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イラク戦争、米軍の敵は誰か
持田直武 国際ニュース分析

2003年11月24日 持田直武

テロがイラクから各地に拡大、日本も脅迫される事態になった。ブッシュ大統領はテロ戦争の一環として20日間でフセイン政権を倒した。だが、それがイスラム諸国の不満分子を刺激、テロの拡散を招いている。米軍はイラクで掃討作戦を展開しているが、それでテロを押さえ込めるのだろうか。


・フセイン政権残存勢力とテロ組織が共闘開始

 米占領軍のアビザイド司令官によれば、米軍の敵は2つある。1つは、フセイン政権の残存勢力。もう1つは、国境を越えて侵入して来るイスラム諸国の戦士たちだ。フセイン政権残存勢力は、かつての共和国防衛隊の兵士が中心。イブラヒム元革命指導評議会副議長が背後で操っている疑いがあり、武器もフセイン政権時代の最新型を使い、連携攻撃など作戦にも長けているという。

 もう1つの武装勢力、国境を越えて侵入するイスラム戦士は現在約3,000人。ブッシュ大統領は11月16日BBCテレビのインタビューに答え、「彼らはアフガニスタンで戦ったムジャヒディン(聖戦戦士)の系列で、アル・カイダ傘下のテロ組織も加わっている。彼らはイラクにタリバン型の政権を樹立することを狙っている」と述べた。同大統領が、アル・カイダの狙いがタリバン型政権の樹立にあると断定するのは初めてである。

 一方、フセイン政権の残存勢力は同元大統領の復権を狙っている。同元大統領とみられる人物も16日放送の録音テープで「外国占領軍の撤退後、イラク国民が選挙をする場合、指導者として何年間も国民に奉仕した者を選ぶべきだ」と述べ、フセイン復権を暗に主張した。アル・カイダが「タリバン型の政権樹立を狙っている」とすれば、フセイン政権の残存グループと目的が違うことになる。これについて、ブッシュ大統領は「米軍と対決することで両者は当面共闘している」と説明した。


・アル・カイダが地対空ミサイルや生物・化学兵器を入手か

 アル・カイダがイラクの混乱に乗じて内外で活発に動き出したことは間違いない。国連のアル・カイダとタリバン制裁委員会は11月20日、アル・カイダが最近戦術を転換、各種新兵器を入手したとの報告をまとめた。それによれば、9・11以後、アル・カイダは各国の取り締まり強化で中枢組織は弱体化した。しかし、世界には、まだ30−40の傘下の組織があり、これらの組織が攻撃目標を一般市民や民間組織など、いわゆるソフト・ターゲットにしぼる新戦術を取るようになったという。

 同報告は、その具体例として15日のトルコ・イスタンブールで起きたユダヤ教シナゴーグ周辺の爆破事件、8月5日のジャカルタのホテル爆破事件などをあげている。また、こうしたソフト・ターゲット攻撃への戦術転換とともに、最近移動式地対空ミサイルを入手したとみられること、生物・化学兵器の入手も時間の問題という見方が強いこと、爆薬も空港の透視検査をすり抜ける新製品を持つ可能性がることなどを明らかにしている。

 国連がこの報告を公表した20日、イスタンブールで英国総領事館など2箇所の爆破事件が起きたほか、22日にはバグダッドで民間貨物機が移動式地対空ミサイルの攻撃を受けて被弾するなど、報告書を裏付ける事件が続発した。アル・カイダと傘下組織が一層の混乱を狙って、イラク内外で行動を起こしていることは明らかだった。アル・カイダ幹部と名乗る男が16日と21日の2回にわたってロンドンのアラビア語雑誌に声明を寄せ、「日本の兵士がイラクに上陸すれば、東京を攻撃する」と脅迫したが、無視できない動きとみなければならない。


・混乱を前に手詰まりのブッシュ政権

 アル・カイダは戦線を拡大しているが、米軍はイラク国内の掃討作戦しか打つ手がない。しかも、その掃討作戦にも限界がある。フセイン元大統領に2,500万ドル、イブラヒム元革命評議会副議長に1,000万ドルの懸賞金を出して市民に情報提供を呼びかけているが、捕捉できない事実がそれを証明している。市民が協力する雰囲気ではないのだ。米軍が掃討作戦で街を攻撃すれば、市民の反感は強まり、フセイン政権の残存勢力やアル・カイダの思う壺である。

 ブッシュ政権は11月12日、既定方針を転換して、イラク暫定政権を早期に設立、04年6月末を目処に主権を返還、米軍を削減する方針を決めた。大統領選挙戦が加熱する夏、イラク問題が焦点になるのを避ける苦肉の策である。しかし、この新方針も確実に実行できる保証はない。テロが押さえ込めず、治安が回復しなければ、暫定政権を組織できるのか、疑問が多い。米兵の犠牲が増え続ければ、低落中の大統領支持率に歯止めはかからないだろう。

 米軍がイラク攻撃に踏み切る前、中東専門家の間には、フセイン政権を倒せばイラクは混乱して無政府状態になるという主張があった。宗教各派の対立、クルド民族やアラブ部族間の対立、地域対立が一気に噴出して手が付けられない状態になるという指摘だった。ブッシュ政権はこうした警告を無視して開戦、確かに20日間でフセイン政権を倒した。しかし、その後の状況は開戦前の警告の正しさを裏付けているように思える。しかも、アル・カイダと傘下組織が内外でこの混乱に加わってきた。


・イラクは3分割という見方も登場

 ヘブライ大学のバン・クレベルト教授は18日、ニューヨーク・タイムズへの寄稿文で、このままではイラク国土は3分割されかねないと警告している。南部のシーア派居住地域、中部のスンニ派地域、北部のクルド人地域である。ブッシュ政権はフセイン政権を倒して勝利を得たが、その勝利を守るため今米兵が命を落としている。その数は勝利を得るため戦死した数をはるかに超えてきた。これが続けば、かつてソ連軍がアフガニスタンから撤退したように、米軍も屈辱の撤退をせざるをえないだろう。

 米軍が撤退すれば、米国主導で設立したイラク人の政権は、閣僚が外出することも危険になるとみられている。その時、フセイン元大統領が健在なら、政権に復帰して旧体制を復活させるだろうという。もし、彼がいなければ、イラクは上記の3地域に分裂するというのだ。しかも、この3地域とも部内対立の結果、効果的な統治組織が作れず、テロリストの巣窟になる恐れが強い。そして、その影響は中東地域不安定の原因として長く尾を引くという見方である。

 ブッシュ大統領はイラクを民主化して、中東全域の民主化のモデルにすると主張してきた。しかし、そのための秩序確立に失敗すれば、米軍は手を引かざるをえない。そうなった時、バン・クレベルト教授が警告するような事態が起きないのか。最近の状況を見ると、楽観はできないと思わざるをえない。  


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