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米大統領選挙、ブッシュ陣営にあせり
持田直武 国際ニュース分析

2004年3月8日 持田直武

ブッシュ大統領再選戦略に齟齬が目立っている。9・11事件の映像を使った選挙コマーシャルが「火事場泥棒」と非難される。大統領が少数のテレビ記者を招いた懇談会も不評。イラク大量破壊兵器問題や連邦予算の赤字累積問題で、有権者の不信を買い、支持基盤の保守派からも不満の声が洩れる。世論調査では、民主党のケリー候補をかろうじて抑えているが、楽観はできない。


・消防士、犠牲者遺族が9・11のコマーシャル利用を非難

 ブッシュ大統領は3月4日、全米の主要テレビで選挙コマーシャルを流す大規模キャンペーンを開始した。民主党のケリー上院議員が2日のスーパー・チューズデーで大勝、党組織をまとめて攻勢を強めている。これに対し、ブッシュ大統領はイラク大量破壊兵器問題やベトナム戦争時の兵役問題が響いて支持率は低迷。2月の世論調査では、ケリー候補がリードする例が多かった。コマーシャル作戦は、この劣勢を挽回するための第1弾だった。

 だが、反響は厳しいものになった。コマーシャルは、9・11事件の映像を使って構成。崩れた世界貿易センタービル、犠牲者を担架で運ぶ消防士の姿などを重ね、ブッシュ大統領がテロと対決する強力な指導者だと強調している。しかし、ニューヨークの大衆紙、ニューヨーク・デイリー・ニュースは一面で、このコマーシャルを見た消防士が「火事場泥棒と同じ」と非難したと伝えた。「命をかけた消防士の写真をこんな目的のために使うべきではない」というのだ。

 消防士の組合や犠牲者の遺族がコマーシャルの放映中止を要求。ブッシュ選対の責任者が、テレビのニュース番組にかけ持ちで出演、製作意図の説明に追われる事態となった。ワシントン・ポストによれば、ブッシュ選対はこのコマーシャルを全米17州のテレビ局50社と全米ネットのケーブル・テレビで今後3週間流す予定という。費用440万ドル、資金に恵まれた同陣営ならでわの宣伝作戦だが、この悪評では逆効果になりかねない。


・テレビ記者を集めたメディア戦略も不発

 このテレビ・コマーシャルを流す2日前、ブッシュ大統領はテレビ局5社の記者をホワイトハウスに招き、異例のオフレコ懇談をした。記者たちは、ホワイトハウスから電話で「スーツ姿で来るように」という連絡を受け、何事かと駆けつけたという。すると、笑顔のブッシュ大統領が現われ、発言内容を絶対外部に洩らさないとの条件で1時間20分にわたる懇談となった。出席できなかったワシントン・ポストは翌日、わが社は懇談の1時間余りあと、内容をすべて掴んだという挑戦的な記事を掲載した。

 それによれば、ブッシュ大統領は民主党のケリー候補について「タフで、手ごわい相手」と評価。「前回の選挙以上に強い姿勢で対決し、ケリー候補の上院議員としての業績を問題にする」などと説明したという。意味ありげに記者を招きながら、大統領が漏らした内容はこの程度という、冷たい筆致である。ホワイトハウスが特定の新聞やテレビ局の記者を招いて情報を流すことはよくある。それによって、世論の反応を探り、加えて記者を味方につける、メディア戦略の1つだ。

 今回も、大規模なコマーシャル・キャンペーン開始を前に、特にテレビ局の幹部記者を招いた。アフガニスタン国境でビン・ラディン捕捉作戦が進行している時である。記者たちの誰もが「彼を捕まえたのか」と思いながらホワイトハウスに走ったという。ところが、大統領が口にしたのは自分の再選戦略。記者たちの関心は、ブッシュ選対のそれとは違っていたのだ。9・11事件の遺族や消防士がコマーシャルに反発した背景にも、これと同様のブッシュ選対の読み違いがある。


・今後の台風の目、消費者運動のネーダー候補

 AP通信が3月4日に発表した世論調査によれば、大統領選挙が現時点で行われた場合、ブッシュ46%対ケリー45%で、ブッシュ大統領がかろうじて勝つという結果が出た。2月13日のワシントン・ポストの調査では、ケリー52%対ブッシュ43%。同18日のCNNの調査は、ケリー55%対ブッシュ43%など、2月の段階ではケリー候補の大幅なリードが目立った。3月4日発表のAPの調査は、1%という差だが、ブッシュ大統領がようやくケリー候補を抑えたことになる。

 しかし、これもブッシュ大統領が支持者を増やした結果とは見られていない。消費者運動のラルフ・ネーダー氏が2月22日に無所属で立候補を表明し、民主党支持者の一部が同氏支持にまわったことが大きい。同氏は前回選挙にも立候補し、民主党票を奪った。この結果、民主党候補のゴア副大統領はフロリダ州、アイオワ州など、共和党と僅差で争った州で、ブッシュ大統領に惜敗し、政権の座を逃した。

 今回も、民主党はネーダー氏の立候補を警戒し、党全国委員会の幹部が同氏と直接会って立候補を断念するよう説得した。しかし、同氏は民主党が共和党と同様、ワシントンの支配階級の一部と化して、一般の消費者の利益を代弁していないと反論、立候補に踏み切った。4日発表のAPの調査によれば、ネーダー氏の支持率は6%、大統領選挙が僅差の争いになった場合、前回の選挙同様、同氏の得票が勝敗の帰趨を決めることになりかねない。民主党が立候補断念を今後も働きかけることは明らかで、今後の台風の目である。


・ブッシュ支持低迷の原因、保守基盤のひび割れ

 現職ブッシュの支持低迷の理由は、数え上げればきりがない。イラク大量破壊兵器問題、ベトナム戦争時の兵役問題、連邦予算赤字の累積や失業問題。これらは、予備選挙で飛び回る民主党の大統領候補にブッシュ批判の強力な武器を与えるのと同じだ。その結果、予備選挙が始まった1月から2月にかけて、ブッシュ大統領の支持率は大幅に下がった。そして、大統領の支持基盤である保守派からも不満が出る。

 ブッシュ大統領は2月8日、NBCニュースのインタビュー番組に出演、大量破壊兵器問題について説明した。そして、同兵器はまだ発見できないが、独裁者フセインを倒したことで戦争目的は達成したと主張したが、これには足元の保守派からも不満が出る。レーガン大統領のスピーチ・ライターだった保守派の論客ペギー・ヌーナン女史が「大統領は疲れているようだ。自信がなく、説明しようとして混乱を招いている」とインターネット通信で不満を表明した。

 また、同じ保守派の評論家ジョージ・ウイル氏も、契約紙に配信するコラムでブッシュ大統領の予算案を取り上げ、「共和党大統領の予算案を共和党支配の議会が無駄使いを理由に削減しようとしている」と大統領の指導力に疑問を投げかけた。このほか、テレビ・コメンテーターのキム・ノバック氏も、大統領の一般教書演説を取り上げ「近年稀にみる駄作」と酷評した。これら論客は、ブッシュ大統領の支持基盤、保守派を支える有力なオピニオン・リーダーで、保守派有権者の投票行動に大きな影響を与える。

 CBSニュースの2月16日の世論調査によれば、前回選挙でブッシュに投票した有権者のうち11%が今年は民主党に投票すると答えた。一方、民主党のゴア候補に投票した有権者で今年はブッシュに投票すると答えたのは5%。明らかにブッシュ離れのほうが多い。再選を果たした最近の2人の大統領、レーガンとクリントンも初めは対立候補にリードを許し、夏の党大会のあと態勢を固めて大差で再選を決めた。ブッシュ大統領も同じ道を歩めるか、それにはまず支持基盤のひび割れの修復が必要になる。


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