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北朝鮮の核危機(26) 本丸をねらう強硬論
持田直武 国際ニュース分析

2004年12月13日 持田直武

北朝鮮がまたニセ遺骨で誤魔化そうとした。日本の世論は党派を越えて反発、経済制裁を要求して小泉首相を突き上げている。米ブッシュ大統領も政権内外の強硬派に金正日体制の変革を目指せと迫られている。北朝鮮の本丸に照準を合わせる強硬論である。しかし、韓国は北朝鮮擁護の姿勢を鮮明にして強攻策に反対、日米の行く手に立ちはだかりかねない雲行きとなった。


・ウソをつく理由は本丸を守るため

 横田めぐみさんの遺骨がニセ。同時に松木薫さんの遺骨もニセだった。めぐみさんの遺骨は、夫のキム・チョルジュン氏が自宅裏山に埋葬したものを掘り起こし、火葬して骨つぼに入れていたとの説明だったが、この説明がウソだったことになる。同氏が夫であったのかどうかも、疑わしくなった。また、松木さんの場合、北朝鮮が02年に渡した遺骨が別人だったため、今回は日本政府代表団が北朝鮮側の案内で埋葬場所を掘り返して持ち帰った。しかし、これもニセということになると、そもそも埋葬したのかどうかも疑わざるをえない。

 11月の日朝実務者協議で、北朝鮮側が説明したほかの事柄についても新たな疑問が浮上している。北朝鮮側の説明では、「横田めぐみさんと田口八重子さんの2人は81年から84年にかけて一緒に生活していた」という。しかし、毎日新聞によれば、拉致被害者の1人、地村富貴枝さんは「2人が一緒に生活したのは84年から2年間」と証言している。同じ頃、地村さんも2人と同じ地域の招待所に住んでいたので、間違いないという。北朝鮮がこのように横田めぐみさんと田口さん2人の同居の時期を誤魔化すのは、87年の大韓航空機爆破事件にそれが絡むからだろう。

 同事件の犯人、金賢姫元死刑囚は韓国警察の取り調べに対し「81年7月から83年3月まで李恩恵と名乗る日本人女性と同居、日本語を教わった」と供述した。日本側の調べでは、李恩恵は田口さんである。しかし、北朝鮮は大韓航空機爆破を今も認めず、李恩恵という女性は韓国情報機関のでっちあげで実在しないと主張している。北朝鮮が田口さんは81年からめぐみさんと同居していたと主張するのは、金賢姫の存在を否定するために必要なウソなのだ。

 また、毎日新聞によれば、脱北した金正日総書記の元側近は「横田めぐみさんが95年頃の2年間、同総書記の息子の家庭教師をしていた」と話しているという。韓国の金泳三元大統領もめぐみさんと同総書記の接点の可能性を示唆したことがあり、拉致事件が単なる工作機関の活動というだけでなく、金正日体制の本丸に関係する可能性を示唆している。完全解決のためには、北朝鮮が過去の特殊工作の全容を明らかにするだけでなく、同総書記の係わりも明らかにする必要があり、それは金正日体制の否定につながると見なければならない。


・日米の北朝鮮本丸に照準を合わせる強硬論

 日本では12月8日、北朝鮮から手渡された遺骨の鑑定結果が出ると、日本中に非難の渦が起きた。この雰囲気を背景にして、衆院拉致問題特別委員会は「北朝鮮の不誠実な対応は、我が国の尊厳を著しく損なった」と厳しく非難する決議を採択。また、自民党の拉致問題対策本部は10日、「北朝鮮に対して期限付きで鑑定結果に対する回答を迫り、納得できない場合、経済制裁発動を求める」という決議をした。強い圧力をかけて北朝鮮の中枢に揺さぶりをかけるという強硬策発動の主張である。

 しかし、日本政府の対応は世論から見れば生ぬるい。約束した食糧支援の残量を凍結したものの、経済制裁については明確な姿勢を示さない。小泉首相は8日記者団に対して、「対話と圧力の両方を考えないといけない。拉致被害者家族のみなさんのためにも、ここで交渉を打ち切ってはいかん」と述べ、交渉継続を優先する考えを示した。米ブッシュ政権はじめ6カ国協議の参加国が協議再開に向けて外交努力をしているとき、日本が経済制裁発動を決めて、交渉への流れを絶つようなことはできないのだ。

 実は、そのブッシュ政権も同じような立場に立たされている。同政権は6カ国協議の早期開催を主張し、そのための外交努力を重ねているが、政権内外の強硬派は「金正日体制の変革(regime change)、ないし、政権変換(regime transformation)を主張してブッシュ政権を突き上げている。その代表的な例が、イラク戦争遂行に大きな影響力を振るったネオコン(新保守主義者)の雑誌ウイークリー・スタンダードが掲載したエバーシュタット氏の「この暴政を倒せ」という論文だ。同氏はブッシュ政権1期目の北朝鮮政策は「戦略不在」で「舵のないまま漂うボートと同じ」と批判。2期目の指針として次のような6項目の政策提言を行なっている。

1.体制変革(regime change)を政策方針とする。
2.北朝鮮との交渉では、目標達成に成功したか、失敗したかを明確にする。
3.中国も核拡散の被害者であるとの当事者意識を強めさせる。
4.韓国の融和論者と一線を画す。
5.北朝鮮の脅威削減の手段として、非外交的手段も準備する。
6.ポスト共産主義の朝鮮半島の準備をする。

 この提案の主要なポイントは体制変革に照準を合わせて、当面交渉を続け、それが成果をあげない場合、非外交的手段を駆使して目的を達成すべきだということにある。このネオコン論客の提言に関連して、ブッシュ政権のハドリー次期安保担当補佐官は12月7日、訪米した韓国国会代表団に対して、「体制変革(regime change)の考えはまったくない」と否定、しかし「あえて表現するなら政権変換(regime transformation)を目指すことになると述べたという。ブッシュ政権内にも、これまでとは違う政策方針が生れているとみてよいだろう。


・韓国が経済制裁の行く手に立ちはだかる可能性

 日米のこうした動きに対し、盧武鉉大統領は北朝鮮寄りの姿勢を鮮明にしている。同大統領は11月中旬から12月にかけて、米欧各国を歴訪。ロサンゼルスでは、「北朝鮮が自国を守るため抑止力を持つと主張するのは、一理ある」と発言して北朝鮮の核保有を擁護。ロンドンでは、「誰も韓国民の意思にはずれた解決法を強行できない」と述べて、米の武力行使を牽制。また、パリでは、「米国と一部西側の国が北朝鮮体制の崩壊を考えているため、韓国や中国と歩調が合わなくなっている」と述べた。そして、北朝鮮の核問題は「韓国の生存問題であり、この問題で誰かと対立しなければならないのなら、そうしなければならない」とも述べ、ブッシュ政権との対立も辞さない姿勢を示した。

 この盧武鉉大統領の姿勢に対して、日米ともまだ公式には何の反応もしていない。しかし、韓国が日米とこれまでと同じ歩調で行動するかどうか、疑問符がついたことは間違いない。韓国の新聞朝鮮日報によれば、ブッシュ大統領は11月20日、チリで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の席で盧武鉉大統領と会談。その席で、「北朝鮮の核問題は体制変革(regime change)がなければ解決しない」との認識を示したという。これに対し、盧武鉉大統領は「私は考えが違う」と述べ、自説を展開したところ、ブッシュ大統領が「良い指摘だ。(good point)」と答えた。それ以来、盧武鉉大統領の発言が一層強気になったというのだ。

 上記のネオコンの論客エバーシュタット氏はこのような韓国政権を「大学院の平和学用の教科書に頼る程度の政権」であり、同政権は「米韓同盟から脱走中」と同じなのだと酷評。ブッシュ政権は盧武鉉政権に頼るのではなく、政権の頭越しに韓国民に直接働きかけるべきだと主張している。確かに、韓国が盧武鉉大統領の主張どおりの行動を今後とることになれば、6カ国協議での日米韓の結束は崩れる。日本が経済制裁を発動する場合、あるいは、ブッシュ政権が外交手段以外の強硬策をとる場合、韓国がその行く手に立ちはだかることも考えなければならない。

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