アメリカ三面記事便り
ニューヨーク大学の社会人コースのパンフレットの表紙 2千以上のコースの説明がぎっしり

ニューヨーカーのキャリア設計に「魔法の答え」は
無かった


このサイトを置くスペースをお借りしている持田教授から、講評が来た。

ニューヨーク庶民の姿はよく描けている。そこで記事の背景にテーマを設定してはいかがですか。
一つは、アメリカ人の人生観について。アメリカン・ドリームを体現させてきた彼らが、今も引き続き今日より明日はよくなる、自分の子供は自分より良い生活をすると考えているのかどうか。これが日常の彼らに感じられるか、考察してください。


ありがたいお言葉ではありますが、難しい課題でもある。人生観のような深いところを知るには、たくさんのアメリカ人と本音で話さなくてはならない。日常会話以上の英語力も必要だ。
そこで、勉強嫌いの私が一念発起。アメリカの大学院の社会人コースを覗いてみることにした。英語もうまくなりたいし、色々な人の話も聞きたい。持田教授の課題である「彼らのアメリカンドリーム感」だって触れることができるに違いない。

まず出かけていったのは、ニューヨーク大学の社会人コースの説明会だ。夜間の大学や大学院のコース、専門の資格が取れるもの、資格にはならないけど学費は安い単科コースなどなど、2千以上ものプログラムがある。説明会もファイナンス、法律、マーケティング、出版、不動産、映像、自然科学、アートなど様々なコース別に行われるが、私は「キャリアプランニング」のコースに出てみた。何の勉強から始めたらいいのかわからないからという、ちょっと情けない理由にオドオドしながら。

30人も入ればぎっちりの小さな教室に、教育学やカウンセリング学を教えているベテランの先生が3人待ち構えていた。出席者もぎっちり。床に座り込ん聞いている人もいる。このコースではその人にとってどんな仕事がふさわしいかを見つけ出し、その仕事につくためにはどんなことをしたらいいのかを学べるという。

「小学校で教師をしているんですけど、お給料も安いし、カウンセラーになりたいと思っているんです」と若い女性が手をあげて発言する。
ニューヨーク州でカウンセラーになるのなら、改めて大学で資格を取る必要があると先生が言う。学費は大変だけど、ガッツにあふれるあなたならきっとできるわ、と。

「工房で彫刻を作っているんだけど、自分が磨いてきたものを大学で教えたいと思っているんだ。仲間も教えることが向いているってすすめてくれるし」という、孫でもいそうな恰幅のいい男性の言葉に教室がなごむ。
「学校を通してコネクションを作るのはすごく大切です」
「ブロードウエイの役者だったこのコースの卒業生が、今はここの大学院で演劇を教えているというケースもあるんですよ」と先生陣がアドバイスする。

「私は30年以上も役員秘書をしてきたのですが」
私の斜め後ろにいた年配の女性が話し出した。
「大学は出ていないけど、プロフェッショナルとして自信を持って仕事をしていたわ。でも会社がウオールストリートにあったものだから…。
なんとか弁護士補助の仕事を見つけたんだけど、実務も勉強もしたこと無いからうまくいかなくって。ここで勉強をして何か資格をとれば、本当に自分にあった仕事が見つかるのかしら」
彼女の発言に教室中がシーンとなった。

「言うまでもなく、あなたのようなケースは、今非常に多いのです」先生は慎重に言葉を選んでいるようだ。「September11前後の社会や経済状況の大きな変化から、機会がある職種は金融やコンピューター関係ではなく、カウンセラーや接客業の一部に限られています。自分の適性が何なのか、見極めることが大切です。時代を読んで新しい職種を見つけ出す能力も、ますます必要になるでしょう。このコースでは、そのお手伝いをします」
そして、付け加えた。
「でも実際のところ、魔法の答えはないんです」

元秘書の女性が納得したのかどうか、表情からは窺い知ることはできなかった。彼女は説明会が終わったあとも、心理学の学位を取って大学を卒業したばかりという年配の女性や、 ドイツから企業派遣でニューヨークに来たけれど、アメリカの会社に転職したいという男性とずっと話込んでいた。ああいう輪の中に入っていけるようになれば、持田教授の課題もこなせるんだろうか。私のケースはどんなふうに受けとめられるのだろうか。
今度は授業で発言してみたいと思う。

written by 篠田なぎさ(⇒ プロフィール



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