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北朝鮮の核危機(5) 韓国新政権の前途多難
持田直武 国際ニュース分析

2003年2月27日 持田直武

北朝鮮が挑発行為を続けている。ブッシュ政権は万一に備えて極東の兵力を強化、慎重な日本も石破防衛庁長官が自衛権の行使に言及した。しかし、韓国は金大中前大統領が「戦争の危険はない」と言い残して退陣。盧武鉉新大統領も「攻撃を検討すること自体に反対する」と発言した。だが、北朝鮮は新大統領就任の前日、この韓国の姿勢を嘲笑うかのようにミサイルを発射した。


・危機ラインはプルトニウム抽出開始

 北朝鮮が2月24日発射したミサイルは地対艦用のシルクワーム・ミサイルで、発射自体の軍事的意味は小さい。しかし、北朝鮮融和策を掲げる盧武鉉新大統領に対して今後ミサイル問題が大きな課題であることを示した。また、同じ2月24日付けの米誌タイムは、米情報機関関係者の話として「北朝鮮が使用済み核燃料棒の再処理施設に繋がるスチーム・プラントを稼動した」と伝えた。実は、これも新大統領にとってミサイル問題以上に緊急、かつ深刻な課題である。

 この北朝鮮の新たな核施設の動きは、今のところタイムが報道しただけだが、事実とすれば、北朝鮮は核兵器用のプルトニウム抽出の準備をこれで整えたことになる。抽出には、このあと使用済み核燃料棒を再処理施設に装てんして作動させればよいからだ。北朝鮮は去年12月、核施設の再稼動を宣言して以来2ヶ月余りでプルトニウム抽出の態勢に入ったことになる。

 これに必要な使用済み核燃料棒についても、北朝鮮は94年までの核開発ですでに8,000本余りを確保、寧辺の貯蔵用プールに保管し、これをIAEA(国際原子力機関)が監視していた。しかし、北朝鮮は昨年暮、監視員を国外追放。さらに1月末には、貯蔵用プールのある建物周辺で多数のトラックの動きがあり、これら核燃料棒を再処理施設に移した疑いがあった。ラムズフェルド国防長官は2月8日、「この使用済み核燃料棒を再処理すれば、5月から6月頃までに核爆弾6−8発分のプルトニウムを抽出できる」との見方を示して警戒していた。

 今回の北朝鮮の新たな動きについて、ブッシュ政権は今のところ特に言及していない。しかし、前回94年の核危機の際、クリントン政権は使用済み核燃料棒の再処理開始を危機ラインに設定、核燃料棒を再処理施設に装てんする直前に爆撃する計画を立てた。装てんして、プルトニウムの抽出作業が始まってからの爆撃では、核物質が拡散する危険が増すからだ。ブッシュ政権も北朝鮮がプルトニウム抽出の動きを見せれば、何らかの対応措置を取らざるを得なくなるだろう。


・米国内に高まる危機感

 こうした北朝鮮の危機拡大行為に対して、ブッシュ政権は外交的手段で問題を解決するとの当初からの姿勢を依然変えていない。しかし、その一方では、同政権は万一に備えてグアム島にB−1爆撃機やB−52爆撃機、日本や韓国にF−15戦闘爆撃機、U−2偵察機などを追加配備することを決めた。また、国連安保理の制裁発動も視野に入れ、日本からの送金停止、海上での北朝鮮船舶の臨検など具体的な制裁案を検討するなど、次第に危機を想定した態勢を強化しているのも事実だ。

 この背景には、北朝鮮の核危機はイラクよりはるかに緊急、かつ危険だという主張が米国内に台頭していることが上げられる。フォード、ブッシュ(父)両共和党政権の安全保障担当大統領補佐官だったスコークロフト氏は2月16日のワシントン・ポストに寄稿した論文で、北朝鮮がプルトニウム抽出を開始する時点を「危険ラインと設定して対応策を打ち出すべきだ」と次のように論じている。

 「北朝鮮は現在すでに核爆弾1−2個を所有し、何ヶ月後かにはさらに核爆弾6−8個分のプルトニウムを保有できる。北朝鮮はこれを武器に攻撃的な軍事戦略を展開できるほか、これらを輸出することもできる。さらに数年以内には、毎年核爆弾数十個分のプルトニウムを製造できるほか、ウラン濃縮による核爆弾も製造可能な段階に達するだろう。この状況を放置すれば、韓国や日本国内に核武装を求める圧力が高まり、その影響は台湾、中国、インドにも波及する」

 スコークロフト氏はさらに、「今なすべきことは、北朝鮮に対してプルトニウム抽出は米国とその同盟国に受容しがたい脅威になると明確に伝えることだ。そして、プルトニウム抽出開始が危機ラインという認識を日米韓3国が共有し、北朝鮮はリスクなしにこれを越えることはできないと警告すること。最後の手段として核施設の攻撃を設定し、その上で、北朝鮮に核放棄をさせる明確な戦略を立てることが必要だ」。同氏はこのように述べ、日米韓3国の危機意識の共有が重要と主張している。

 この米国内の危機感は日本でも表面化している。石破防衛庁長官は2月14日の記者会見で、前日ロイター通信が同長官の発言として「北朝鮮が弾道ミサイルを発射しようとする確証を得た場合、(日本は)武力行使をするだろう」と伝えたことに関連して次のように述べた。「例えば火の海にしてやる、そのために今からミサイルに燃料を充填する、・・・こうなった場合、総合的に(自衛権行使を)勘案する中で一つの要素になる」と述べた。発言が慎重なことで知られる日本の閣僚が外国に対する武力攻撃に言及するのは異例のことである。


・日米と危機認識が異なる韓国の指導者

 韓国の指導者の危機認識は、前大統領、新大統領ともこの日米に見られるものとは明らかに違っている。金大中前大統領は退任直前の2月18日の閣議で、「戦争の危険性は少ない。いや、ないと考えている。米国も繰り返し武力を使わないと発表した。最近、メディアに(北朝鮮)制裁などの話が出ているが、米国はまだ公式の立場を変えておらず、変えることは難しいだろう」と述べた。

 また、2月25日に就任した盧武鉉新大統領も就任前の19日、大韓商工会議所の会合で、「韓国と米国は北朝鮮に対応する方法論で意見が違う」と述べた上で、「北朝鮮に対する武力攻撃については、(朝鮮半島の全面的な)戦争を誘発する可能性があるため、事前に検討すること自体に反対する」と語った。また、新大統領は25日の就任演説でも、「いかなる形態であれ、軍事的緊張を高めてはならない」と述べ、従来の主張を裏付けた。

 この盧武鉉新大統領の姿勢は、武力行使も選択肢の一つとするブッシュ政権の立場とは相容れない。この意見対立について、同新大統領は2月13日、韓国労働組合総連盟との会合で「(戦争で)みなが死ぬよりも、(米国との関係が悪化して)経済が難しくなるほうを選ぶ」と述べ、武力行使反対が最優先との方針を強調した。韓国の指導者がこのような立場を取る限り、スコークロフト氏の言う「日米韓3国がプルトニウム抽出開始を危機ラインとする認識を共有し、北朝鮮に核開発放棄を迫る戦略」は成り立たなくなる。


・ブッシュ政権は米韓同盟再検討の方針

 この韓国の姿勢の背景には、国内の反基地運動の拡大がある。ブッシュ政権もこれを無視できなくなり、米韓相互防衛条約の再検討の方針を急遽決めた。在韓米軍のラポート司令官は2月20日、ソウルのセミナーでの講演で、再検討の項目には、在韓米軍司令官が朝鮮戦争以来保持している韓国軍の戦時作戦指揮権の返還、38度線の非武装地帯南に展開している米軍の再配置、ソウル中心部にある米軍司令部の移転、整理、縮小など広範にわたることなどを明らかにした。

 同司令官は再検討の理由として、「韓国に新政権が誕生し、米韓同盟を変化させることができる機会がきた」と述べ、米側が望んでいたかのように説明した。しかし、検討対象になる韓国軍の戦時作戦指揮権については、盧武鉉新大統領が「戦争が起きても韓国大統領は国軍を指揮する権限を持っていない」とかねてから不満を表明、側近を訪米させて指揮権の返還を要求していた。

 この再検討に関連して、ハバード駐韓大使も21日、同じセミナーで講演し、「米韓同盟を韓国の防衛だけでなく、地域の安全保障の維持と増進を目的とするものに変えたい」と述べた。現在の米韓同盟は、北朝鮮からの侵攻に備えることを主な目的とするものだが、同大使の説明はこれを東アジアなど地域の安全保障に取り組む軍事、政治両面の同盟関係に再編成したいとの意向を示したものだ。

 再検討は4月から始まる米韓同盟の再調整作業の中で行われる見通しだが、それを前にソウル中心部にある在韓米軍指令部の移転先探しや、38度線の南に展開する米軍部隊を後退させ、ソウル南方に再配置する案などをマスメディアが取り上げている。韓国にとっては、念願の再検討だが、それを北朝鮮の核危機の最中に開始しなければならないところに両国関係の深刻さが窺える。


・新政権を揺さぶる野党の攻勢

 盧武鉉新政権の課題が、1つは予測不可能な行動を続ける北朝鮮の問題、2は米韓同盟の調整だとすれば、残るもう1つは議会で多数を占める野党ハンナラ党との政策調整である。同党は新大統領の北朝鮮融和政策に不満であるほか、その対米政策にも異論があり、同党の国会議員130人は20日、米軍撤収反対、米韓同盟維持を掲げて議員連盟を結成した。

 これに対し、盧武鉉新大統領の与党新千年民主党は議会では少数派、その弱い立場が大統領就任式の当日、新首相の承認をめぐって早くも表面化した。新大統領が首相に指名した高建元ソウル市長の承認をハンナラ党が棚上げし、新政権の発足に待ったをかけたのだ。同党は首相承認の前、金大中前大統領の北朝鮮違法送金問題を取り上げ、特別検察官を任命する法案の優先審議を主張、首相承認を棚上げしたのだ。

 この北朝鮮違法送金問題は00年6月、歴史的南北首脳会談の直前、総額5億ドルが北朝鮮に送金されたというもので、ハンナラ党は首脳会談を金で買ったとして追及している。金大中前大統領は2月14日の記者会見で、北朝鮮の観光事業を進める現代商船が送金したとの事実を認め、「同商船はその代価として、北朝鮮の鉄道、電力、通信、観光、工業団地開発など7つの事業権を得た」と述べた。そして、「南北関係の二重性(表と裏の関係)と北朝鮮の閉鎖性のため、やむを得ず、法の枠外で処理することがある」と述べ、違法な部分があることも認めた。

 今のところ、この問題で特別検察官が設置されることは確実とみられる。そして、その捜査の結果によっては、盧武鉉新政権の北朝鮮政策に影響が及ぶことも確かだろう。新大統領は就任演説で、この問題に暗に触れ、前政権は北朝鮮政策で「目を見張る成果を上げたが、政策の推進過程では課題を残した。私は成果を継承しつつ、政策の推進方式は改善する」と述べ、同じような手法を取らないことを約束した。当面、新政権がこの問題をいかに処理するか、その結果によって北朝鮮との関係に影響が出ることは必至とみられている。

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