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北朝鮮の孤立無援
持田直武 国際ニュース分析

2006年8月6日 持田直武

米国の金融制裁に続いて、中国も同様の金融制裁を北朝鮮に対して実施していることが明らかになった。両国は先月末には、マネーロンダリングや麻薬密輸防止などで協力する覚書にも調印した。中朝の血盟に亀裂が入ったのだ。北朝鮮はミサイルの発射後、人民軍と国民に対して戦時動員令を発動した。


・中国の金融制裁参加で北朝鮮の孤立深まる

 中国の周永康公安部長と米のゴンザレス司法長官は7月26日、ワシントンで国際犯罪の捜査協力に関する覚書に調印した。新華社によれば、内容はマネーロンダリングや麻薬密売などの捜査にあたって、情報の交換や捜査官の交流、容疑者の引渡しなどのほか、両国捜査機関の間にホットラインを設置することを決めている。米中が犯罪捜査の関連で、このような協力体制を組むのは初めてで、北朝鮮の偽ドル札問題や麻薬密輸問題の捜査を視野に入れた協力であるのは間違いない。

 この捜査協力と並行して、中国は北朝鮮に対し、米と同様の金融制裁を科したことも明らかになった。米中が上記の捜査協力覚書を調印した26日、ホワイトハウスのスノー報道官が記者団に対し、中国銀行がマカオ支店の北朝鮮関連口座を凍結、これを米政府も確認したことを明らかにしたのだ。国営中国銀行の凍結措置は、中国政府の決定であるのは言うまでもない。同報道官は凍結の時期には触れなかったが、ロイター通信によれば、別の米政府高官は7月5日の北朝鮮のミサイル発射より前に凍結したと語ったという。

 これが事実とすれば、北朝鮮がミサイルを発射した筋書きも変ってくる。これまで、北朝鮮は中国の反対を無視してミサイルを発射、これが原因で関係が悪化したと見られていた。しかし、中国の口座凍結がミサイル発射の前だったとすれば、発射は凍結に対する意趣返しと見なければならない。ミサイル発射後、中国の回良玉副首相が胡錦濤主席の親書を持って訪朝したが、金正日総書記は会わなかった。不快感の表明だったに違いない。しかも、中国はその後、国連の北朝鮮非難決議でも米と妥協、さらに上記のような捜査協力の覚書まで結ぶことになり、北朝鮮の孤立は深まった。


・北朝鮮は国内の引き締め強化

 北朝鮮はミサイル発射後、国内引き締め措置を次々と打ち出した。7月16日、金正日総書記は特別命令として、戦時動員令を発令。人民軍の兵士と国民が戦時に備え非常待機態勢に入った。同時に、若者の入隊請願運動も全国に広がった。民間の若者が祖国防衛のため自発的に入隊を請願する運動で、学校や工場、企業別に大会を開催、ソウルの消息筋は7月中に1万人が請願したと推定している。北朝鮮でこのような動きが起きたのは、93年から94年にかけて起きた第1次核危機で、米クリントン政権が米軍の出動を検討した時以来である。

 北朝鮮の新聞、テレビも危機意識に満ちた報道を続けている。労働新聞は27日、米空母エンタープライズが釜山に寄航したことを論評、「朝鮮半島に新たな戦争が近づいている」と主張。米政府が言う「朝鮮半島の平和という言葉はまやかしだ」と強調した。北朝鮮のミサイル発射当日、平壌に滞在していた米ジョージア大学国際問題研究所のパーク所長は31日のアトランタ・ジャーナル・コンスティテューション紙に寄稿し、「北朝鮮は、米ブッシュ政権がアフガニスタンのタリバン政権やイラクのフセイン政権転覆に続いて、金正日政権打倒の野望を捨てないと信じている」と書いている。

 パーク所長は80年代から35回も北朝鮮を訪問、今回も滞在中に北朝鮮の軍や党の幹部と会談し、その内容に基づいて同紙に寄稿した。それによれば、「北朝鮮は、米とその同盟国が朝鮮半島に侵攻して第二次朝鮮戦争が起きると考え、生き残るには、核弾頭を搭載したミサイルが必要だと信じている」。従って、「核を放棄することは、敵に自国の生存を任せるに等しいと考えている」という。北朝鮮は昨年9月の6カ国協議の共同声明で、核兵器の放棄を約束したが、これは本意ではなかったということになる。


・米は金融制裁を強化する方向で捜査拡大

 北朝鮮は上記共同声明で、「すべての核兵器及び既存の核計画の放棄」を約束した。その見返りに、他の参加国は「適当な時期に軽水炉の提供について議論する」ことに合意した。北朝鮮が核放棄したあと、議論するという意味だった。ところが、北朝鮮はこの声明発表の翌日、外務省が「核の放棄は軽水炉の提供のあと」と主張、合意をひっくり返した。そして12月6日、労働党機関紙が「米の金融制裁解除が、6カ国協議再開の条件」と主張、それ以来6カ国協議のボイコットを続けている。

 米の金融制裁は昨年9月15日、財務省がマカオのバンコ・デルタ・アジア銀行をマネーロンダリング疑惑のある金融機関に指定したのが発端だった。6カ国協議が上記の共同声明を出す4日前だ。米国は、金融関係の特殊犯罪は財務省が担当し、30年代にはテレビ・ドラマにもなったネス隊長が登場。政治的圧力やカネの誘惑にも負けずアンタッチャブルと呼ばれながら、シカゴのギャング、アル・カポネを脱税で逮捕した。01年の9・11事件以後は、愛国法に基づくテロ戦争の一環として、マネーロンダリングなどの国際金融犯罪を追及、バンコ・デルタ・アジア銀行への制裁はその一つとして実施した。

 同銀行では、北朝鮮首脳部に直結する預金2,400万ドルが凍結されたことがわかっている。また、中国が凍結した中国銀行マカオ支店の口座には、00年6月の南北首脳会談直前、韓国が北朝鮮に送った4億5,000万ドルのうち、2億ドルを送金した口座が含まれていた。同資金は北朝鮮を首脳会談に引き出すためのいわば賄賂と言われ、口座は金正日総書記に直結するものとみられている。米財務省でこの問題を担当するレビー次官とそのグループは、現在もマカオはじめ日本、韓国、シンガポール、ベトナムなど各国で調査を続行。北朝鮮が制裁解除を要求しても、アンタッチャブルの伝統を守って聞き容れる気配はない。


・水害が拡大、孤立か国際協調か決断の時

 北朝鮮が人民軍と国民に戦時動員令を発令した頃、中部穀倉地帯は大雨に見舞われ、被害が拡大した。死者、行方不明者は1万人を越え、家や田畑が流され、今年の収穫が大幅に減ることは確実だった。北朝鮮は豊年だった昨年、収穫は米を中心に450万トンだが、これでも最低必要量560万トンに110万トンも足りなかった。今年は大幅減収で、餓死者多数を出した90年代半ばの食糧難の再来の恐れもある。北朝鮮政府は8月中旬に予定していたアリラン祝典や8月15日の解放記念日の行事を中止した。

 危機を乗り切るには、海外からの援助が不可欠だが、見通しは立っていない。韓国とは、ミサイル発射後の閣僚会議が決裂し、韓国政府は予定していたコメ50万トンの支援を停止している。韓国赤十字が水害の救援を申し出たのに対し、北朝鮮側は断ったとも言われている。日本は万景峰号の寄航を禁止し、便利な日本製品の流れが止まった。中国とも、金融制裁をめぐって疎遠になった。北朝鮮がこのまま対決姿勢を続け、苦難を覚悟で孤立を深めるのか。それとも、水害を契機に国際社会に手を差し出すのか、決断の時が来るだろう。


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