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岐路に立つ先制攻撃戦略
持田直武 国際ニュース分析

2004年7月26日 持田直武

米情報機関の権威失墜が、ブッシュ・ドクトリンの柱、先制攻撃戦略を直撃している。ブッシュ大統領は堅持を強調しているが、そのスタンスを微妙に変えた。民主党は党綱領で同戦略を批判、ケリー大統領候補は同戦略維持に条件を付けた。海外では、6カ国協議の議長国、中国が強い警戒心を隠さない。米次期大統領がどちらになっても、北朝鮮やイランの核開発問題で強攻策はとれないだろう。


・強まる先制攻撃戦略への逆風

 ブッシュ大統領は7月12日、テネシー州オークリッジの核施設で演説、「米国を守るために、先制攻撃戦略を今後も堅持する」と強調した。大統領は同時に、「リビアは大量破壊兵器を自発的に放棄した」と賞賛、北朝鮮やイランもこの例に倣うよう要求した。演説会場は、リビアから移送した核開発用機器を保管している核施設。ブッシュ大統領がここを演説会場に選んだのは、先制攻撃戦略の堅持とともに、リビアのような自発的放棄を強調するためだったという。先制攻撃戦略への逆風を受け、ブッシュ政権がスタンスを微妙に変えていることが窺える。

 同戦略はブッシュ政権が02年9月、「国家安全保障戦略」で政権の基本戦略、いわゆるブッシュ・ドクトリンを体系化した際、その柱の1つとして打ち出したもの。相手が軍隊を動員した場合、その相手を攻撃することができるという20世紀までの伝統的な自衛理論を変更。テロ戦争下では、相手が自国に対して敵意を持ち、攻撃能力を持つことが情報によって裏付けられれば、先制攻撃も正当化できるという論理である。03年3月のイラク攻撃はこの戦略の初めての発動だった。

 だが、敵意と攻撃能力を確認した筈の情報がまったく不備だったことは、イラク占領後大量破壊兵器が一向に発見できないことで証明された。それだけではない。その後、議会の9・11テロ事件調査委員会や、上院情報特別委員会が相次いで発表した調査報告によって、米情報機関は9・11テロ事件や、イラン戦争の過程で、組織として数多くの過ちを犯していたことも裏付けられ、同機関の情報に対する信頼感は一気に失墜した。先制攻撃戦略の基礎が崩壊したのと同じだった。


・歯切れのわるい民主党の姿勢

 ブッシュ政権の混乱は容易に想像できる。大統領が先制攻撃戦略維持を主張する一方で、北朝鮮やイランに対して、リビア方式による核開発放棄を呼びかけたのは、当面の軌道修正だった。同政権内強硬派のボルトン国務次官が7月21日、訪問先の韓国で講演、大統領に続いて北朝鮮に対しリビア方式による核開発放棄を呼びかけ、「核放棄をすれば、利益が海外から確実に流れ込む」と強調した。同国務次官は、これまで海洋国家14カ国を中心とする拡散防止機構(PSI)を組織、北朝鮮の核開発を力で抑え込む構想の熱心な推進者だった。同次官のリビア方式強調は、ブッシュ政権のスタンスの変化を象徴している。

 このブッシュ政権の動きに対して、民主党の動きも歯切れが良いとは言えない。同党は7月26日からの党大会で、新しい党綱領を採択するが、先制攻撃については「ブッシュ政権は同戦略で伝統的な同盟国の多くの支持を失った」と述べ、国際的な支持のないまま同戦略を発動したことを批判している。しかし、同時に「米国の安全が危機に瀕する場合、国際的な合意を待たずに行動する」とも述べ、同戦略を維持する立場を明確にした。ケリー候補もニューヨーク・タイムズとのインタビューで「先制攻撃戦略を維持する。しかし、安全保障の中心戦略とはしない」と述べ、当選した場合、条件付きながらも同戦略を継承することを示した。この結果、先制攻撃戦略は選挙戦の争点からはずれたと言える。

 民主党のブッシュ政権追随姿勢はこれだけではない。ワシントン・ポストによれば、民主党員の過半数はイラク戦争を間違いと判断し、可能な限り早く撤兵すべきだと考えているという。しかし、党綱領は「イラクが混乱し、テロリストの天国になることを許すことはできない」と強調、むしろ多国籍軍の強化を主張している。これは、ケリー候補がイラク開戦に賛成し、兵力増派を主張しているため、これと整合性を持たせたものだ。しかし、民主党のこの姿勢が、ブッシュ陣営を利する結果になっていることは否めない。


・変化する国際社会の米情報依存

 米情報に対する信頼感は失墜したが、先制攻撃戦略は維持される。これに対し、国際的に強い不満があることも間違いない。7月12日付けのニューヨーク・タイムズによれば、ブッシュ政権の補佐官たちも国際的不満の存在を認めているという。それによれば、各国の中には、「米国は情報機関を立て直せない」と論じ、そうである以上「先制攻撃戦略を放棄するべきだ」という主張がある。中国が北朝鮮の核開発問題に関連して、その主張を最も強く打ち出していることはすでに知られている。

 中国の周文重外務次官が6月8日、ニューヨーク・タイムズのインタビューで行った発言はその例だ。この中で、同次官は「中国は、北朝鮮がウラン核開発を進めているというブッシュ政権の主張には疑問を抱いている」と語り、ブッシュ政権に「その証拠を示せ」と迫った。ウラン核開発問題は、今回の北朝鮮核危機の発端となった問題だが、米国が存在を主張するのに対し、北朝鮮は否定。中国は6カ国協議の議長国として、米朝の主張の狭間に立たされている。中国が、イラクの大量破壊兵器と同じようなことが北朝鮮のウラン核開発問題でも起こりうると考えたとしても不思議ではない。これは、イランのウラン濃縮問題でも起きている。ブッシュ政権は核兵器開発を目指すものと主張するが、イランは平和利用と反論。国際原子力機関(IAEA)は「核兵器開発と思われるが、証拠がない」として米と一線を画している。米情報の信頼失墜が米外交の立場を崩しているのだ。

 冷戦期間を通じ、米情報機関は各国の信頼と畏怖の対象だった。偵察衛星など最新の科学技術を駆使する力は他の諸国には真似のできないものだ。それが、米歴代政権に国際政治のリーダーの地位を与える一助にもなった。ところが、イラクの大量破壊兵器の未発見、9・11事件の犯行グループ追跡の不手際などが明るみになり、この幻想は消えた。米上院情報特別委員会のロバーツ委員長は7月11日、NBCテレビで「情報機関を立て直すことが急務」と主張した。しかし、米情報機関が態勢を立て直しても、国際社会が米一国の情報に依存する今の状況はいずれ変わるだろう。イラク開戦前の安保理で、米英と仏独中ロが対立した状況がそれを予言したと思う。


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