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北朝鮮の核危機(3) 調停役に転じた韓国
持田直武 国際ニュース分析

2003年1月29日 持田直武

核危機が米韓の姿勢の違いを際立たせている。金大中大統領は交渉を拒否するブッシュ大統領を暗に批判。盧武鉉次期大統領と協議に上で、中立の立場で米朝の調停に乗り出した。朝鮮戦争以来半世紀、米韓同盟に転機が訪れたことを示している。


・同盟の根幹を揺さぶる韓国の動き

 韓国の金大中大統領は1月24日、外国記者団との会見で「相手が嫌いでも時には話し合わなければならないこともある。レーガン大統領はソ連を悪の帝国と呼んで嫌ったが、交渉をした」と述べた。ブッシュ大統領が北朝鮮を嫌悪し、交渉を拒否していることを暗に批判したのだ。

 金大統領はこの記者会見後、大統領特別補佐官の林東源氏を特使として北朝鮮に派遣することを決め、同氏は27日に出発した。盧武鉉次期大統領の補佐官も同行、膠着状態にある米朝の間を中立の立場で調停するという。韓国はこれまで米韓同盟に基づいて危機には必ず米国と歩調を揃えたが、このように同盟の枠を離れ、中立の立場に立つと公言するのは初めてである。

 また、韓国政府は25日、IAEA(国際原子力機関)に対し、北朝鮮の核問題を討議する理事会を延期するよう要請した。IAEA理事会は2月3日、核問題を国連安保理付託を決定する予定だった。訪韓したボルトン米国務次官も23日、「米韓が安保理付託で合意した」と語っていた。しかし、韓国外交通商部は合意を否定、IAEA理事会の延期という米国とは正反対の姿勢を打ち出した。このような重要案件で米韓の対立が国際舞台で表面化したのも初めてだ。


・ブッシュ政権と一線を画す核危機対応

 韓国が北朝鮮の核開発に対し、ブッシュ政権と一線を画していることは21日から3日間開催された南北閣僚級会談でも明らかになる。両国は24日、会談終了後の共同声明で、「両国は核問題で双方の立場を十分に交換し、問題を平和的に解決するため積極的に協力する」と述べた。ブッシュ政権のように北朝鮮の核計画放棄が先と突き放すのではなく、解決のため協力するというのだ。

 このブッシュ政権と一線を画す姿勢は盧武鉉次期大統領もしばしば示している。次期大統領は1月23日、朝日新聞代表と会見し、北朝鮮が核開発に進んだのは「相互不信があったからだ」と述べ、ブッシュ政権にも何がしかの責任があると主張した。ブッシュ政権は、今回の核問題は北朝鮮が一方的に国際条約や取り決めを破って核開発に進んだのが原因との主張だが、次期大統領はその原因の何がしかはブッシュ政権がつくったと言うのだ。

 また、盧武鉉次期大統領は1月16日のニューヨーク・タイムズとの会見で、「北朝鮮はならず者国家の烙印を消したい。そのための核開発なので、消す保証をすれば核開発も放棄する」と述べた。ブッシュ政権が北朝鮮を「ならず者国家」、あるいは「悪の枢軸」と決め付けていることに問題があり、米側もこれを正すべきだという主張である。


・金日成主席主席を評価する教科書登場

 この韓国の動きの背景には、金大中政権が過去5年間太陽政策で蓄積した北朝鮮との交流の実績がある。2000年の南北首脳会談、閣僚級会談の設置などに象徴される政治面の交流。断絶した南北縦断鉄道や道路の連結、北朝鮮の開城で進行中の工業団地建設、金剛山の観光施設開発。これらが韓国国民の間に北朝鮮への親近感を植え付け、南北関係を未来志向で見る目を育てたのだ。

 この雰囲気を反映、韓国の教科書は今年の新学期から北朝鮮の建国者金日成主席を評価する内容を盛り込むことになった。同主席が1930年代後半、日本の帝国主義と戦ったことを紹介する短い文章だという。韓国では、朝鮮戦争以来、金日成主席を評価することはタブーだったことを考えれば、隔世の感と言わねばならない。

 この変化には、北朝鮮の背後の中国、ロシアとの関係が飛躍的に改善したことも影響している。特に、中国との関係は経済を中心に発展、02年の貿易額は往復1,000億ドルを越えて米国を上回り、中国が韓国第一の貿易相手となった。投資も対中国向けが8億3千万ドルで対米投資を凌駕、訪問者も中国人が米国人を上回った。韓国内で中国の存在が日に日に大きくなっているのだ。

 盧武鉉次期大統領は就任後の政策の柱として、日本、中国、ロシアを含めた東アジア経済圏構想を打ち出しているが、将来はこの中に北朝鮮を含め計画とも言われる。このために、南北間の鉄道、道路の連結を急ぎ、韓国から中国、ロシアへ陸路で物資を運ぶ流通網を整備するというのだ。


・軍事力行使でも意見の差拡大

 盧武鉉次期大統領は1月16日のニューヨーク・タイムズのインタビューで、「北朝鮮への武力行使には断固反対する」と述べた。今後、北朝鮮が核施設を稼動、核爆弾の製造を開始し、米軍が核施設を爆撃するような事態になったとしても、韓国はあくまで反対し、米軍が国内の基地から出撃することを認めないというのだ。

 前回94年の核危機の際にも、韓国は米軍の武力行使に強く反対したが、その理由は今回とは違っていた。金泳三前大統領は1月17日の記者会見で、当時を振り返り、反対した理由として、「もし爆撃すれば、38度線の北側に布陣する北朝鮮人民軍が反撃。ソウルが火の海になって数百万人の死傷者が出る他、韓国経済は大打撃を受ける恐れがあったからだ」と述べた。

 一方、次期大統領の盧武鉉氏は武力行使反対の理由として、壊滅的な結果を招くことを理由の1つにあげるが、同時に「米国がならず者国家の烙印をはずしてやれば、北朝鮮は核開発などしない」と主張。爆撃ではなく、米国の方針転換で問題が可決できると主張する。


・在韓米軍の駐留再検討は必至

 盧武鉉氏は1月15日、ソウル中心部にある在韓米軍司令部を訪問、「韓国の平和と安定の維持のため米軍の駐留は現在も将来も必要だ」と述べた。選挙期間中、全国で荒れ狂った反米デモは「米軍撤退」を叫び、この流れに乗って大統領に当選した。米関係者が、韓国の次期政権は米軍撤退を打ち出すと予測しても不思議ではない。

 盧武鉉氏の米軍司令部訪問はこうした憶測を打ち消すねらいがあったことは明らかだった。しかし、今回の核危機が収拾したあと、米軍駐留問題が米韓両国の間で現実の問題として浮上することは必至の情勢である。核危機を契機に、朝鮮半島の情勢が大きく変動し、米軍が冷戦時代のまま駐留する必要があるのかとの疑問が生まれているからだ。

 米軍の撤退の動きは、過去に3度あった。1970−71年、ニクソン政権が当時駐留していた2個師団6万人のうち、1個旅団だけを残して撤退しようとした計画。1977−78年、カーター政権が空軍を除き、地上軍全体を撤退させようとした計画。1990年、ブッシュ(父)政権が10年間で全部隊を撤退させようとした計画などである。

 これら撤退計画の理由は、ニクソン政権の計画がベトナム戦争収拾への動きと連動していたほか、カーター政権は米国内の反戦意識の高まり、ブッシュ(父)政権は冷戦終結の国際情勢を反映するなど、米国側に撤退を促がす背景があった。これに対し、韓国側は北朝鮮の脅威を理由に強く反対、計画はいずれも中断した。

 しかし、現在の韓国内では、北朝鮮脅威論は次第に薄れている。中国、ロシアとの交流も拡大し、東アジアに巨大は経済圏が生まれる可能性も出てきた。韓国は南北の鉄道や道路を連結し、北朝鮮をこの東アジア経済圏に導こうとしている。この状況が続けば、米国が在韓米軍の縮小、または撤退計画を検討しても、韓国がかつてのように強く反対することはないだろう。

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