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韓国政局の混乱
持田直武 国際ニュース分析

2003年10月27日 持田直武

盧武鉉大統領が国民投票で自らの信任を問うと提案した。側近の汚職、政局混迷、大統領の支持急落などが背景にある。だが、野党の反対で提案は立ち往生。一方で、野党指導者にも汚職の疑いが浮上。混迷は重層的になった。


・国民投票をめぐる熾烈なかけ引き

 盧武鉉大統領が「国民に信任を問う」と発言したのが10月10日。予告なしに召集した「緊急国政懸案ブリーフィング」の席である。中継カメラも入っていた。理由は、側近の崔導術前秘書官の汚職事件など、「これまでに蓄積された国民の不信に対してあらためて信任を問う」という説明だった。同大統領は「もし崔前秘書官に責任があれば、私も責任を取らなければならない」とも発言した。

 野党はこの発言に勢いづいた。最大野党ハンナラ党の崔秉烈代表は「大統領が国民に決意を示した以上、速やかに処理することを期待する」と述べ、国民投票で結論を出すのが妥当との考えを示した。最近の大統領支持率は25%前後、国民投票をすれば不信任は確実と思えた。第二野党新千年民主党の朴相千代表もハンナラ党に同調、「混乱を避けるためにも、信任を問う時期は早いほうがよい」と語った。

 だが、この双方の姿勢は翌11日に急変する。まず、盧武鉉大統領が記者会見で「野党が政府の人事の承認を怠るなどして大統領を揺さぶり、国政を混乱させている」と述べ、野党を厳しく非難した。野党や報道各社の偏った姿勢が国政を混乱させているという従来の主張に戻ったのだ。前日、側近の汚職を自分の責任と謝罪したのに較べ、打って変わった高姿勢だった。一方、野党も国民投票に傾いた路線を急遽修正する。

 双方の態度豹変の原因は、報道各社の世論調査で、今国民投票を実施すれば、「信任」が「不信任」を上回って大統領有利との結果が出たことだ。側近の汚職で弱気になった大統領を国民投票で追い詰めるという、野党側の読みは甘かった。一方、盧武鉉大統領は勝ち戦の国民投票で野党を攻撃、国民の信任を得た上で、来春の国会議員選挙で与党勢力の拡大もねらえるとの希望が出た。


・関心の焦点は大統領周辺の汚職疑惑

 盧武鉉大統領は13日、国会で国民投票を正式に提案。実施は12月15日前後、不信任の場合、来年2月15日前後に辞任し、後継大統領を選ぶ選挙を4月15日の国会議員選挙と同時に行うという計画を示した。しかし、ただちに賛成したのは議席数わずか42人の与党統合新党だけで、議席の80%を占める野党勢力は反対か態度保留だった。

 韓国憲法は「大統領が必要と認めた時は、外交、国防、統一、その他国家の安危に関する重要政策を国民投票にかけることができる」と規定している。対象が安全保障問題に限られ、政治不信は含まれていない。今回、国民投票を実施するとなれば、憲法を改正し、投票など実施細目を規定した法律を制定しなければならない。しかし、議会多数派の野党が反対という現状では、その可能性もない。大統領の国民投票戦略はここで行き詰まりとなった。

 そんな中、検察庁が15日、疑惑の中心人物、崔導術前大統領総務秘書官を逮捕した。前秘書官が昨年12月、韓国財界第3位のSKグループ孫吉丞会長から11億ウオン(約1億1千万円)を受け取った容疑だ。崔前秘書官は、盧武鉉大統領とは高校時代からの友人で、通称が大統領の「執事」。選挙では金庫番を勤めた。盧武鉉政権発足と同時に大統領の総務秘書官に就任したが、疑惑が拡大した8月辞任した。

 それ以来、盧武鉉大統領自身にも疑惑の影がつきまとう。朝鮮日報などによれば、崔前秘書官がカネを受け取ったのは、大統領長男の結婚式の日だった。また、大統領は大統領選挙戦で赤字を出していることも知られていた。SKグループのカネがこれらの穴埋めに使われたのではないかという疑問が生まれるのは当然だった。盧武鉉大統領が「国民の信任を問う」と言い出した時、いいよいよ進退窮まったのか、とさえ思われた。


・政局の時限爆弾、巨大汚職

 だが、SKグループからカネを受け取ったのは、野党も同じだった。野党第一党ハンナラ党の崔燉雄議員が去年11月、同グループから100億ウオン(約10億円)を受け取ったことを検察官に対し認めた。同議員は、ハンナラ党の前代表で、大統領候補だった李会昌氏とは高校以来の親友。昨年、李氏が盧武鉉大統領に惜敗した選挙では、有力側近として運動を支えた。SKグループから受け取ったカネが選挙運動の裏金に回った疑いが出たのは当然だった。

 ハンナラ党の崔秉烈代表は22日、「国民に対して申し訳ない」と謝罪したが、世論は納得しない。大統領選挙では、与党盧武鉉候補と野党李会昌候補双方の側近たちが同じ財閥から同じような巨額の不正資金を投票日の前後にもらった。SKグループは激しく争う2人の陣営にほぼ同じ額のカネを渡し、どちらが勝っても会社の利益がはかれるよう画策したと勘ぐられるのだ。しかも、受け取り役は奇しくも、両候補の高校時代からの親友だった。

 朝鮮日報によれば、SKグループは大学生が就職先のトップにあげるほど好感度の高い会社だったが、最近粉飾決算の疑いが表面化。約2,000億ウオン(200億円)が政界向け工作資金として準備された疑いがあるという。盧武鉉大統領と李会昌前代表の側近たちに渡ったのは計210億ウオン。この他にも、多額のカネが議員たちに配られたと疑われてもしかたがないのだ。検察庁の動き次第で、政局を大きく揺るがす時限爆弾になりかねない。


・韓国の転機に登場した未熟な政権か

 韓国が政治、経済など各面で大きな転機にあることは間違いない。隣国の中国が宇宙飛行士を軌道に乗せる時代。韓国にとって、中国が最大手の貿易相手であり、同時に手ごわい競争相手になった。安全保障面も従来のような米国一辺倒では済まされない。米中の双方の動きを勘案して自国の利益を図る必要がある。北朝鮮政策も同じだ。冷戦時代のような反共の尖兵では勤まらない。

 米誌タイムの最近号は、盧武鉉政権がそんな時代の要請に答える政治力があるかに焦点をあてている。大統領は政治家として国会議員を1期4年。その間、金大中政権の漁業相を1年たらず勤めただけ。政治家としてより、苦学の末、民権派弁護士になったという経歴のほうが国民には馴染みがある。政権を支える人材も30代、40代の初心者が多い。しかも、大統領と同じような思考をし、同じ「コード」を共有するコード人脈と皮肉っている。

 盧武鉉大統領の一連の発言をみると、国民投票は憲法の規定を確認して提案したのかという疑問さえ湧いてくる。大統領は17日、在郷軍人との会合で「私一人で国民投票を強行するの難しい」と述べ、撤回もあることを示唆した。中央日報によれば、大統領府はSKグループ汚職事件の収拾策として「政治資金特別法」の立法に向けて作業を始めたという。大統領府と政界が違法選挙資金を自主公開し、検察当局がこれを調査したあと、関係者を赦免するのだという。国民はこれで納得するのだろうか。


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