮮の核開発問題で新しい動きをみせている。対イラクとは違って、武力行使を否定、国際的な外交圧力で核開発を阻止するという。国際社会はこの動きを支持。日米韓中ロの関係5カ国もこの目標に向かって協力することで合意した。いわば周辺主要国による北朝鮮包囲網の形成である。だが、北朝鮮の反応は予測しがたく、状況は厳しい。


・外交による核阻止で関係国の足並み揃う

 ブッシュ大統領は10月25・26の両日、テキサス州とメキシコAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の席で小泉首相、江沢民主席、金大中大統領の3首脳と会談、北朝鮮に対し外交的手段で「核開発計画の放棄」を迫ることで合意した。プーチン大統領はチェチェン武装集団の劇場人質事件でAPEC出席を取りやめ、会談に参加できなかったが、モスクワから支持を表明。日米韓中ロの関係5カ国の足並みが揃った。

 北朝鮮の核開発問題は1993―94年に次いで2回目。前回は米クリントン政権が単独で北朝鮮と枠組み合意を締結し、その後日米韓などがKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)を組織して合意の実施に協力している。今回ブッシュ政権は問題の表面化と同時に外交手段で解決をはかる方針を示し、関係国に情報を提供して協力を求めた。同政権の対イラク強硬方針とはまったく違うアプローチである。

 国際社会はこのブッシュ政権の方針を全面的に支持。APEC首脳会合は27日「平和的解決を確保するとの我々の決意を再確認する」という特別声明を出した。日米韓中ロ5カ国の協力態勢を背後から支えるものだ。この5ヶ国は1999年秋、北朝鮮がテポドン・ミサイルの発射実験を準備した時も、阻止で足並みを揃えた。その結果、北朝鮮が実験を延期し、危機は遠のいたが、今回はこれよりはるかに問題は複雑とみなければならない。 


・外交的手段を優先する事情

 ブッシュ政権の外交優先の方針に対して、直ちに疑問の声が米国内からあがる。上院情報委員会のグラハム委員長は10月20日CBSテレビで、「イラクより北朝鮮のほうがはるかに危険」と述べ、ブッシュ政権の方針を批判した。同委員長は「イラクはまだ核兵器を持たないが、北朝鮮はすでに核爆弾1個か2個を所有し、米本土を攻撃可能なミサイルを開発中だ」と主張。ブッシュ政権がイラクに軍事力行使の方針を打ち出しながら、北朝鮮には平和的手段をとるのは間違っていると強調した。

 これに対して、ホワイトハウスのライス安全保障担当補佐官は同じ日のCNNテレビで、「イラクは過去の経緯から軍事的圧力が必要だ」と述べて、イラクに対する軍事優先政策を擁護。その一方で「北朝鮮は経済制裁の解除を望んでおり、この状況では外交努力のほうが成功する確率が高い」と説明した。しかし、説明に説得力がないのは明らかだった。今後の北朝鮮の出方によっては、武力行使の世論が高まり、ブッシュ政権として決断を迫られることも十分予想される。

 ブッシュ政権幹部は口にするのを避けているが、同政権が外交手段をとるのは、軍事力行使をした場合の犠牲の大きさを無視できないためだ。戦争になれば、38度線から42キロのソウル市街は北朝鮮の砲撃の射程内に入り、市民数百万の犠牲は避けられないという。また、在韓米軍とその家族にも多数の犠牲がでる。米軍基地のある日本にもミサイル攻撃があるとみなければならない。イラク攻撃よりも被害ははるかに大きいことは間違いないだろう。

 1993年から94年の核危機で、クリントン政権はピョンヤン北方の寧辺にある核施設爆撃を計画したが、犠牲の大きさを考えて躊躇。結局、カーター元大統領の仲介で、枠組み合意を締結した。核開発の停止と引き換えに軽水炉2基を提供するという合意である。今回の危機は、北朝鮮がこの合意に反して核開発を再開したことが原因だ。ブッシュ政権は、このクリントン政権の合意を安易と強く批判していた経緯もあり、外交手段をとる場合も強硬な姿勢に出ることが予想される。


・無視できない中国の重み

 ブッシュ大統領は25日、江沢民主席との会談後の記者会見で「パウエル国務長官に対し、日米韓中ロの五カ国外相と連絡を緊密に取り、北朝鮮の核開発阻止を目指して共通の戦略をまとめるよう指示した」と述べた。核開発のような朝鮮半島の重要問題で、米国がこのように各国と協議してから共通の戦略をまとめるとの姿勢をみせるのは初めてである。

 同時に、ブッシュ政権のこの姿勢は、外交的手段をとる場合、北朝鮮に影響力を持つ中国の存在が無視できないことも示している。26日付けのワシントン・ポストによれば、同政権の高官は「今後北朝鮮と力で対決する事態が避けられるかどうかは、中国が背後で圧力を加えるかどうかにかかっている」と述べたという。日米韓中ロの5カ国の共同歩調だが、ブッシュ政権は中でも中国の協力にもっとも大きなウエイトを置いているのだ。

 実は、25日のブッシュ・江沢民会談で、米側は「同主席が北朝鮮に対して強い立場の役割を演じる」という趣旨の発言をすることを期待したという。しかし、主席は注意深くそれを避けた。その結果、当面「ブッシュ政権が北朝鮮に対してBad Cop(悪徳警官)役、中国はGood Cop(やさしい警官)役、日本は Sugar Daddy(甘い父親)の役割をそれぞれ演じることになる」というのである。

 また、ブッシュ大統領は江沢民主席との会談で、来年の晩春にチェイニー副大統領を中国に派遣すると約束したが、同政権高官はこれに関連して「副大統領が問題解決の祝賀使節となる可能性は低い」と述べた。ブッシュ政権が核開発だけでなく、ミサイルや通常兵力削減、テロなど、北朝鮮との間の主要課題の包括的な解決を目指していることは明らかで、それには長期の対応が必要と考えていることがわかる。


・米のリーダーシップを支える情報収集力

 今回の問題で、関係国が足並みをはやばやと揃えた背景には、米情報機関が集めた情報の力があることも忘れてはならない。江沢民主席はブッシュ大統領と会談後の記者会見で、「今度の核開発についてはまったく知らなかった」と答えた。ブッシュ政権の情報提供で初めて知り、外交的解決に協力するに至ったことを正直に認めたものだ。

 今回の北朝鮮の核開発再開情報は10月16日、米の一部マスメディアに漏れたことがきっかけで、ブッシュ政権が急遽公表した。同時にボルトン国務次官とケリー次官補が日韓中ロの各国を訪問して情報を提供、外交的解決に協力を求めた。米のマスメディアはこの迅速な初動が各国の足並みを揃える上で効果をあげたと評価している。米情報機関が収集した情報の力がブッシュ政権のリーダーシップを生んだと言えるだろう。

 ワシントン・ポスト10月18日の報道によれば、米情報機関は北朝鮮が核開発を再開したという情報をすでに2年前にキャッチした。その後も情報は増え続け、今年8月になって動かぬ証拠が確認できた。ブッシュ政権が密かに主要国の根回しを開始するのはこの頃からだという。情報に強い同政権の特徴を発揮したと言ってよい。

 ブッシュ大統領の父親元大統領はCIA長官時代の部下を厚遇し、その中の幹部2人を韓国駐在大使に抜擢するなど、ブッシュ家と情報関係者の関係は深い。ブッシュ大統領が2年前の大統領選挙の際、当時のクリントン政権の北朝鮮政策を甘いと批判。今年の年頭教書で北朝鮮を「悪の枢軸」と非難した根拠もこれら関係者の情報が背景にあったとみてよいだろう。

 しかも、北朝鮮の核開発のような極秘情報をこれだけ正確に収集できる国は現在のところ米国しかない。今度の問題では、米情報機関は北朝鮮が密かに輸入した濃縮ウラン装置の部品の通関記録まで入手したという。ブッシュ政権が各国との協調態勢を今後も維持し、所期の目的を達成するためには、同政権しか持たないこの種の情報をいかに巧みに使うかが鍵になる。


・日朝国交正常化交渉への影響は必至

 日朝交渉は29、30の両日、クアラルンプルで開催されたが、予想どおり進展はなかった。日本は拉致問題、核開発問題の解決を国交正常化の前提と主張しているが、北朝鮮の主張とは噛み合わない。日米韓中ロが足並みを揃えたことが、日本単独の問題解決を難しくしている面もある。

 現在、北朝鮮と日米韓中ロの間には、拉致、核開発、日朝国交正常化のほか、枠組み合意、ミサイル、通常兵力削減、食糧支援、難民など、難題が山積している。日本はこのうち、拉致と核開発、国交正常化を主要課題としているが、ほかの諸国が重視する課題はそれぞれ違う。

 北朝鮮はブッシュ政権との交渉を最重要視し、今回は不可侵条約を締結して、核そのほかの問題を包括的に解決するよう提案している。しかし、ブッシュ政権はこれを「条約を破った行為に褒美を与えるようなもの」と非難、交渉さえ当面しない強硬姿勢だ。北朝鮮が最優先するブッシュ政権との交渉が進まなければ、核問題の解決の見通しも立たず、従って日朝国交正常化交渉も進むことは期待できない。

 しかし、その間にも、米国が枠組み合意で約束した重油50万トンの提供を続けるのかどうかなど、処理を迫られる問題は多い。米議会は北朝鮮が合意を破って核開発を再開したことに強く反発し、提供する重油の予算を認めない可能性が高くなった。ブッシュ政権はこうした問題を含め、早急に対応策が必要になることは明らかである。

 日本も北朝鮮から一時帰国した拉致被害者5人が家族を呼び寄せられないまま、日本に滞在するような事態は好ましくないだろう。被害者の5人がこのために苦しむような事態は避けなければならない。パウエル国務長官は11月11日からソウルを訪問し、日韓外相と会談する予定だが、これらの機会に共通の戦略だけでなく、個々の具体的な状況を踏まえた対応策を打ち出すことが必要だろう。


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