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ヒラリー夫人の08年戦略
持田直武 国際ニュース分析

2004年11月15日 持田直武

ケリー候補が敗北したあと、民主党上院議員ヒラリー・クリントン夫人が次期大統領をねらうことを疑うものはいない。知名度、政治経歴、集金力、いずれも大統領をねらう資格十分と言ってよい。出自はリベラル派だが、イラク戦争を支持、戦場の兵士を慰問し、中道、保守も視野に入れた支持層拡大をねらっている。だが、党内に多数のライバルがいるほか、共和党は06年の上院選で、同夫人の再選を阻止し、大統領選の前に討ち取る作戦を練っている。


・ケリー候補の敗北で、ヒラリー夫人の野心蘇る

 ヒラリー夫人は1947年10月生まれで今年57歳、08年の大統領選時には61歳になる。もし、ケリー候補が当選していれば、同夫人の出番はなくなると見られていた。ケリーが現職大統領として08年に再選をねらうことが確実だからだ。その次12年をねらうとしても、同夫人はすでに65歳、2年近くにわたる大統領選挙戦を闘い抜くエネルギーが残っているか、という疑問があった。しかし、ケリーの敗北で、この不安が解消。同夫人の支持グループは米国最初の女性大統領実現を合言葉に運動を開始している。

 ヒラリー夫人自身はまだ大統領への野心を口にしたことはない。しかし、ニューヨーク・タイムズをはじめ米主要メディアは、ケリー敗退の直後からヒラリー夫人に焦点をあてる記事を次々に掲載。同夫人が民主党の次期大統領候補をねらう最有力者との見方を流し始めた。同夫人がクリントン政権時代のファーストレディとしてホワイトハウスを内側から見てきた経験、その後ニューヨークという大州の上院議員としての政治経歴、そして、何よりも全米に知れ渡った知名度、集金力、いずれも大統領をねらう資格十分というのだ。

 上院議員としての活動でも、最近は社会保障政策、イラク戦争などで中道から保守寄りの姿勢を取ることが目立っている。昨年11月には、アフガニスタン、イラク両国の戦場を訪問、前線の兵士を慰問して波紋を呼んだ。同夫人自身は、ベトナム戦争当時は民主党反戦派マクガバン大統領候補の選挙運動に参加した反戦派の若手弁護士。ウオーターゲート事件では、民主党の調査官として事件を追及、ニクソン大統領を辞任に追い込んだ功労者の1人でもある。いわば、リベラル派のアイドルだった。その夫人が上院議員として、保守派と歩調を合わせイラク戦争支持の投票をし、戦場の兵士を慰問しているのだ。やはり、次期大統領の座を意識していると見るのが妥当だろう。


・06年の上院議員再選が次の焦点

 そのヒラリー夫人も、大統領の座を射止めるには幾つかのハードルを越えなければならない。第一が06年中間選挙での上院議員再選である。再選されなければ、大統領選挙へは進めない。しかも、単に再選されただけでは不十分というのが、11月4日付けのニューヨーク・タイムズの見方である。同紙は、夫人が大統領をねらうなら再選にあたって大勝利を収めなければならないと書いている。06年選挙は2年後の大統領選挙の前哨戦であり、ヒラリー夫人はニューヨークで大勝利を収め、足元を確保することが、その後の選挙戦を進める上で不可欠だというのだ。

 この点ヒラリー夫人にも一抹の不安が無いわけではない。同夫人は中西部シカゴ出身、南部アーカンソー州出身のクリントン前大統領と結婚して同地に住んだが、ニューヨークとは無縁だった。上院議員出馬にあたって、ホワイトハウスから移って来た、いわば落下傘候補である。米国ではかつて、これをCarpetbagger (渡り政治屋)と呼んで軽蔑した。そのためか、同夫人も00年選挙で上院議員に当選したものの、就任1ヶ月後の世論調査では支持率はわずか38%だった。04年9月のキニピアック大学の世論調査では、61%と支持率を伸ばしたが、同時に調査した3人に1人は、同夫人に対し「好感を持てない」と答えている。つまり、ヒラリー・ヘイター(hater)も多いのだ。

 共和党がこれに注目しないはずがない。同党内でも08年選挙で、ブッシュ大統領のあとがまをねらって多数が陰に陽に動きだした。その中には、ニューヨーク州のパタキ知事も含まれている。しかし、同知事の任期は06年で切れる。そこで、同党内には、同知事が任期切れを機に、上院議員に鞍替えし、ヒラリー夫人と対決するというシナリオが有力になっている。 州知事として3期12年の実績を持ち、今も絶大の支持率を誇る同知事が出馬し、ヒラリー夫人を倒す。そして、同夫人が大統領選挙に出馬する足場を潰してしまうという作戦である。


・当選すれば、米国社会の変化の象徴に

 民主党は今回の選挙で、ケリー候補敗退、上院のダシェル院内総務の落選、上下両院で議席数を減らすなど、多大の打撃を受けた。この傷跡を修復し、党勢の立て直すことが急務である。その最初の立て直しが、党全国委員長の交代だ。現在のマコーリフ委員長は退任し、後任を選出するが、党の大統領候補指名をねらう場合、この後任に誰が就任するかが決定的に重要になる。このため、大統領をねらう有力政治家は自分と関係の深い政治家、あるいは息のかかった関係者を委員長に就けようと画策する。

 ヒラリー夫人の場合、クリントン前大統領の上級顧問だったイッキーズ氏が現在のところ委員長候補に挙がっている。他の候補としては、今回の選挙にも立候補したバーモント州のディーン前知事、アイオワ州のビルサック知事、メリーランド州のワーナー知事などの名前が出ている。いずれも、ヒラリー夫人とともに次期大統領の座をねらうと見られている有力知事たちだ。これら政治家はまず全国委員長に就任し、党組織を握って影響力を扶植してから立候補することを目論んでいるのだ。

 米大統領選挙に立候補を表明した女性政治家は過去にもいた。しかし、党の候補に指名されたのは、1984年選挙に立候補したフェラーロ夫人の民主党副大統領候補指名の例があるだけだ。もし、ヒラリー夫人が立候補すれば、当選する可能性がもっとも高い候補となるだろう。同時に反ヒラリーの動きも表面化するに違いない。クリントン前大統領が1979年アーカンソー州知事に就任したとき、ヒラリー夫人は旧姓のローダムを名乗り、夫婦別姓だった。これが有権者の不満を呼び、クリントンは次の選挙に落選した。夫人が現在のヒラリー・ローダム・クリントンと名乗るようになったのはそれ以来である。同夫人がこの壁を破って大統領の座を射止めるとすれば、それは米国社会の変化の象徴ともなるだろう。


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