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北朝鮮の核危機(14) 6カ国協議の結果
持田直武 国際ニュース分析

2003年9月5日 持田直武

6カ国協議は予想どおりの展開だった。米朝の溝は埋まらず、北朝鮮代表団は核実験の予告とも取れる発言をし、「協議は有害無益」と言い残して帰国した。主催国中国の面子が潰れたことは間違いない。今後、中国が協議継続に向けて事態を収拾するのか、それとも国連に問題を持ち込むか。中国が鍵を握る立場に立った。


・米朝対決に加え、中朝の軋轢も表面化

 米朝が6カ国協議で示した問題解決案は次のようになる。

米側の主張。
1、北朝鮮が核兵器計画を検証可能、かつ不可逆的な方法で完全放棄すること。この問題で米朝直接交渉はしない。
2、北朝鮮が核を放棄したあとで、安全保障、政治経済問題、ミサイル、通常兵器、偽札、麻薬、テロ、拉致、以上のような問題について交渉する。
3、北朝鮮が核を放棄することが確認されれば、次の会談で安全保障面の問題について討議する用意がある。

北朝鮮の主張。
1、米側が重油供給を再開、食糧支援を拡大。これに対応して、北朝鮮は核計画放棄を宣言する。
2、米が不可侵条約締結に応じ、電力損失を補償。これに対応して、北朝鮮は核施設と核物質を凍結し、査察を受け容れる。
3、米国、日本との国交正常化が実現すれば、北朝鮮はミサイル問題の解決に応じる。4、軽水炉完成の時点で、北朝鮮は核施設を解体する。

この米朝の主張は、双方がこれまで主張してきたことをまとめたもので、新しい内容はない。米が核計画の放棄を最初に実施すべだと主張しているのに対し、北朝鮮は段階的に双方同時進行の解決を主張、最終段階で核の完全放棄をするという。北朝鮮は4月の米朝中3カ国協議でも、これとほぼ同じ提案をしたが、ブッシュ政権は最終段階で核放棄をするという主張に反発、回答もしなかった。今回も、この北朝鮮側の提案に対して、同政権関係者は論評もしていない。

AFP通信によれば、6カ国協議開催の中心的役割を果たした中国の王毅外務次官は9月1日、滞在先のマニラで記者団に対し、「米国の北朝鮮政策が危機解決の最大の障害だ」と語った。北朝鮮の提案に対して、米代表のケリー国務次官補が頑なな拒否の姿勢を貫いたことを批判したものだ。しかし、同時に今回の6カ国協議の過程で、中国と北朝鮮の間にも深刻な軋轢が存在することが表面化した。


・中国代表は核実験発言に怒りの表情を隠さず

 北朝鮮の金永日外務次官は問題の核実験発言を2回にわたって行った。周到に計画した発言だったことがわかる。その最初は6カ国協議初日の冒頭演説のあと、同外務次官は米代表のケリー国務次官補と会い、「米が従来からの姿勢を変えないなら」として、次のように通告した。
1、北朝鮮は核兵器保有を公式に宣言する。
2、それを証明するため核実験をする。
3、運搬手段のミサイル開発も促進する。

 2回目は、翌日の全体会議で各国代表に対して、金次官が同様の発言を繰り返した。ホワイトハウスのビューチャン副報道官はこの発言について「深刻に受け止めているが、北朝鮮はこの種の発言を過去にも行った」と述べ、ブッシュ政権としては冷静に対応する姿勢を示した。しかし、各国代表に与えた衝撃は大きかった。ワシントン・ポストは会議参加者の話として、各国代表はこの北朝鮮代表の発言に驚き、中でも中国代表は怒りの表情をあらわにしたと伝えた。

 北朝鮮が主催国中国を不快にしたのは、この件だけではない。協議終了後の30日、北朝鮮代表団は帰国にあたって声明を発表し、「協議は、米国が我々を武装解除しようとするもので、有害無益、これ以上続ける必要はない」と述べた。また、北朝鮮外務省報道官も同日KCNAを通じて同様の声明を出し、「我々としては自衛手段として核抑止力を引き続き強化する以外に選択肢はない」と強調した。

 しかし、この声明は中国の王毅外務次官がまとめた「議長総括」の趣旨と相容れないことは明らかだった。同総括は、朝鮮半島非核化に向かって各国が努力することを第一に挙げ、次の協議を速やかに開催することで各国が合意したとの内容だった。当初計画した共同声明が米朝の反対で出せなかったため、中国が議長として総括し、それに代えたのだ。外交的には異例だったが、中国は主催国として今回の成果を形にし、次の協議につなげたいとの意欲を込めていた。北朝鮮の声明はこれに水をかけた。


・安保戦略で中朝の基本的立場の違い表面化

 6カ国協議は中国が初めて主催した東アジアの安全保障会議だった。その開催にあたって、胡錦涛国家主席は王毅、戴秉国の両外務次官を相次いで平壌に派遣、協議に応じるよう説得した。4月の3カ国協議が成果もなく終わったあと、北朝鮮は使用済み核燃料棒の再処理完了を米側に通告するなど、核開発促進の姿勢を誇示し、状況は悪化の一途をたどった。この状況を止めることが、中国にとっても緊急の課題だった。

 CNNが8月25日、中国共産党筋の話として伝えたところによれば、胡錦涛主席は戴秉国次官を通じて金正日総書記に親書を送り、その中で「戦争準備を中止し、弱体化した経済を立て直すことが必要だ」と忠告。次のような3項目を政策の基本とするよう勧めたという。1、経済の自給自足を達成する。2、中国が実施したような開放政策を採用する。3、大量破壊兵器開発を中止し、隣国との関係を改善する。

 また、胡錦涛主席は、北朝鮮が核を含む大量破壊兵器を放棄するなら、中国は米国に対して北朝鮮を攻撃しないとの明確な約束をするよう説得すると伝えた。そして、米の不可侵の約束を保証するには、中国、ロシアが加わる多国間協議のほうが北朝鮮には有利になると説得したという。同主席は北朝鮮の経済立て直しのために中国の経済と農業の専門家チームを派遣することも約束した。

 金正日総書記が6カ国協議に応じる際に、この胡錦涛主席の説得が大きく影響したことは間違いないだろう。しかし、中国の外交専門家によれば、中国はさまざまな支援の約束をしたが、米が北朝鮮を攻撃した場合に中国が軍事面で助けるという約束はしなかったという。1961年の中朝相互防衛友好条約で規定した共同防衛の確認を中国は避けたのだ。

北朝鮮がこれに不満なことは明らかだった。6カ国協議のあと、北朝鮮代表団が「協議は有害無益」という声明を発表。また、北朝鮮外務省報道官もKCNAを通じて、「我々は自衛手段として、核抑止力を引き続き強化するしか選択肢はない」と強調したが、これは米の頑なな姿勢への反発と同時に、軍事援助に応じない中国にも向けられていると見ることができる。


・中国が今後の展開の鍵を握る

 このような中国政府の北朝鮮政策の変化は、中国国内世論の変化を反映している。胡錦涛新政権に変わってから、特にそれが顕著になった。8月27日のワシントン・ポストは、中国政府に近い立場の複数の学者が、北朝鮮の体制変革を、希望的な見方としてだが、語るようになったと伝えた。また、軍部関係者によれば、人民解放軍は北朝鮮が崩壊した場合の詳細な対応策を検討しているという。

 最近、板門店の戦争記念館を訪れた中国人学者は、そこに中国義勇軍の記録がまったく無いのに驚いたという報告をした。金日成主席の言行録、戦闘の記録や写真が部屋一杯あるのに、100万の犠牲者を出して支援した中国義勇軍については一切言及がないのだという。中国人学者の何人かは、最近北朝鮮の消滅は中国の害にならないと主張している。韓国が北朝鮮を統合すれば日米から離れて、中国に接近し、米軍は朝鮮半島から撤退する。その結果、中国の東アジアにおける影響力が増すというのだ。

 中国は当面6カ国協議の枠組みで北朝鮮の核問題解決を目指すとの姿勢を変えないだろう。しかし、問題は北朝鮮がそれに応じるかどうかだ。同時にブッシュ政権がどう動くかにもよる。8月30日のニューヨーク・タイムズは、ブッシュ政権当局者は今後北朝鮮に対する圧力強化の検討を始めると語ったと伝えた。国連決議に基づく制裁も検討の対象にするという。北朝鮮の脅迫的言辞が政権内の強硬派を勢いづけているのも事実なのだ。

 米朝の対立が続き、北朝鮮が核保有宣言や核実験をすれば、状況は一変して、米主導の経済制裁など強硬策が登場するのは確実だろう。この悪循環を断ち切って、6ヶ国協議を解決の場とすることができるのか、中国がその鍵を握ったのは間違いない。成功すれば、中国の存在感に一層の重みが増すのも明らかだろう。

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