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北朝鮮の核危機(1) 暴走はどこまで続くのか
持田直武 国際ニュース分析

2003年1月15日 持田直武

北朝鮮が米国との不可侵条約の締結を要求してNPT(核拡散防止条約)から脱退、核兵器開発、ミサイル実験再開に向かって暴走を始めた。ブッシュ政権の反応をうかがいながら、韓国の仲介努力に水をかけ、危機ラインすれすれに接近している。


・仲介役に転じた韓国に冷水をかける

 北朝鮮のNPT脱退宣言は1月10日。その3日前、日米韓3国が核開発放棄を求める共同声明を発表、その中でブッシュ政権が北朝鮮と対話するとの新方針を示したばかりだった。脱退宣言で、北朝鮮はこのブッシュ政権の対話方針を拒否したことになる。同時に、北朝鮮はこの宣言で、米韓同盟の立場を離れて仲介役に廻った韓国政府にも冷水をあびせた。

 韓国は1月早々から、日米はじめ中国、ロシアに特使を派遣、核問題解決を目指す外交努力を重ねた。米メディアが12月末、ブッシュ政権が問題を国連安保理に付託、北朝鮮船舶の臨検も含めた経済制裁案を決めたと報道。これに朝鮮中央通信が「制裁は戦争を意味する」と反発し、緊張が高まっていた時である。韓国政府は北朝鮮をこれ以上追い込まないよう各国を説いたのだ。

 この韓国の努力の結果、1月6日のIAEA(国際原子力機関)の緊急理事会は、北朝鮮に核開発放棄を要求する決議をしたが、安保理付託には触れなかった。代わりに、エルバラダイ事務局長が記者会見で「数週間後の付託」との見解を示すだけにとどめた。IAEAの有力理事国、中国、ロシアへの韓国の働きかけが功を奏したのだ。

 これに応じて、ブッシュ政権も翌日、日米韓3カ国の共同声明の中で、「北朝鮮の義務の履行について、対話を行う用意がある」と述べ、従来の姿勢から踏み出す新方針を示した。韓国はブッシュ政権からこの姿勢を引き出す上でも、大きな役割を演じた。過去の危機では、韓国は米韓同盟に基づいて必ず米国と足並みを揃えた。その立場から一転して、仲介役という第三者の立場に立った意味は大きい。北朝鮮のNPT脱退宣言はこの韓国の新しい動きに水をさした。


・韓国民の北朝鮮親近感にも冷や水

 この韓国の対北朝鮮融和姿勢は、金大中政権の太陽政策が培った各種の交流と協力関係が基礎になっている。韓国の国民の間にも、若者を中心に北朝鮮に対する親近感が広まった。次期大統領に太陽政策の継続を主張する盧武鉉氏が、対北朝鮮強硬策を主張する李会昌氏を破って当選したのもそうした国民感情の変化を物語っている。

 今回の核危機では、北朝鮮は米国と対決するための全民族の団結を呼びかけた。敵は米国で、韓国ではないという姿勢を示したのだ。韓国内の世論の変化と軌を一にした動きだった。1月9日のワシントン・ポストは、ソウルの喫茶店でブランド品を持つ20代後半の3人の女性がインタビューに答え「北朝鮮が核兵器で韓国の同胞を攻撃するはずがない」と答え、この答えは至る場所で聞かれると伝えている。3人とも北朝鮮に親近感を持つが、米国には怒りを感じるという。

 だが、今回の北朝鮮の暴走はこの親近感の温存を許すかどうかを問うことになった。北朝鮮が核開発の動きを進めれば、韓国は緊張が高まり、軍事面だけでなく、海外からの投資など経済面にも影響が及ぶのは必至だ。今まで鳴りをひそめていた親米派が影響力を強めてくるのは間違いない。韓国では、これまでデモは反米デモ一色だったが、1月11日には、ソウルで約3万人が在韓米軍の駐留を支持するデモ行進をした。

 もともと、現在の韓国内の反米気運は米軍軍曹2人が02年6月、装甲車で韓国の女子中学生2人を轢き殺した事件が発端だ。米軍法会議は軍曹たちが公務の演習中で、事故はやむをえなかったとの理由で2人を無罪釈放。憤激した国民が全国でデモを展開、大統領選挙の論戦も加わって民族意識と反米気運が高揚した。しかし、北朝鮮が今のような危機を煽る動きを今後も続ければ、韓国政府は対北朝鮮融和姿勢の根拠を問われ、国民も危機を直視せざるをえなくなる。


・核脅威を煽る北朝鮮の真意

 北朝鮮はNPTからの脱退声明で、「核兵器を製造する意思はない」と述べている。しかし、核施設は監視カメラと封印が撤去され、IAEA査察官も追放されて、北朝鮮の行動を監視する手だてはないのだ。従って、この言葉をそのまま信じることはできない。北朝鮮が今のような動きを今後も続ければ、核兵器の製造が真のねらいとの見方が強まっても不思議ではない。

 北朝鮮の核開発計画は、1994年のプルトニウム使用の核計画、昨年10月表面化したウラニウム使用核計画の2つがある。いずれも、米情報機関が探知して阻止をはかり、前回94年はクリントン政権が枠組み合意を締結。核開発の放棄と引き換えに、米側は日米韓EUとKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)を組織し、軽水炉原発2基と重油50万トン毎年提供することになった。

 今回の核危機も、解決と引き換えに米側から不可侵条約の締結や経済援助を獲得するのが北朝鮮の狙いで、危機はそのための演出という見方も根強い。しかし、前回の危機でも、北朝鮮は解決の直前、核爆弾1−2個分のプルトニウムを秘匿し、その後これを材料にして核爆弾を作ったと見られている。今回も解決が長引けば、北朝鮮はその間に核兵器製造に向かうという見方も多いのだ。

 しかも、今回は、ブッシュ政権や国連安保理がイラク問題をかかえ、北朝鮮の核危機には十分な手がさけない。米軍はイラク周辺に展開し、情報機関も中東に重点的に配置され、ブッシュ政権が頼みとする偵察衛星もイラク情報を重視せざるをえない。北朝鮮がこの間隙をぬって今度の危機を演出していることも確かなことだろう。


・危機ラインは使用済み燃料棒の再処理

 北朝鮮の核関連施設は、寧辺の5千キロワットの実験用原子炉、同地の5万キロワットの原子炉(建設途中)、泰川の20万キロワット原子炉(建設途中)の他、寧辺の施設には使用済み核燃料棒8000本余りが保管されている。北朝鮮が再稼動を通告したのは、このうち寧辺の5千キロワット実験用原子炉で、1ヶ月以内に稼動できるという。

 米情報機関の情報では、北朝鮮は再稼動に備え、現在実験用原子炉の施設内に燃料棒を運び込んでいるという。通告どおり1ヶ月以内に稼動すれば、その結果生まれる使用済み燃料棒から1年間に原爆1個を製造可能なプルトニウムを抽出できる。また、核施設内に現在保管中の8000本の使用済み燃料棒を再処理すれば、原爆5−6個分のプルトニウムの抽出が可能になる。IAEAの推定では、再処理を始めればそれから6ヶ月で爆弾が製造できるという。

 前回94年の核危機の時、米クリントン政権は再処理の開始を危機ラインに設定、使用済み燃料棒を再処理施設に運び込む直前に爆撃する計画だった。しかし、カーター元大統領の調停で危機は避けられた。今回、北朝鮮が同じように使用済み核燃料棒を再処理することになれば、米国の世論は硬化し、ブッシュ政権に対して何らかの行動をとるべきだとの圧力が強まるだろう。

 1月11日には、北朝鮮の崔鎮洙中国駐在大使が記者会見し、凍結中の長距離ミサイル、テポドンの発射実験再開を示唆する発言をした。同ミサイルは米大陸を攻撃する威力を持つだけに、実験再開となれば、核開発以上に米国内の世論を刺激することは間違いない。北朝鮮はそれをねらってこのような示唆をしているのだ。


・国連安保理は制裁を決議できるか

 この状況のもと、パウエル国務長官とエルバラダイ事務局長は1月10日に会談し、北朝鮮が数週間以内に核開発放棄の姿勢を示さなければ、問題を国連安保理に付託することで合意した。一方、北朝鮮の朴吉淵国連大使も同じ10日の記者会見で、「国連安保理によるいかなる経済制裁も宣戦布告とみなす」と述べ、国連の動きを牽制した。双方が相手の出方を見ながらの応酬である。

 国連安保理の討議は今のところ1月末か2月にかけてとみられるが、最初は経済制裁などの強制措置を避け、非難決議にとどめるとの見方が強い。北朝鮮側が制裁は宣戦布告とみなすと反発しており、万一の事態も考えられるためだ。しかし、安保理が非難決議をしても、北朝鮮が核開発放棄に応じるとは限らない。もはやNPTの条約上の制約には拘束されないとの立場をとるとみられるからだ。

 北朝鮮は93年3月に出した脱退宣言に加え、今回の宣言の結果、脱退は1月11日に発効したとの独自の解釈をしている。そして発効後は、NPTの非加盟国インドやパキスタンと同じように、北朝鮮も条約の制約を受けずに核保有ができると主張しているのだ。しかし、安保理側は条約の規定に従って、発効は宣言の90日後、4月10日と解釈し、この前に非難決議や、場合によっては制裁などの対応策をとるとの立場だ。いずれにしても時間は短いことになる。

 こうして北朝鮮に対する圧力が強まる一方で、各国の間にはブッシュ政権に対しても交渉に応じるよう求める動きが活発になるだろう。パウエル国務長官が北朝鮮のNPT脱退宣言に対し、「国際社会を愚弄する行為」と憤慨したように、ブッシュ政権内には北朝鮮の理不順な行為に報酬を与えるべきでないとの主張が強い。事態の収拾は今後の同政権の対応によるところが大きいが、国連としても、今後このような事態を再発させないためにも、北朝鮮に何らかのペナルティーを科すことが必要だろう。

(2) ブッシュ政権の対応へ


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