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拉致と核、北朝鮮の出方
持田直武 国際ニュース分析

2005年1月24日 持田直武

横田めぐみさんのニセ遺骨の件で、北朝鮮が「日本側の捏造だ」と開き直った。日本国内には経済制裁発動を求める世論が高まったが、小泉首相は慎重姿勢を崩さない。6カ国協議の再開を優先させるブッシュ政権や韓国、中国の動きが首相の手を抑えている。 北朝鮮の言う「物理的反撃」を覚悟して、日本が単独で経済制裁を実施する力があるのかが今問われている。


・小泉首相が経済制裁に慎重な理由

 小泉首相は1月21日の施政方針演説で、拉致問題について「北朝鮮の再調査結果は誠に遺憾で、厳重に抗議し、一日も早い真相究明と生存者の帰国を求める」と強調。さらに「対話と圧力の考え方に立って、米国、韓国、中国、ロシアと連携しつつ粘り強く交渉し、拉致、核、ミサイルの問題を包括的に解決する」と述べた。つまり、北朝鮮の杜撰な再調査に抗議し、今後6カ国協議の場で、拉致も核もまとめて解決するという立場である。だが、これは北朝鮮側の立場とまったく噛み合っていない。

 北朝鮮は、横田めぐみさんの遺骨として日本側に渡した人骨が、日本側の鑑定で別人とわかった件で、「日本側が鑑定を捏造した」と逆に非難し、謝罪を要求している。また12月31日には、外務省スポークスマンが「日本政府とこれ以上接触する意味がなくなった」と述べ、日本との交渉拒否を宣言。さらに1月17日には、同スポークスマンは、「日本と6カ国協議で同席することを再検討する」と主張。日本が6カ国協議に出席することにも反対し、接触の場を閉ざしてしまった。

 小泉首相の言う「対話と圧力」の考え方に従えば、この北朝鮮の姿勢にはすでに対話の可能性はなく、残るのは圧力しかないと言わざるをえない。日本国内の世論も、経済制裁を圧倒的に支持している。これに応えて自民党は12月初旬、人道支援の凍結や北朝鮮船舶の入港、送金の全面禁止など5段階にわたる、対北朝鮮経済制裁案をすでにまとめた。それにも拘わらず、小泉首相が慎重姿勢しか示さないのは、米ブッシュ政権の消極姿勢が頭を抑えているからだ。


・ブッシュ政権は日本の動きを軽視

 アーミテージ国務副長官は12月14日、訪米した平沼赳夫拉致議連会長と会談、「制裁は段階を踏んで行なう必要がある」と述べ、時期と手順を十分検討する必要があるとの考えを示した。同副長官は前日、小池沖縄・北方領土担当相とも会談し、制裁は段階的に実施するべきだと述べた。しかし、日本でこれが米国の消極姿勢と報道されたため、同副長官は「米国は決して消極的ということではない」とあえて釈明したが、時期と手順の検討に言及する点など、消極姿勢は明白だった。実は、北朝鮮の核問題は一期目と同様、ブッシュ政権二期目の外交課題として最優先の問題ではないのである。

 これをはっきりと示したのが、1月20日チェイニー副大統領のテレビのインタビューだった。同副大統領は「二期目の最優先課題はイランの核問題」と語り、その背景として「米国が積極的に行動しなければ、イスラエルがイランを攻撃しかねない」との危機感を表明した。イスラエルは81年、フセイン政権下のイラクが核開発を始めたとして、同国の核施設を爆撃して破壊した。イスラエルが今イランに対し、同じような攻撃をすれば、中東全体に戦火が拡大しかねない。ブッシュ政権としては、黙視できないのは言うまでもない。

 北朝鮮の核問題はこれに較べれば緊急性は少ないということだ。ライス次期国務長官は1月18日、上院外交委員会の公聴会で、「北朝鮮問題は、米国が単独で取り組むよりは、韓国、日本、ロシア、特に中国とともに6カ国協議の場で取り組む方がよりよい結果が期待できる」と語り、一期目同様、6カ国協議で問題を解決するとの方針を示した。しかし、日本がもし北朝鮮に経済制裁を課せば、6カ国協議は崩壊しかねない。それにも拘わらず、ブッシュ政権が6カ国協議重視の方針を変えないのは、日本はイスラエルと違って、単独で経済制裁などの強攻策に出るはずはないと高をくくっているからだろう。


・北朝鮮は経済制裁には物理的な反撃をすると主張

 日本としても、万一経済制裁をする場合、それだけでは済まないことも考えておかなければならない。北朝鮮はかねがね経済制裁を宣戦布告とみなすと宣言している。北朝鮮外務省スポークスマンは12月31日、横田めぐみさんの遺骨の鑑定結果は「日本政府が政治的な目的で捏造したもので、日本政府とこれ以上接触する意味がない」との主張を繰り返し、さらに日本の経済制裁について「日本のあらゆる挑発行為に対し、物理的に対処する万全の準備ができている」と強調した。最後通牒にも等しい内容と言葉使いと言ってよいだろう。

 日本と北朝鮮がこのような危機的関係になったことに対し、近隣諸国も無関心ではない。韓国の藩基文外交通商相は12月15日の記者会見で、「拉致問題が6カ国協議の進展を阻害しないよう望む。制裁や封鎖より、対話を通じて進展をはかるべきだ」と述べた。韓国は経済制裁に反対するだけでなく、米軍が武力行使をする場合でも、韓国の基地を使わせないとの立場を表明したことがある。また、ロシアのラミシュビリ韓国駐在大使も1月15日、韓国の中央日報紙とのインタビューで、経済制裁に反対する立場を表明、「問題の国連安保理付託にも反対する」と強調した。

 中国は日本の経済制裁について、態度を表明したことはないが、6カ国協議のまとめ役として反対するのは間違いない。北朝鮮がこうした周囲の状況を有利と見ることも確かだろう。その結果、拉致問題で今の開き直った態度を変えることはないかもしれない。しかし、日本にはイスラエルのような攻撃能力はもちろん、経済制裁で圧力をかける力もないという情けないことになりそうだ。戦後長い間、米国頼りの外交、安保政策をとってきたツケが今表面化したのである。


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