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自衛隊の多国籍軍参加
持田直武 国際ニュース分析

2004年6月28日 持田直武

自衛隊が国内に異論を残したまま多国籍軍に参加する。小泉首相は、指揮権を日本が持ち、非戦闘地域で人道復興支援をする、だから安全と言いたいようだが、これは国内でしか通用しない。テロリストは非戦闘地域も、人道復興も区別はしない。米国に組するものはすべて敵である。そして、相手の弱いところを狙ってくる。自衛隊が多国籍軍の弱いわき腹とならない保障はないのだ。


・今回の多国籍軍は湾岸戦争のときより安全か

 小泉首相は6月24日付けの「小泉内閣のメール・マガジン」で、今回の多国籍軍は湾岸戦争のときの多国籍軍とは違うと次のように書いている。「多国籍『軍』という名前ですので不安を抱いている皆さんもいらっしゃると思いますが、今回の多国籍軍はイラクがクウェートに侵攻したときにこれに対抗するために設置された多国籍軍とは役割がまったく異なります。イラクの復興と人道支援活動も目的としている多国籍軍なのです」。

 この説明では、今回の多国籍軍の役割は前回とは違って、復興と人道支援をするだけかのようにも聞こえるが、そんなことはない。今回の多国籍軍も、前回と同じように武力行使をする。ただ、前回はその目的がイラク軍をクウェートから駆逐するためだったが、今回はテロ組織をはじめとする武装集団を鎮圧するため、という違いがある。首相の説明は、復興と人道支援活動だけを強調し、それに専心する自衛隊は安全であると強調したいのだろうが、これは事実を正視していない。

 イラクの現状は、秩序回復を目指す米英など占領軍に対し、テロリストや武装無法集団がこれを阻止しようとして暗躍し、混乱状態だ。6月30日の主権委譲後、多国籍軍がまず求められるのは秩序の回復と維持だ。それには武力行使は避けられない。湾岸戦争のときは、多国籍軍の敵は、フセイン政権の正規軍だけだった。これに対し、今回の多国籍軍の相手は姿の見えないテロリストたちや、市民の隠れ蓑をまとう武装無法集団である。いつ、どこが戦場になるかもわからない。今回の多国籍軍が前回より安全ということはありえない。


・弱みに付け込むのはテロリストの常道

 6月23日、韓国の貿易会社のイラク駐在員金鮮一氏(32)がテロ集団に殺害された。6月初めに拉致、人質として拘束されたあとの無惨な殺害だった。犯人は殺害の4日前、拘束中の金氏の映像をアルジャジーラ・テレビに送りつけ、韓国政府に対してイラク駐留韓国軍の撤退を要求。応じなければ、同氏を殺害すると脅迫した。映像には、金氏が英語で「死にたくない。軍隊を引き上げてほしい」と泣き叫ぶ姿が映っていた。だが、韓国政府は駐留軍を撤退させない、また追加派遣軍3,000人の派兵の予定も変えないと決定。そして、同氏は殺された。

 韓国内で、金氏の人質姿の映像が公開されると、街はろうそくデモの人並みで埋まった。韓国政府の立場を支持するグループもあったが、多くの市民は政府に対して、イラク派兵の再考を訴えた。与野党の国会議員50人は追加派兵を再検討する法案を提出した。だが、これらの動きは、まさに金氏を殺害した犯人が狙っていたものだ。金氏の「死にたくない」という悲痛な叫びは心に突き刺さるものだった。これを聞いて動揺しなかった人はいなかったろう。だが、テロリストはそこに付け込んでくる。

 日本政府の説明では、自衛隊は多国籍軍に参加しても、「我が国の指揮下で活動し、多国籍軍の指揮下で活動することはない」という。では、多国籍軍参加の意味はないのではないかとの疑問も湧くが、これは、米英駐在の日本公使が両国の担当者と了解したことだという。自衛隊は集団的自衛権の行使を禁じられ、各国軍隊と歩調を合わせた行動はできない。それが、このような苦肉の策を生む。国内では、この苦肉の策がいつ尻尾を出すかと、野党が待ち構えている。しかも、小泉首相の進退を賭ける選挙が迫っている。テロリストに対して、弱いわき腹をさらしているとしか思えない。


・ビン・ラディンの指示は日本も襲撃対象

 小泉首相は前記のメール・マガジンで、イラク暫定政権のヤーウェル大統領から自衛隊の活動に対する丁重な謝意の表明があったことを明らかにしている。2人が先のシーアイランド・サミットで会ったとき、同大統領が「自衛隊の活動はすばらしい。イラクでは皆歓迎し、感謝している。これからも是非、支援活動を続けてほしい」と感謝の言葉を述べたという。戦火のイラクで、自衛隊が給水や医療などの民生支援をすれば、住民は喜ぶ。だが、テロリストは喜んではいない。

 テロ集団のトップに君臨するアルカイダのリーダー、ビン・ラディンは98年2月に出した、いわゆるファトワ(教令)で、「米国とその同盟者をイスラムの土地から追い出すために、米国と同盟国の軍人、民間人を見つけ次第殺せ」と指示した。テロリストが米軍兵士を攻撃するだけでなく、イラク暫定政権のアラウイ首相を付け狙うのも、このビン・ラディンの論理に基づいている。テロリストにとって、米国とその同盟者はすべて敵となる。自衛隊もその例外ではありえないのだ。

 小泉首相は前記のメール・マガジンの結びで、「将来、イラク国民から、一番自分たちが苦しいときに日本は支援の手を差しのべてくれたという評価をいただけるような支援活動を続けていきたい」と述べた。確かに、今はイラク国民がもっとも苦しいときだろう。だが、支援する自衛隊も苦しい立場である。軍隊としての法的権限も持たされずに多国籍軍に参加、行動を制約されながら活動するのだ。それで齟齬をきたせば、国会で吊し上げようと、てぐすねひいて待つ議員たちがいる。せめて、犠牲者をださないようにと祈るしかない。


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