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イラクをめぐる駆け引き
持田直武 国際ニュース分析

2003年2月19日 持田直武

フランス、ドイツが米英のイラク攻撃に待ったをかけている。攻撃が成功すれば、中東石油に対する米英の影響力が強まることは確実。EUを基盤にして影響力拡大を目指す独仏はこれを黙視できないのだ。両国がEUに強力な大統領制を導入し、協力してEUの指導権を握る動きと、この行動は無関係ではない。


・独仏の抵抗とブッシュ政権の後退

 国連安保理が、イラク早期攻撃を主張する米英、反対する独仏中ロに分裂した。2月14日の査察チームの報告後も、双方の対立は解けず、結局、当面査察を継続し、2月28日、または3月1日に追加報告を聞くことになった。継続を主張した独仏が中ロの同調を得て、米英を押さえたのだ。米英は今回の査察チームの報告後、査察を打ち切り、武力行使容認の第二の安保理決議を提案する予定だったが、この提案は決議案の内容も含めて再検討せざるをえなくなった。

 査察チームの報告が「大量破壊兵器保有の証拠は発見されていないが、査察をめぐる状況は改善されつつある」と述べ、査察継続の主張に有利だったことは否定できない。米英はすでにイラク周辺に米軍15万、英軍3万の戦闘部隊を配置、3月上旬を軍事行動開始のDデーに設定した。だが、査察継続の結果、この作戦計画も大幅に遅れることになった。

 独仏がこのように米英の武力行使に立ちはだかるのはこれが初めてではない。2月中旬のNATO会議では、独仏にベルギーを加えた3国が米提案のトルコ共同防衛計画に時期尚早と反対、ブッシュ政権は計画を修正せざるをえなくなった。同防衛計画は、イラク軍がトルコを攻撃した場合、NATO軍が共同防衛にあたるという内容。NATOの加盟国トルコを防衛するのはNATO本来の使命。ブッシュ大統領も「これに反対する3国の行動は理解できない」と強い不満を表明した。


・独仏提携でEUの指導権を狙う

 ラムズフェルド国防長官は1月23日の記者会見で、この独仏の最近の動きを「古いヨーロッパ」と厳しく批判した。第一次大戦前、ドイツが中東進出政策としてベルリン、ビザンティン、バグダッドを結ぶ3B政策を打ち出し、イギリスのカイロ、ケープタウン、カルカッタを結ぶ3C政策と対立した歴史を念頭に置いた批判だった。ブッシュ政権には、そのドイツが今回はフランスと提携し、米英の中東政策に対抗していると映っているのだ。

 米保守派の論客ウイリアム・サファイアー氏は1月23日、ニューヨーク・タイムズのコラムで、「独仏がEUに強力な権限を持つ大統領制を導入することで合意したことが、この動きの背景にある」と分析している。同氏は情報機関の情報に強いことと、共和党保守派の意見を代表することで知られ、このコラムもその意味で注目すべき内容を含むので引用する。

 同氏によれば、この独仏合意は、シュレーダー首相が昨年秋の選挙で再選されたあと成立した。EUの政治体制については、フランスが各国の主権重視の立場から欧州理事会選出の大統領制。ドイツは欧州委員会選出の大統領による連邦制を主張していた。これに対し、今回の合意では、この2人の大統領が並立する2人大統領制にすること。そして、欧州理事会選出の大統領に強い権限を持たせるという内容だ。

 ドイツとしては、フランスに大幅に譲歩した合意だが、シュレーダー首相のねらいはこれによって独仏協力を確保することにあるという。この構想が実現すれば、独仏は将来の欧州理事会の大統領選出に大きな影響力を持ち、EUの政治指導権を握ることも可能になる。これは1963年、当時のドゴール大統領とアデナウアー首相が締結した独仏協力条約の理念にも合致するというのだ。

 ドゴールを崇拝するシラク大統領がドイツの方針転換に歓喜したのは言うまでもない。同大統領がドイツに贈った見返りが、米英のイラク攻撃に共同歩調をとって反対することだった。シュレーダー首相は閣内に反戦の緑の党、国内にも強い反戦世論を抱え、選挙ではイラク攻撃反対を掲げて辛うじて勝った。しかし、米ブッシュ政権との関係は完全に冷却した。シラク大統領は、国内の支持基盤の弱い同首相を助け、その一方でブッシュ政権を裏切ったとサファイアー氏は書いている。


・EU拡大をめぐるブッシュ政権との軋轢

 EUは来年5月、東欧諸国など10カ国を新たに加え、25ヶ国の拡大EUに脱皮する。すでに共通の通貨ユーロを持ち、各国のGDPの総計は9兆ドル余、まもなく独自の軍事組織「欧州緊急軍」を創設するなど、各面で米国に匹敵する存在になる。その上、強力な権限を持つ大統領が誕生すれば、国際政治面でも大きな影響力が生まれる。独仏はこれを意識し、米ブッシュ政権はこれを警戒している。その軋轢の1つがトルコをめぐる対立である。

 EUは去年12月の首脳会議で10カ国の新規加盟を決定したものの、トルコの加盟は拒否した。トルコが加盟に必要な経済発展段階に達していないのが理由だが、本音はトルコがイスラム教国で、地理的にもヨーロッパではないことだ。また、もう一つの理由は、米英がトルコの加盟を積極的に支援し、ブッシュ大統領がEU首脳に個人的に電話したことが各国の反発を買ったこともある。

 ブッシュ政権はイラク攻撃のためトルコの基地が必要だ。しかし、トルコ国内には反戦気運が強く、トルコ政府は苦慮。そこで、ブッシュ政権はトルコが望むEU加盟の後押しをしたのだ。しかし、フランス国内やベルギーのEU本部内には、このブッシュ政権の動きをEUに対する内政干渉として批判する動きが強まり、トルコの加盟拒否になった。同時に、米英が提案したNATOのトルコ共同防衛計画に対しても、独仏、ベルギー3国が反対する動きにつながった。

 こうした独仏の動きに対し、イギリス、スペイン、イタリア、それに東欧諸国は不満を表明。中でも、スペイン、オランダなど8カ国は1月30日、「米国との結束を乱すべきではない」との宣言を出した。独仏が結束を強めるに従って、一方では両国のEU支配に対する警戒が芽生えていることを示している。


・イラク攻撃をめぐる独仏の計算

 独仏の攻撃反対の主張は中国、ロシアの同調を得て、ブッシュ政権の攻撃計画を一時的にせよ遅らせたことは間違いない。これに加え、2月15日には、世界各地で大規模な反戦運動が起き、フセイン政権には有利な状況が生まれた。今後、同政権は査察への協力姿勢などをアピールしながら、体制維持を目指すだろう。独仏がそれに協力すれば、今後のイラクの石油利権をめぐる競争で有利な立場に立つのは確実となる。

 だが、ブッシュ政権はこれを許さないだろう。同政権がイラク攻撃の目標としてフセイン政権打倒をあげていることが、それを示している。武力で倒すか、亡命に誘導するか、いずれにしても、ブッシュ政権はフセイン大統領を排除し、石油利権も含めてフセイン後の新秩序を作る計画なのだ。そのために必要なら、米軍を少なくとも1年半駐留させることも計画している。

 独仏は、イラク攻撃への反対姿勢をいつまで続けるか、どこかで決断が必要になる。両国の目標は、フセイン政権の延命ではなく、石油利権の確保だからだ。ブッシュ政権が独仏の抵抗や反戦デモにも拘わらず強気なのは、同政権がイラク攻撃に不退転の決意を示し、フセイン政権延命の可能性がないことを示せば、独仏は折れると見ているからだ。中国、ロシアもその点では変わらないと言えるだろう。


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