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イラクの亀裂
持田直武 国際ニュース分析

2005年10月31日 持田直武

イラク開戦前夜、ブッシュ政権は策を弄して国民を戦争に誘導した。だが、肝心のイラク国内の状況については、充分な知識を持っていなかった。その結果、戦後のイラクが現在のような混乱に陥るとは、予想もしなかったという。これは、フセイン政権が倒れたあと、イラク戦後復興を現地で担当した米国務省責任者の告発だ。知識に欠けるブッシュ政権が今後、混乱を収拾できるのか疑問なのだ。


・最大の誤算はイラク軍とバース党の解体

 米国務省のイラク戦後復興コーディネーター、ロビン・ラフェル女史が米議会傘下の平和研究所の歴史口述プログラムで、ブッシュ政権のイラク政策を「素人の取り組み」ときびしく批判した。同女史は国務省に28年間勤務した次官補級のベテラン外交官。03年4月、米軍がフセイン政権を倒したあと、戦後復興担当のコーディネーターとしてイラクに派遣された。しかし、そこで見たのは、ブッシュ政権が準備も無ないまま、イラクに踏み込み、混乱する姿だった。

 ラフェル女史は、その背景として次のような指摘をしている。ブッシュ政権は04年の大統領再選を優先課題とし、選挙運動が本格化する前に戦争を終らせようとして開戦を急いだ。また、派遣米軍は長期間イラク周辺に待機できないなどの事情もあり、これも開戦を早める原因になった。その結果、フセイン政権を倒したものの、米軍はまったく予備知識がないまま、イラクの占領統治に取り組むことになった。同女史はそれを見て、「米国はまもなく国連が指導権を取るよう跪いてお願いすることになる」と同僚と冗談を交わしたという。

 また、同女史はイラク占領当初のブッシュ政権の重大な過ちとして、イラク軍を解体したこと、フセイン政権を支えたバース党党員を追放したことだと指摘。これは、イラク戦争を主導したネオコン(新保守主義者)が、イラク人亡命政治家チャラビ氏の忠告に基づいて決めたことで、状況判断を欠いた政治的決定だったと批判した。イラク軍とバース党は、フセイン政権を支えたスンニ派中心の組織。この2組織を解体し、シーア派の主張に沿ってフセイン政権時代の責任追及を始めたことが、現在の混乱の根底にあるという。


・フセイン裁判が亀裂を深める

 確かに、フセイン裁判が報復の側面を持つことを、イラクのジャファリ政権もブッシュ政権関係者も隠さない。しかも、報復は裁判の場で行なわれるだけではない。10月19日の裁判開始の翌日、弁護団の中心だったスンニ派の弁護士ジャナビ氏が殺害されたことが、その例だ。これで同裁判関係者で命を奪われたのは6人となった。目撃者によれば、裁判の翌日、スーツ姿の男たち数人がジャナビ弁護士の事務所に来て、同氏を連行、翌朝射殺死体が発見された。頭に弾丸が撃ち込まれており、処刑スタイルの殺し方だったという。

 犯人は捕まっていないが、事務所に来た男たちは、シーア派民兵バドル軍団が使うニッサン四輪駆動車で乗りつけ、「内務省職員」と名乗った。イラク政府は民兵を正式には認めていないが、シーア派の民兵組織は内務省の治安組織に浸透し、スンニ派からは同省の別働隊、あるいは「暗殺部隊」として警戒されている。ジャナビ氏を連行した男たちもこうしたシーア派の民兵と見られているが、今のジャファリ政権にはこれを究明する警察力はない。むしろ、警察は治安維持のために民兵と協力しなければ何もできないのが現状のようだ。

 ジャナビ弁護士殺害から1週間後の27日、シーア派のもう1つの民兵組織マフディ軍団がバグダッド郊外でスンニ派武装勢力と衝突。マフディ軍と警官隊の双方合わせて25人が死んだ。スンニ派側の死傷の数は不明だが、原因はスンニ派武装勢力がシーア派関係者を拉致し、これを取り返そうとしてマフディ軍団と警官隊がスンニ派拠点に突入した。マフディ軍団は、シーア派の反米強硬派のサドル師が指揮する民兵だが、このように警官隊と協力した大掛かりな作戦が伝えられるのは初めて。両派の争いは70年代、宗教各派が入り乱れて争ったレバノンの内戦を思わせるものがある。


・イラクの混乱、種を蒔いたのはブッシュ政権

 国民投票によって、憲法が確定したことが、シーア派の自信を強めた。その一方で、スンニ派の不満がふくらんでいる。同憲法はシーア派とクルド族が自派に有利に起草した内容だが、国民投票では78%が支持。スンニ派は18州のうち、3州で3分の2以上の反対があれば、否決という規定に期待したが、それもかなわず、少数派の悲哀を噛み締めることになった。シーア派とクルドは、12月の総選挙で、正式政府が発足したあと、不公平を改めると約束したが、実行するか保証のかぎりではない。

 シーア派は憲法確定のあと、派内のダワ党、イスラム革命最高評議会など各政党が候補者を統一して12月の総選挙に臨むことを決めた。クルド族もこれまで通り同派の2政党が統一候補を出すことになった。しかし、スンニ派は派内の3党が統一候補を出すが、イスラム宗教者委員会など有力組織は加わっていない。このままでは、シーア派が第1党、2位はクルド、そしてスンニ派は大きく離れて第3党という、1月選挙の時と同じ影響力の限られた立場になりかねない。

 政治的な発言力が抑えられ、軍や警察など治安面でも、シーア派に実権を握られるとなれば、スンニ派の不満はふくらまざるをえない。それに乗じて、スンニ派武装勢力が活動を活発化し、外国人テロリストが便乗することも確かだろう。ブッシュ大統領はこれまで繰り返し、「イラクはテロに対する戦いの最前線」と主張してきたが、この言葉が最近ますます真実味を帯びてきたのは、皮肉としか言いようがない。冒頭に紹介した国務省のラフェル女史の分析によれば、その種を蒔いたのは、充分な知識も持たずにイラクに攻め込んだブッシュ政権だからだ。


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