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イラク選挙、イランの影強まる
持田直武 国際ニュース分析

2004年12月20日 持田直武

治安上の不安はあるが、主だった政党、政党連合の候補がほぼ出揃った。イスラム教シーア派の統一イラク連合が候補者228人。アラウイ首相のイラク・リストが240人。シーア派の候補者名簿のトップには、隣国イランの情報機関と関係が深いハキム師が座った。選挙後、同師がイラク政界の指導的立場に就き、米ブッシュ政権が期待を寄せるアラウイ首相と対決することになりそうだ。


・シーア派の名簿のトップにイラン人脈のハキム師

 イラク選挙管理委員会の発表によれば、届け出た政党、政党連合などは230余り、候補者は3,500人余りにのぼるという。定数275に対し、12.7倍。多数派を目指すシーア派は22の政党を集めた政党連合、統一イラク連合を組織し、228人からなる候補者名簿を提出した。これに対抗するアラウイ首相の世俗政党連合、イラク・リストは240人の候補者名簿を提出。一方、不安定な治安を理由に選挙実施に消極的、あるいは延期を主張していたスンニ派やクルド族も参加の方向で候補者名簿を提出した。有権者は推計1,400万人、今後余程のことが起きない限り、全国9,000箇所に設置する投票所で投票することになる。

 選挙を実施すれば、人口の60%の信者を持つシーア派の有利は確実。そして、候補者名簿のトップに座ったハキム師が、選挙後の政権で主要なポストに就き、正式憲法制定に重要な役割を果たすことになる。同師はシーア派の2つの政党、イスラム革命最高評議会とダワ党のうち、前者の指導者。スンニ派が勢力を振るったフセイン政権時代、同師をはじめ現在のシーア派幹部の多くは弾圧を避けて、シーア派支配下のイランに亡命、そこでイスラム革命最高評議会を結成した。米情報機関は、結成にはイラン情報機関が関与し、現在も資金援助をしていると見ている。

 このほか、シーア派の候補者名簿には、今年5月米ブッシュ政権と喧嘩別れした亡命組織イラク国民会議のチャラビ議長や、春から夏にかけてナジャフで反米武装闘争を展開したサドル師の人脈も含まれている。チャラビ議長が米と決裂したのは、米情報機関がイランの暗号を解読したのを漏れ聞き、これをイラン側に伝えたからだった。同議長は米情報機関と通じる一方で、イラン情報機関とも密接な関係があった。シーア派がハキム師を名簿のトップに据え、チャラビ議長、およびサドル師派とも連携したことは、選挙後の政局に反米、親イラン勢力が大きな力を持つことを予測させる。


・アラウイ首相の世俗政党の弱み

 このシーア派に対し、残る2つの勢力、中部のスンニ派と北部のクルド族はそれぞれ人口の約20%を占める。しかし、スンニ派の地盤の中部バクダッド周辺は、イラクで最も治安の不安定な地域。選挙をしても、この地域の投票率は5%にも達しないという見方もある。一方、クルド族は居住地域の北部では結束しているが、シーア派と単独で太刀打ちする力はない。その状況下、米ブッシュ政権は、アラウイ首相を中心とする党派の枠を越えた世俗政党連合に期待している。

 同首相は12月15日、世俗政党6党の連合組織イラク・リストの候補者名簿240人を提出した。同首相自身はシーア派信者だが、政策は宗派とは一線を画し、世俗政党に所属。今回のイラク・リストも、シーア派、スンニ派など宗派を越えて政治家を集めた。また、同首相は名簿提出と同時に自身の立候補宣言をし、公約として、「米軍をはじめとする外国軍隊の撤退を推進する」と強調した。米軍撤退は、シーア派の統一イラク連合も綱領の1つとして「撤退の日時について交渉する」と規定している。アラウイ首相も、この点で後退した印象を与えることは許されないのだ。

 治安の悪化もアラウイ首相に不利に働いている。同首相の立候補宣言はバグダッドの安全地帯グリーン・ゾーンからチグリス川を越えて5キロ足らずのスポーツ・クラブで行なわれた。しかし、聴衆はわずか60人。半分は首相の警護員など関係者だった。報道陣の取材のためバスを用意したが、途中が危険だとして1人も乗らなかった。シーア派が宗教組織を中心に運動を進めているのに対し、世俗政党はそれに匹敵する組織を持たず、不利は免れない。同首相は亡命中、イラク国民会議のチャラビ議長の政治的ライバルだったが、現在の状況が続けば、選挙後チャラビ議長の後塵を拝することになりかねない。


・ラムズフェルド長官への不満高まる

 ブッシュ政権がこの状況に危機感を持っていることは容易に窺える。ブッシュ大統領は15日、ホワイトハウスで記者団の質問に答へ、「イランやシリアは、テロリストの越境や、資金の流れを阻止し、イラク国民が自分たちの指導者を選ぶのを助けなければならない」と述べた。また、ヨルダンのアブドラー国王やイラク暫定政府のヤワル大統領も14日、イランが「イラク選挙の候補者に資金を与え、イランに有利な状況を作ろうとしている」と非難した。中でも、アブドラー国王は「イランの住民が国境を越えて大量にイラクに移動、投票に参加する動きをしている」と警告した。

 一方、イラク駐留米軍のケーシー司令官は16日の記者会見で「フセイン政権を支えたバース党の党員が国境を越えてシリア側に拠点を置き、イラク国内の武装勢力に資金と指示を与えている」と非難した。ブッシュ大統領がイランとともにシリアに警告した背景には、米軍がこのような情報を掴んだためだ。イラク国内の武装勢力は、ヨルダン生れのザルカウイをはじめ多数が一時ファルージャに拠点を構えていたが、米軍は11月の攻撃でこの拠点を破壊した。しかし、ザルカウイは逃亡、現在はイラク国内の別の場所に移ってテロ活動を指揮しているらしいという。選挙を前に、イラクは国内はもとより、南部ではイランの介入、西北部はシリアからの脅威に曝されていることになる。

 この状況下、ブッシュ大統領はラムズフェルド国防長官の留任を決めたが、ワシントン政界ではこれに対し共和党内からも不満の声があがった。上院の国防族の有力者マケイン上院議員は13日、AP通信のインタビューに答え、「同長官をまったく信用しない」と言い切った。同議員はその理由として、長官がイラク攻撃に十分な兵力を投入せず、フセイン政権を倒したあとも、直ちに兵力を削減、治安悪化の原因をつくったというのだ。そして、現在の混乱を収拾するには、さらに陸軍8万人、海兵隊2−3万人を増派する必要があるが、ラムズフェルド長官はそうしないと批判した。今後も、治安回復が進まず、選挙の信頼性が問われることになれば、このような批判が内外で高まることになる。


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