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イラク攻撃、ブッシュ政権の真意
持田直武 国際ニュース分析

2003年2月4日 持田直武

ブッシュ政権がイラク攻撃の姿勢を強めている。パウエル国務長官は2月5日、米情報機関が収集した証拠を安保理で公開、懐疑的な安保理諸国の説得にあたる。それで各国が納得しなくても、武力行使に踏み切るというのだ。同時に、ブッシュ政権はフセイン大統領の亡命による事態収拾にも積極的だ。真意はどちらにあるのか。


・フセイン政権は世界最大の脅威

 ブッシュ大統領は1月28日の一般教書演説で、イラク攻撃の理由を説明した。その要旨は次のようになる。

1、現在、世界の最大の脅威は無法者政権が核、生物、化学などの大量破壊兵器を所有することである。
2、彼らはそれらの兵器をテロ組織やテロ国家に売り渡し、いつでも使える状況をつくり出している。
3、フセイン政権は湾岸戦争の停戦条件を決めた国連決議に基づいて、大量破壊兵器を放棄すると約束したにも拘わらず、今もって放棄していない。
4、また、同政権は大量破壊兵器の放棄を要求する昨年11月の国連決議をあざむき、国連の査察を妨害している。
5、また、同政権はテロ組織アルカイダの構成員を保護し、援助している。

 ブッシュ大統領は以上のような点を列挙し、パウエル国務長官が2月5日、これらの事実を証明する新証拠を国連安保理に提出すると約束した。そして、フセイン政権が今後も大量破壊兵器の放棄に応じない場合、米国が各国の連合軍を率いて武装解除を行うと強調した。


・米情報機関の証拠を提出する背景

 1月31日のニューヨーク・タイムズによれば、パウエル国務長官が提出する証拠の主要な項目は次の3つという。1、移動式の生物兵器製造工場を保有している証拠。2、核、化学、生物兵器製造用の原料を購入した証拠。3、アルカイダはじめテロ組織との関係を示す証拠。以上に加え、フセイン政権が国連査察チームを組織的にだましている証拠を加えることも検討中という。

 また、アーミテージ国務副長官は1月30日の上院外交委員会の証言で、提出する証拠には「米情報機関が収集した衛星写真、電話の盗聴記録など最新情報を含めるよう検討している」と説明。これらの証拠によって、「フセイン政権が大量破壊兵器を放棄する意思がないことがわかるようにする」と強調した。極秘扱いの衛星写真を国連安保理という公開の場に出すのは1962年のキューバ危機以来である。

 だが、このブッシュ政権の証拠提出は国連査察チームには耳が痛い話になる。この証拠は、本来なら査察チームがイラク現地で収集するべきものだからだ。しかし、フセイン政権が査察を妨害したため、ブッシュ政権が代わりに米情報機関収集の「証拠」を提出する結果になった。査察チームにとっては歯がゆい結果ということになる。

 一方、ブッシュ政権はイラク攻撃を必要とする理由を存分に「証拠」に盛り込む機会を得たことになる。フセイン政権が査察チームの活動を妨害したことも、もう一つの国連決議の重大な違反として武力行使の理由に上乗せできる。同政権のねらい通りの筋書きという推測が出てもおかしくはないのだ。


・不可解な査察チームの証拠探し

 国連査察チームの元団長でポトマック政策研究所のデビッド・ケイ上級研究員は1月19日のワシントン・ポストに「査察の目的は証拠探しではない」と題する一文を寄稿した。同研究員は1991年の査察チームの団長として、イラクを査察し、その経験から証拠としてSmoking Gun(硝煙の立つ銃)を探すのは愚かなだけでなく、国連安保理決議の趣旨にも沿っていないと論じている。

 ここで、安保理決議1441を振り返って見ると、同決議はイラクが湾岸戦争後の数々の決議に背き、大量破壊兵器を現在も保有している可能性があると断定。フセイン政権に対し同兵器の破棄、および同兵器の開発から現在に至る諸行程の完全な報告を提出するよう要求している。そして、これを満たす報告をしない場合、国連決議に対する重大な違反として、重大な結果を招くと警告している。

 この要求に対し、フセイン政権は12月7日、報告書を提出、大量破壊兵器を現在は保有していないと主張した。しかし、米英はじめ安保理事国の多くは、イラクが国連決議の要求に応じていないと結論付けた。保有していない場合、過去に保有していた兵器の解体、破棄の記録を提出する必要があるが、イラクの報告にはこれがない。しかも、記録の欠落、改ざんが明らかで、武装解除の意思がないと判断されたのだ。

 さて、上記のデビッド・ケイ上級研究員は、査察チームはこの点、つまりフセイン政権が武装解除をする意思がない点に焦点を当てるべきだと主張する。そのためには、イラクの報告を詳細に検討、過去に保有していた大量破壊兵器の記録と照合することが必要だ。ところが、査察チームはイラクの報告が出る11日前の11月27日、早くも査察を開始した。報告を見ずに、現場の証拠探しに走り出したのである。


・ブッシュ政権は査察チームを「前座」に使った?

 デビッド・ケイ上級研究員によれば、ブッシュ政権も初めはフセイン政権の武装解除の意思に焦点を当てることを査察の目的にしていたという。しかし、査察チームが現場で証拠探しを始めると、これに反対しなかった。一時は、査察チームに米情報機関の機密情報の提供を約束し、証拠探しに協力する姿勢も見せた。

 しかし、ブッシュ政権はまもなくこの姿勢を変える。約束の機密情報の提供も実行しなかった。査察チームが1月27日、最初の報告を提出したあと、同政権は査察の打ち切りを主張するようになる。イラクが査察を妨害している現状では、査察継続はフセイン大統領に時間稼ぎをさせるだけという主張に変わったのだ。

 1月30日のニューヨーク・タイムズによれば、パウエル国務長官が検討している安保理提出の証拠の中には、イラクが査察チームの活動を妨害していることを示す詳細な衛星写真や盗聴記録が含まれる予定だという。その1つは、査察チームが到着する前、イラク側が現場を「浄化」する写真。また、査察チームが事情を聞くイラク科学者が実は情報部員であることを示す証拠もあるという。

 デビッド・ケイ上級研究員も自身の経験として、核開発疑惑のある建物を10日後に査察すると決めた時、その情報が48時間以内にイラク側に漏れた例をあげている。その決定を知っていたのは、国連職員などわずか10人ほどだったという。この経験から同研究員は、イラクのような独裁国、しかもカリフォルニア州に匹敵する広さの国をわずか200−300人の査察官で査察するのは不可能だと主張している。

 ブッシュ政権はもちろんこの事情を熟知している。同政権幹部の間では、査察をHide and Seek(かくれんぼ)と言って皮肉る発言も珍しくなかった。それでも、査察チームの証拠探しを支援したのは、何故か。デビッド・ケイ上級研究員もこれを疑問としている。ブッシュ政権が米情報機関収集の証拠を効果的に安保理に提出するため、査察チームを「前座」に使ったという見方さえ成り立ちそうなのだ。


・ブッシュ政権はフセイン大統領亡命工作も推進

 武力行使の準備と並行して、フセイン大統領の亡命工作も表面化している。ブッシュ大統領は1月30日、記者団に対して「フセイン大統領が取り巻きを連れて亡命することを歓迎する」と語った。米政権内では、パウエル国務長官やラムズフェルド国防長官が亡命歓迎の発言をしているが、ブッシュ大統領自身がこのような発言をするのは初めて。それだけに、工作面で進展があったのではないかとの憶測を生んでいる。

 特に、ブッシュ大統領が当日会談したサウジアラビアのサウド外相はフセインの亡命工作を推進する中心人物。同外相は会談内容については明らかにしなかったが、すでにヨーロッパやアラブ諸国と連絡を取り、亡命すれば訴追しないことを国連安保理が保証する案などを提案していると言われる。

 ブッシュ大統領は1月31日、ブレアー首相と会談したあと、武力行使は「数週間以内に決断」と語ったが、その一方で「平和解決が望ましい」と発言。フセイン亡命による事態収拾に期待しているとも取れる発言をしている。パウエル国務長官の安保理への証拠提出が効果を発揮し、主要国が武力行使で足並みを揃えれば、これも亡命促進の圧力になることは間違いない。

 武力行使をすれば、戦費は湾岸戦争の約700億ドルをはるかに超え、03年度2,000億ドルと予想される財政赤字がさらに嵩上げされる。低迷中の米経済に痛手になるほか、中東はじめ各国の反戦、反米感情を刺激、テロ組織につけ入る隙を与えかねない。ブッシュ政権とすれば、武力行使の準備の一方で、最後まで亡命による事態収拾もねらうというのが本音だろう。


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