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北朝鮮の核危機(12) 核再処理開始に打つ手なし
持田直武 国際ニュース分析

2003年7月16日 持田直武

北朝鮮が使用済核燃料棒の再処理を再開、核兵器用プルトニウムを大量に抽出したという。起爆装置の実験も実施している。実戦用の小型核兵器を持つ恐れが現実になりそうなのだ。だが、米ブッシュ政権はじめ周辺関係国は核開発を許さないと主張するものの、打つ手がない。ただ、日本の対応策だけが目立つことになった。


・Red Zone(危機ライン)を越えたのだが

 朝鮮日報は7月13日、北朝鮮の朴吉淵国連大使が米のプリチャード北朝鮮問題担当大使と会談、「使用済核燃料棒8,000本の再処理を6月末に終えた」と通告したと報じた。一方、ブッシュ政権高官も11日、北朝鮮が核燃料棒の再処理を行った証拠を米情報機関がつかんだと述べた。北朝鮮の再処理施設から出る排ガスを採取し、分析した結果、核再処理の際に出る「放射性クリプトン85」を検出したのだという。

 北朝鮮の核再処理の動きは、米情報機関も2月頃キャッチしたが、確認はできなかった。ラムズフェルド国防長官は2月8日、ミュンヘンで開かれた国際安全保障会議で「北朝鮮が今から再処理を開始すれば、5月か6月頃には核爆弾6−8発分のプルトニウムを抽出できる」との見通しを示していた。北朝鮮が再処理を終えたのが事実とすれば、ラムズフェルド長官が予測したとおりの展開ということになる。

 一方、韓国情報院は7月9日議会の秘密会で、北朝鮮が核爆弾用の起爆装置の実験を過去9年間に70回余りも実施したという調査結果を公表した。ニューヨーク・タイムズも1日、北朝鮮の核施設がある寧辺の北西40キロの龍徳洞に小型核兵器用の起爆装置実験場があるのを米偵察衛星が確認していると伝えていた。これらが事実とすれば、北朝鮮は核兵器用のプルトニウムと起爆装置を確保、ミサイルに搭載する小型核弾頭などを製造する態勢に入ったことになる。

 米クリントン政権は前回94年の核危機の時、北朝鮮が再処理を開始する時点をRed Zone(危機ライン)に設定。北朝鮮側が再処理工場に使用済み燃料棒を運び込むと同時に爆撃する計画だった。再処理が始まってからでは、放射能が拡散するなど二次災害の危険もあるからだ。カーター元大統領の仲介で攻撃は直前に回避されたが、ブッシュ政権も同様の爆撃計画を持つと言われたこともあった。だが、再処理が確実となった今も、同政権には動きがない。


・次の一手をめぐり関係国の足並み揃わず

 ブッシュ大統領は外交的手段による平和的解決を主張する一方で、武力行使も選択肢に含めるという和戦両様の構えをとっている。5月23日の日米首脳会談では「事態が悪化すればより強硬な措置が必要」という共同声明を出したが、これにはその意味が含まれている。だが、関係国のうち、この方針で一致したのは「対話と抑止」を掲げる日本だけだった。中国、ロシアは平和的解決を重視し、国連安保理が北朝鮮非難決議を出すことにも躊躇している。一方、韓国は米と中ロの間で迷走状態なのだ。

 盧武鉉大統領は5月14日の米韓首脳会談では「脅威が増大する場合、追加的な措置を検討する」という共同声明に合意した。日米首脳会談の「より強硬な措置」より穏健だが、何らかの制裁行動を取ることで合意したものとみられた。ところが、その後これを忘れたかのような発言を続ける。同大統領は5月27日ロシアのプーチン大統領と会談、「北朝鮮の安全を保障することが必要」という共同声明を出した。「北朝鮮の安全保障」は金正日政権が主張する「米朝で不可侵条約締結」と趣旨は同じであり、ブッシュ政権が拒否しているものだ。

 また盧武鉉大統領は7月7日、中国を訪問して胡錦涛国家主席と会談、そのあとの共同記者会見で「早期に当事者間の対話が再開されるべきということで(中国と)認識を共にした」と発言した。当事者間の対話とは、北朝鮮が主張する「米朝2国間交渉」を意味し、これもブッシュ政権が強硬に反対している。新華社通信はこの盧大統領の発言を「当事国同士の直接対話(Direct Talks)を促し、核問題の平和解決に向けて努力することを表明したもの」と英文で世界に配信した。

 ブッシュ政権が和戦両様の構えで北朝鮮と対決する場合、同盟国韓国との緊密な協調が鍵となる。しかし、盧武鉉政権は韓国の命運がかかる強硬策には二の足を踏む。韓国国内の世論も強硬策には反対している。英BBCテレビが5月下旬に韓国で行った世論調査では、「世界平和にとって、米国と北朝鮮のどちらが危険か」という質問に対し、48%は米国の方が危険と答え、北朝鮮が危険と答えたのは39%だった。盧政権が中国、ロシアに接近し、ブッシュ政権との共同声明を忘れたかのように振舞うのは、こうした国内の事情を反映している。


・進むのは日本の対抗措置だけ

 ブッシュ政権が核燃料棒の再処理に関連して北朝鮮の挑発的な言動に直面するのは今回が初めてではない。4月の米朝中3者協議の際、5月の米議員団訪朝の際など、北朝鮮はすでに数回にわたって「再処理を開始した」、あるいは「処理の最終段階を迎えている」などと米側に通告した。しかし、ブッシュ政権はこれを「北朝鮮が米側を交渉に引き込むための戦術」と解釈し、重視しなかった。米情報機関が再処理の証拠をつかんでいないことが、その背景にあった。

 しかし、イラク戦争で大量破壊兵器が発見できず、情報活動に疑義が出て、見直しが始まる。北朝鮮の核再処理問題でも、同様の見直しが行われた。NBCテレビによれば、米情報機関が今回確認した大気中のクリプトン85は、偵察機で大気を収集する従来の方法ではなく、別の新しい収集手段を使った結果検出できたという。見直しが成果を挙げたのである。偵察活動がマンネリズムに陥って効果的な情報収集ができなかったのに、ブッシュ政権は気づかなかった。その結果、対応する手段を持たないまま、北朝鮮の再処理完了の通告に直面したのだ。

 ブッシュ政権は当面、国連安保理での北朝鮮非難決議、KEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)の軽水炉提供事業の中断、PSI(大量破壊兵器の拡散防止構想)による海上臨検演習などの実現に外交努力を傾注する以外に打つ手はない。しかも、北朝鮮非難決議では、躊躇している中国、ロシアを説得しなければならない。KEDOでは、事業中断に反対している韓国を説得する必要がある。PSIはこの秋、参加11カ国による合同演習が実現しそうだが、北朝鮮と国境を接する韓国、中国、ロシアが参加していないなど、労多くして功少なしとしか思えない面もある。

 各国の遅々とした足並みに較べ、日本だけは着々と対抗策を構築している。日本各地の自治体が入港する北朝鮮船舶の監視、不審船対策、北朝鮮の麻薬ルートの追及など、PSIを先取りした措置を実施中だ。同時に、政府は北朝鮮を対象とする偵察衛星を打ち上げ、万一を想定した有事関連法を制定、ノドン・ミサイル対策として05年を目処にミサイル防衛を配備する計画も推進中である。また、自民党憲法調査会が軍隊を持ち、国民に国家防衛義務を負わせる憲法改正素案をまとめている。数年前には考えられなかったような安全保障面の変化である。北朝鮮の核危機が日本の安全保障意識に如何に大きな影響を与えているかを示している。

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