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北朝鮮の核危機(22) 北朝鮮は変わったか
持田直武 国際ニュース分析

2004年5月31日 持田直武

拉致事件は北朝鮮が国家として犯した犯罪である。その被害者の救出にあたって、小泉首相が北朝鮮に援助をするのは筋が通らない。北朝鮮側が償いをするべきなのに、逆に日本側が贈り物をし、制裁はしないと約束した。首相は、この訪朝を転機にして、国交正常化を進めたい考えのようだが、その前に、この金正日体制が正常化の相手として相応しいかどうか、よく見ることが必要だ。


・北朝鮮は変わっていない

 今回の訪朝で、小泉首相が得たものは拉致被害者家族5人の帰国だけだった。その見返りに、食料25万トン、医薬品1千万ドル相当を与えた。他の懸案事項について、進展はなかった。曽我さんの家族は来日を見合わせた。安否不明の拉致被害者10人については、金正日総書記が真相究明の調査を約束したが、このような口約束があてにできるものかどうか。過去の国交正常化交渉の過程を振り返れば、北朝鮮側が「行方不明者の調査」を日本から譲歩を引き出す手段として使った、苦い記憶が消えていない。

 それだけではない。小泉首相は「日本側は制裁を発動する考えはない」と約束した。北朝鮮の万景峰号の入港禁止を可能にする特定船舶入港禁止法案を念頭に置いた約束であることは明らかだった。国会が超党派で同法案を今会期中に成立させようとしている時、その法律の執行責任者である首相が同法を発動しないと約束したのである。日本外務省が発表した今回の首脳会談の合意事項によれば、「日朝双方は平壌宣言を順守することを確認、その精神にかんがみ、日本側は制裁を発動する考えはない」と表明したという。

 平壌宣言の調印は02年9月17日。この中で、金正日総書記は「核問題の包括的解決のため関連するすべての国際的合意を遵守する」と約束した。ところが、それから1ヶ月も経たないうちに、北朝鮮が米朝枠組み合意に背いてウラン核開発を開始したことが表面化。北朝鮮はこれをきっかけにIAEA(国際原子力機関)の査察官の追放、NPT(核拡散防止条約)からの脱退など、核問題に関連する国際的合意を次々に破棄。原子炉の運転を再開し、使用済み核燃料棒を再処理して、核弾頭用のプルトニウムを抽出したと公言している。

 この北朝鮮の行為で、平壌宣言はすでに破綻している。それにも拘わらず、今回、小泉首相が「その精神にかんがみ、日本側は制裁を発動する考えはない」と表明したのである。まったく理解できないと言わざるをえない。今回の小泉訪朝にあたって、北朝鮮がこれまでの姿勢を転換、平壌宣言の精神に戻って、国際的合意を遵守する方針に立ち戻ったのなら話は別になる。しかし、今のところ、そのような気配は微塵も感じられない。従って、首相は「制裁しない」のではなく、上記のような北朝鮮の平壌宣言無視の行為に対し「制裁しなければならない」立場にある。


・国交正常化が平和の脅威になる可能性も

 小泉首相は5月27日の「小泉内閣メールマガジン」に、今回の訪朝が「国交正常化への転機となることを強く期待し、努力を続ける」と書いている。首相はその理由として「正常化は、我が国の安全保障はもとより、国際平和にとっても極めて重要」だからと説明している。だが、逆に北朝鮮が日朝国交正常化を奇貨として軍事力を強化する場合もあり得ることを考えなければならない。

 平壌宣言で、日本は国交正常化の後、無償資金協力、低金利の長期借款、国際機関を通じた経済協力などを実施するという約束をした。65年の韓国との国交正常化では、無償3億ドル、低金利の借款2億ドルだったが、当時と今の貨幣価値の変化を考慮すれば、北朝鮮に対する協力は50億ドル、あるいは100億ドルに上るという試算もある。いずれにせよ、巨額の資金が流れることは間違いない。問題はこれが、金正日体制下の北朝鮮に投下された場合の影響である。

 北朝鮮は、現在のところ米国の経済制裁や、国際機関の経済協力から締め出され、経済は疲弊、石油不足で軍用機の飛行訓練もままならないという。しかし、日本の巨額資金が入れば、状況は一変するだろう。軍事優先の金正日政権が、その経済的余裕を軍事力強化に振り向けることは容易に想像できる。つまり、小泉首相が言うのとは逆に、日朝国交正常化は我が国の安全保障はもとより、国際平和にとっても脅威になってしまう可能性がある。


・拉致問題の完全解決を試金石とせよ

 拉致事件は北朝鮮が国家戦略の一環として実行した犯罪である。同時に、日本政府も国民の生命財産を護る責務を軽視し、この犯罪行為を防げなかった責任を負わなければならない。拉致被害者は、政府によって安全が保障されているはずの場所で、北朝鮮によって拉致された。日本政府が被害者の救済に全力を尽くすのは当然なのだ。曽我さんの家族再会のために、政府が場所と資金の面倒をみるのも、曽我さんの現在の境遇が拉致の結果に由来することを考えれば、これも政府の義務である。その費用は北朝鮮に請求するのが筋だ。

 日本政府がなすべきことはこれだけではない。いまだ安否不明の10人の行方の確認。それに100人とも、200人とも言われる特定失踪者の問題。さらによど号事件の犯人たちの引渡し問題にも決着をつけなければならない。そして、拉致事件は彼らも参加した北朝鮮の対日国家戦略だったことを解明する必要がある。北朝鮮側は、今回の首脳会談でも、拉致問題は決着済みとして、安否不明10人の再調査を渋った。今後も、このような隠蔽姿勢を続けるなら正常化はありえないことを明確に伝えなければならない。

 もう一つ、正常化をする場合、相手は金正日政権でよいのかを見極める必要がある。日本は過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えた。国交正常化後、日本が多額の経済協力をするのは、この損害と苦痛に対する償いの意味があり、北朝鮮の国民全員がその償いの分配に浴する必要がある。しかし、現在の金正日体制で、それが可能か、一部特権層が占有してしまわないかなど、多くの疑問がある。

 小泉首相は任期中に国交正常化を成し遂げ、歴史に名を残したいのだという。政治家が目標を持ち、意欲的に努力するのは、歓迎するべきことだが、日朝国交正常化は政治家1人の名誉の問題ではない。国際交流の時代、日朝国交正常化は、日本国民の前に隣国との交流開始の扉を開くことでもある。政府の役割の1つは、その隣国が国民にとって安全か、友好的かなどを十分調べることであり、不安があれば、扉を開くべきではない。首相の名前を残すために扉を開くのではない。

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