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イラク選挙後、混乱の芽は消えず
持田直武 国際ニュース分析

2005年2月21日 持田直武

選挙は終わったが、混乱は終わる気配がない。議席140の第1党、シーア派連合は首相候補をめぐって分裂気味。新政権発足が遅れる懸念もある。第2党のクルド同盟は大統領職を要求、自治拡大と石油利権の確保もねらう。一方、選挙をボイコットしたスンニ派は、一部武装勢力がシーア派の宗教行事をねらって集中攻撃。内戦か、分裂か、いずれの芽も消えていない。


・首相候補をめぐってシーア派内は2分

 選挙後のイラク新政権で最大の権力を握るのは首相である。大統領は2人の副大統領と協議して首相候補を選ぶが、それ以外の重要な職務はないに等しい。投票が終わった段階で、第1党のシーア派統一イラク連合が首相のポストを要求、第2党のクルド同盟が大統領を要求し、これを各派が容易に受け容れた。第1党に首相のポスト、第2党に大統領を割り振ることでは、各派の暗黙のコンセンサスだった。そして、クルドはクルド愛国同盟のタラバニ議長を早々と大統領候補に決めた。

 しかし、議席140の第1党シーア派は首相候補がなかなか決まらない。何人かの候補の名前があがり、最終的に同連合を構成する宗教政党の1つ、ダワ党のジャーファリ代表と、選挙直前に同連合に加盟した亡命組織イラク国民会議のチャラビ議長の2人が残った。同連合は、シーア派の最高権威シスターニ師が結成した選挙のための連合組織だが、ジャーファリ党首はその中の宗教分野、チャラビ議長は世俗分野のシンボル的存在だ。2人とも58歳、フセイン政権時代には外国に亡命し、米軍が同政権を転覆したあと帰国した点も同じである。

 政策面では、ジャーファリ党首は出身母体ダワ党の宗教色を反映し、イスラム法を法制度の基準の1つとすることを主張している。しかし、2月15日のAP通信とのインタビューでは、女性の権利尊重、女性大統領の誕生支持など、柔軟な主張も展開。米軍の駐留も、治安維持に必要なかぎり認めるとの姿勢を示した。一方、対立候補のチャラビ議長はまだ政策提言をしていないが、投票で首相候補を決定すべきだと要求して活発な多数派工作を展開。敗れた場合には、支持者を連れて統一イラク連合を離脱する考えもあるという。この動きに対し、シスターニ師が首相候補を指名し、混乱回避を図る動きもあるが、首相候補決定が遅れれば、国民議会の開催、その後の憲法起草などの政治日程にも影響することになる。


・クルド族は石油利権と広範な自治を要求

 議席75を獲得して第2党に躍進したクルド同盟は、クルド愛国同盟とクルド民主党の2政党で構成。愛国同盟のタラバニ議長を今回新政権の大統領候補に決めた。クルド族は北部3省に主に居住し、独立が念願。今回の選挙でも議会選挙と同時に、独立を問う非公式の住民投票を実施し、84%の投票率で100%近い独立支持を確認した。この住民の意思を棚上げして、新政権に加わることについて、クルド同盟のもう1人の指導者、バルザニ・クルド民主党議長はワシントン・ポストとのインタビューで、「アラブ民族はじめ他の民族は相応の評価をするべきだ」と述べ、新政権下で次のような要求の実現を目指す考えを明らかにした。

 それによれば、10万人の兵力を持つクルド人民兵の維持。その指揮権をクルド自治政府が持ち、中央政府の軍隊が自治区に入る場合は自治政府の許可を得る。自治政府が徴税権を持ち、中央政府への納税額も自治政府が決める。クルド居住区の境界沿いにある油田地帯、キルクークのクルド自治区への編入。石油開発と輸出の主要な権限も自治政府が持つこと。以上のうち、キルクークなどを含む境界地帯はもともとクルド族の居住地だったが、フセイン政権が大規模なクルド族追放、アラブ人移住を実施したいわくつきの土地。これをクルド族の要求に従って、元に戻すとすれば、すでに定住したアラブ住民が反発し、シーア派、スンニ派を含めたアラブ側の不満が増すのは間違いない。

 このほか、上記のクルド族の要求には米やトルコなど周辺関係国も無関心ではいられない問題が含まれている。バルザニ議長のインタビューをしたワシントン・ポストは「クルド族の要求は独立要求と区別することが難しい」と述べたが、確かに軍隊の維持、徴税、石油開発、そして中央政府の介入制限など、クルド族はこれまでの自治をはるかに上回る権限を持つことになる。同じクルド民族を国内に抱え、イラクの動きが国内に波及することを恐れるトルコやイラン、シリアなどが警戒心を高めるほか、米ブッシュ政権もクルドが強力な民兵を維持し、中央政府の介入を制限することには懸念を示している。


・混乱の場合、アラウイ首相は再亡命も考慮

 選挙で40議席の第3党に甘んじ、新政権への参加が望み薄になったアラウイ首相は2月16日、ワシントン・ポストのインタビューで、「国民が和解に向かって行動しなければ、大混乱に陥る」との危機感を表明した。そして、「そのような混乱に陥れば、イスラム教色の強いイランの影響力がイラクを覆い、生れたばかりの民主主義の芽は摘まれてしまう。イラク新政権が私の安全を保障できないようなら、私は外国に移住する」と述べ、再亡命を示唆した。

 イラクでは、アラウイ首相の危機感を一層高めるような事態が続いている。2月18−19日はシーア派の伝統あるアシュラ祭の日。信者はモスクに集まるが、それをねらってテロ攻撃が頻発。2日間で死者は70人を超えている。米軍やイラク暫定政府によれば、攻撃はフセイン政権の残党やヨルダン生れのテロリスト、ザルカウイが率いるテロ集団だという。彼らも、スンニ派である。同派は選挙をボイコットしたこともあり、新議会の議席は5。シーア派幹部は議席のないスンニ派関係者も憲法制定に参加させるとの妥協案を示し、スンニ派も受け容れる動きを見せた。しかし、今後もスンニ派のシーア派攻撃が続けば、協調気運は消える。そして、シーア派が民兵を出動させれば、スンニ派との内戦になる。

 ブッシュ政権はイラクの現状について、「選挙で歴史的転換をした」と評価したあと、沈黙している。ラムズフェルド国防長官は2月17日の上院外交委員会で、マケイン上院議員から「イラクの武装勢力の数」を質問されたが、言を左右にして答なかった。しかし、CNNはじめメディアは、武装勢力は1万3000人から1万7000人。このうち、1万2000から1万5000人はフセイン政権の残党、残りはザルカウイなど外国人テロ集団と伝えている。国防長官がなぜ答えなかったのか、理由はわからないが、ブッシュ政権は最近、シリアが武装勢力を支援していると非難を強めている。これと国防長官の沈黙は無縁ではないようだ。これについては、次の機会に取り上げる。


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