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イラク戦争の大義、大量破壊兵器の虚構崩壊
持田直武 国際ニュース分析

2004年2月2日 持田直武

ブッシュ大統領が大量破壊兵器問題で正念場に立った。開戦の根拠とした同兵器の脅威は、CIA提出のNIE(National Intelligence Estimate)の判断に基づいている。だが、同兵器調査団のケイ元団長は「情報機関の判断は間違っていた」と断言。民主党幹部はCIA長官の引責辞任と外部機関による調査を要求、共和党内にも同調の動きが出た。選挙を控え、大統領はどのような幕引きをするのか。


・ケイ元団長の断定証言の重み

 フセイン政権が大量破壊兵器を持っていなかったことは、これまでの断片的な情報でほぼ予想できた。1月28日のケイ元同兵器調査団長の議会証言はこれを確信に変えたと言える。証言の要旨は次のようなものだった。

・イラク戦争前、フセイン政権が大量破壊兵器を持っていると判断したのは間違いだった。
・同政権が戦争前、生物、化学兵器を備蓄していたことを示す証拠は何も見つかっていない。
・国連による査察の過程で、同政権が90年代に大量破壊兵器の製造を放棄したと考えるのが理にかなう。
・その後、同政権は将来の製造を見込む計画を持ち、そのうちミサイル計画は進んでいた。
・また、マスタード・ガスとVXガスについては、フセイン元大統領と息子たちが00年と01年、製造再開に必要な時間を問い合わせた文書と証言がある。
・国際テロ組織と大量破壊兵器を共有した証拠は見つからない。

 ケイ元団長はこのような点を列挙し、開戦前の情報がまったく間違っていたと断定。個人的な意見として、外部調査機関による調査をし、間違いの原因を究明する必要があると主張した。同元団長は特定の情報機関の名前を挙げなかったが、調査の主要な対象としてCIAを想定していることは明らかだった。


・ブッシュ大統領が開戦の根拠としたCIAの報告

 ブッシュ大統領は03年3月20日、イラク攻撃の命令を出すが、その根拠はCIAが02年10月にまとめたNIE(National Intelligence Estimate 国家情報総覧)の判断を基にしていた。CIAが国務省情報局、国防総省情報局、エネルギー省などの情報担当機関の情報分析を基にまとめた総合判断である。その主な内容は次のようなものだった。

「全般的状況」
・1998年、国連の査察が中止されたあと、イラクはミサイル開発計画を活性化、化学兵器生産を継続、生物兵器製造施設を拡大、核兵器計画を再構築するなど諸活動を強化した。そして、98年から02年までの間、国連決議を無視して石油を不正輸出し、年間30億ドルの資金を確保、これら大量破壊兵器の開発に注ぎ込んだ。各分野の開発計画は次のようになっている。

「核兵器開発」
・イラクは核兵器、および同兵器製造用の原料を保有していないが、98年12月、国連査察が中止されたあと、開発計画を再開した。
・イラクが海外から核兵器用の材料を調達すれば、今後数ヶ月から1年以内に核兵器を製造できる。
・海外から材料が得られない場合でも、イラクは07年から09年には核兵器を製造できる。

「化学兵器開発」
・イラクはマスタード・ガス、サリン、VXガスなどの製造を再開した。その量は湾岸戦争時より少量だが、殺傷力は向上したとみられる。
・国内の化学工場内で、密かに化学兵器を製造しているとの一連の情報がある。
・確実な情報ではないが、イラクの保有量は少なくとも100トン、多ければ500トン、この大部分は01年に量産した。
・イラクは化学兵器爆弾、化学兵器弾頭付きロケット弾などを製造した経験がある。また、スカッド・ミサイル搭載用化学兵器を保有していると判断できる。

「生物兵器開発」
・イラクは炭ソ菌をはじめ各種生物兵器を短期間に兵器化し、爆弾、ミサイル、飛行機などで散布する力を保有している。
・天然痘をこれら兵器の1つとして使う可能性も50%の確率で考えられる。
・イラクは移動式生物兵器製造施設を保有、外部から探知されることなく、3ヶ月から6ヶ月間で湾岸戦争前の生物兵器保有量に匹敵する生産ができる。

「ミサイル開発」
・イラクは、国連決議で禁止した射程150キロ以上の新型アル・サムード・ミサイルなどのほか、射程650キロから900キロの改良型スカッド・ミサイル数十基も保有している。
・また、生物、化学兵器を運搬、散布するための無人飛行機の開発も進めている。

「米国を攻撃する可能性」
・イラクは現在、米本土に対する通常兵器や生物、化学兵器によるテロ攻撃を差し控えているが、これは攻撃が全面戦争を招くと恐れているためだ。
・しかし、米軍の攻撃が切迫し、フセイン政権が生き延びられないと判断した場合、イラクは米本土を攻撃するだろう。
・米軍が攻撃に踏み切った場合、イラクは中東にある米施設や米同盟国の施設を攻撃するよう情報機関に指示を多分出している。

「国際テロ組織との協力」
・フセインは、危機的状況に陥れば、アル・カイダのような国際テロ組織だけが、自分が期待する攻撃を実行できると判断するだろう。
・この状況下で、イスラム・テロ組織を支援し、生物、化学兵器で米国市民多数を犠牲にすることが、復讐の最後の機会と判断するだろう。


・戦争の大義は虚構だった

 ケイ元団長の議会証言と上記NIEの判断の差は歴然としている。しかも、同元団長 の証言は、過去6ヶ月間イラク各地で調査を展開し、大量破壊兵器が存在しないことを ほぼ確認したという重みがある。それだけに、同団長が「NIEの判断は間違っていた。 自分を含め、ほとんどだれもが当時は間違っていた」と述べた意味は大きい。この間違 っていた中にブッシュ大統領が含まれているのは言うまでもない。

 ブッシュ大統領は03年1月の一般教書で、イラクを攻撃する理由、いわば「戦争の大義」を説明した。その主旨は、「イラクは大量破壊兵器廃棄の約束を守らず、今も保有している。彼らが同兵器をテロ組織に売り渡し、テロリストが何時でも使える状況を作り出している。これを阻止しなければならない」というものだ。そして、このまま放置すれば、9・11事件のような米本土攻撃に使われると強く匂わせた。この論理がNIEの判断に基づくことは容易にわかる。従って、NIEの判断が間違いなら、戦争の大義は虚構だったことになる。

 ケイ元団長はこの間違いの原因を究明するために外部機関による調査を要求した。議会民主党の幹部は直ちに賛成し、共和党もマケイン上院議員が同調。一方、大統領選に出馬しているケリー上院議員はテネットCIA長官の辞任を要求した。間違いの責任追及によって選挙戦を有利にしようとの思惑がからんできたのだ。


・大統領はだまされたのではないか

 ブッシュ大統領はケイ元団長が議会証言をする前日27日、ホワイトハウスで記者団 から「戦争前の情報機関の意見に疑問を持たなかったのか。あなたは情報機関にだまさ れたのではないか」という質問を受けた。これに対し、同大統領は「情報機関を深く信頼 している。彼らは力の限り働き、米国に貢献している」と情報機関の肩を持った。しかし、 同大統領は続けて「大量破壊兵器の捜索は進行中であり、これを完結させ、事実を知るこ とが重要だ。その上で、あらたに分かった事実と開戦時に我々が考えていたこととを比較 してみたい」と述べた。

 ブッシュ大統領はじめ政権幹部は、上記のような質問が出た場合、これまでは大量破壊兵器は必ず見つかると答えてきた。それに較べ、この日の同大統領の発言は明らかに後退していた。この問題に関連して、国連イラク査察団のブリクス元団長はBBC放送で、ブッシュ政権は身柄を拘束したフセイン元大統領から得る情報で、大量破壊兵器の存在確認ができるはずだと語ったことがある。フセイン拘束以来すでに1ヵ月半、ケイ元団長の議会証言を待つまでもなく、ブッシュ政権はフセイン情報も使って大量破壊兵器が存在しないと判断していた可能性は十分ある。

 1月29日のワシントン・ポストは、ホワイトハウスの幹部が最近、大量破壊兵器調査団の調査結果と開戦時の情報が違うことを認めるのが普通になったと伝えた。また、ホワイトハウスは同兵器調査団のデュエルファー新団長に対し、大量破壊兵器を探すことよりも、フセイン政権が同兵器を廃棄した時期や方法を確認するよう指示しているという。この結果、同調査団が結論を出す時期も、ケイ元団長が予定していた夏よりも大幅に遅れる見通しになった。


・CIA糾弾だけで幕引きできるか

 ライス安全保障担当大統領補佐官は29日、ABCなど米3大ネットワークに異例の連続出演し、大量破壊兵器問題について「国連の要求を12年間も無視し、同兵器について説明しなかったフセイン元大統領に責任がある」と主張。また、議会民主党や共和党の一部が主張している外部機関による情報機関の調査を拒否する姿勢も明らかにした。ブッシュ政権内では、外部機関による調査ではなく、情報機関内で内部調査を進め、同じ過誤を繰り返さない対策を立てるべきだとの意見が強いという。

 また、テネットCIA長官の引責辞任についても、ブッシュ政権内には拒否する雰囲気が強いという。同長官はもともと議会民主党の情報担当スタッフとしての経験が長く、 CIA長官もクリントン大統領の任命で就任した。いわゆる民主党系テクノクラートだが、共和党にも人脈があり、かつてCIA長官だったブッシュ大統領の父親とも近い。こうした背景もあり、ブッシュ政権としては長官人事には触れないで、情報機関の再構築を図りたい考えだといわれる。

 今後のもう1つの焦点は、この問題が選挙に与える影響だ。民主党の大統領候補がこの問題に焦点を当てるのは間違いない。しかし、イラク問題は去年夏、テロが激化して米兵の犠牲が急増した時、一時焦点に浮上したが、その後はトーンダウンした。予備選挙でも、有権者の関心は、社会福祉、景気、同姓結婚を禁止する憲法改正問題などに向かい、イラク問題は3番手か4番手のことが多い。ブッシュ政権もイラク問題が焦点とならないよう、大量破壊兵器調査団の最終結果の公表を投票日以降にずらす算段だという。

 しかし、それで幕を引いて良いのかという疑問が残る。米情報機関はブッシュ・ドクトリンの柱の1つ、先制攻撃を支える重要な位置付けをされている。その情報が大量破壊兵器問題で露呈したようなあやふやさでは如何にも心もとない。また、米情報機関にだまされたのは、ブッシュ政権や米議会だけではない。日本はじめ多くの政府や国民が大量破壊兵器の虚構にだまされた。

 米国の有権者は、「フセインの追放で世界はより安全になった」というブッシュ政権の説明で満足するかもしれない。また、ブッシュ政権や議会は、この問題をワシントンの数ある政治的取引の一つとして幕を引くかもしれない。しかし、それでは他の諸国の不満は収まらないだろう。


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