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イラク戦争のもう一つの真実
持田直武 国際ニュース分析

2004年6月7日 持田直武

ブッシュ政権はイラクの反フセイン亡命者グループが流した偽情報にもとづいて、戦争に突き進んだ疑いが濃くなった。イラクの大量破壊兵器、テロ組織アルカイダとの協力関係などは、亡命グループが入念に仕組んで流した偽情報だったという。ブッシュ政権はその偽情報を戦争の大儀に掲げてフセイン政権を倒したことになるのだが。


・パウエル国務長官の後悔

 パウエル国務長官は5月16日、NBCテレビの報道番組に出演し、イラクの大量破壊兵器問題で、「CIAは不正確な情報によって組織的にミスリードされていた」と語った。同長官はまた、開戦前の03年2月5日に国連安保理で行った演説で、「イラクがトレーラー型生物兵器製造装置を保有しているとのCIA情報を証拠として公開したことを今は後悔している」と述べた。

 パウエル長官はこの国連安保理演説で、フセイン政権が生物、化学兵器、ミサイルなどを隠し持ち、核兵器製造計画も推進していると主張。その証拠として、トレーラー型生物兵器製造装置が数台あるというCIA収集の資料を公開した。しかし、イラク占領後すでに1年余り、このトレーラーも大量破壊兵器もいまだに見つかっていない。同長官のNBCテレビでの発言は、ブッシュ政権の幹部として初めて、大量破壊兵器に関する情報が根拠のあやふやな情報だったことを認めたものだ。

 パウエル長官はまた、このトレーラー型生物兵器製造装置に関する情報は反フセイン亡命者グループ、イラク国民会議の亡命技術者が捏造したものと指摘。同会議が流したこのほかの情報についても、同長官は「不正確、あるいは根拠のないものがあり、CIAはこれらの情報によってミスリードされた」と述べ、イラク国民会議が偽情報の発信源という見方を示した。


・ニューヨーク・タイムズもだまされたと釈明

 パウエル長官の発言から10日後、ニューヨーク・タイムズが「タイムズとイラク」と題する編集者の手紙を掲載。過去のイラク関連の記事の中には、「信頼の置けない情報に基づくものがあった」と認めた。これと同時に、同紙は01年から最近までの問題のある記事20本余りをインターネット・サイトに列挙。これらの記事は、書いた記者もテーマも違うが、共通しているのは「イラクの体制変革を目指す反体制派亡命者が情報提供をしたことだ」と述べた。

 その例として、ニューヨーク・タイムズは01年12月20日、一面に掲載した「イラクの亡命技術者の話」を紹介している。この技術者は亡命1年前まで、イラクの秘密の生物、化学兵器工場や地下の核兵器工場、フセイン大統領の別邸などの改修にあたったとして、その情報を同紙に提供した。今年になって、米政府関係者が彼をイラクに連れて行き、現場を案内させたところ、彼の情報はまったく根拠のないことがはっきりしたという。

 また、同紙はこれら偽情報が流れる過程で、イラク国民会議のチャラビ議長が果たした役割が大きかったことも明らかにしている。同議長は自身が同紙に直接情報提供をしただけでなく、同紙記者にほかの亡命者を紹介するなど情報のブローカー役だった。記者がこうして得た情報を確認するため米政府高官に意見を求めると、強い肯定の返事が返ってくるのが普通だった。高官たちも偽情報にだまされていたことを今は認めているという。そして、それはほかの新聞、テレビも同じだったと同紙は書いている。


・チャラビ議長と背後のネオコン人脈に追求の手

 ブッシュ政権はチャラビ議長のイラク国民会議に対して、毎月33万5000ドルを送金していたが、5月17日付けでこれを打ち切った。そして5月20日、米軍とイラク警察がバグダッドの同氏の私邸を捜索、同氏の秘書たちを逮捕した。直接の容疑は、チャラビ議長が米国防総省高官からイランの暗号解読の情報を漏れ聞き、これをイラン側に漏らした容疑だ。チャラビ議長は逮捕されていないが、捜査は同議長に暗号解読を漏らした国防総省高官に及ぶほか、偽情報の拡散ルート解明も視野に入れたものになる。

 チャラビ議長はイラクでも有数の富豪一家の出身だが、家族は58年の革命で没落して亡命。同議長は米国の大学を卒業後、ヨルダンで銀行を経営しながら、イラク帰還を狙った。そして92年、CIAの秘密資金を得てイラク国民会議を結成、数ある亡命者グループの中では米政権にもっとも接近して影響力を拡大する。中でも、同議長は現在ブッシュ政権の中枢を占めるネオコン・グループと結び、98年2月同グループが当時のクリントン政権に対して、「イラクの体制変革」を求める公開書簡を出すきっかけをつくった。

 一方、米議会もチャラビ議長らの働きかけで98年10月、「イラク解放法」を可決、イラク国民会議など亡命者グループのフセイン打倒運動に対して年間約1億ドルを支援することを決めた。それから1年後の01年1月、ブッシュ政権が発足すると、ラムズフェルド、ウオルフォビッツなどネオコン・グループが国防長官はじめ政権の要職に就き、「イラクの体制変革」を基本方針に据えた。今後、チャラビ議長の暗号漏洩疑惑や偽情報ルートの解明が進めば、この人脈にもメスが入ることは間違いないだろう。


・米情報機関も一枚噛んだという疑問

 ベトナム戦争で、米軍がトンキン湾事件をでっち上げて、北ベトナム攻撃を正当化したように、戦争には謀略が付き物である。イラク戦争もその例外でないことは容易に想像できる。謀略の中枢になるのは、多くの場合情報機関だ。イラクの大量破壊兵器問題でも、偽情報を流したのは亡命者グループだけだったとは思えない。

 パウエル国務長官は開戦直前の国連安保理演説で、トレーラー型生物兵器製造装置の情報のほか、大量破壊兵器の隠蔽を企むイラク軍内部の会話の盗聴記録や、生物・化学兵器の工場や貯蔵施設とみられる衛星写真など、これまで門外不出とされたCIA情報を初めて公開した。ニューヨーク・タイムズによれば、同長官はこれら情報に疑問を持って以来、CIAに対して説明を求め続けているという。同長官は亡命者に対してだけでなく、CIAにも割り切れないものを感じているのだろう。

 チャラビ議長のイラク国民会議は、上記のように湾岸戦争後CIAが資金を出して組織した。そして95年3月には、両者が協力してイラク軍内部の不満分子に働きかけてクーデターを計画したが失敗。その後、チャラビ議長ら同会議のメンバーは米国内への働きかけを一段と強化し、ネオコン人脈との繋がりや、国防総省との関係が深まる。当然、これにもCIAが一枚噛んで、陰に陽にチャラビ議長らを支えていた。大量破壊兵器の偽情報についても、CIAが「だまされた」という完全な被害者の立場にあったとは思えないのである。


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