2005年5月16日 持田直武
武装勢力の攻撃が激化、発足したばかりのジャファリ新政権が窮地に立った。シーア派とクルド族の新政権に対し、スンニ派がテロ攻撃を展開。国際テロ組織も加わって、攻撃は1日平均70件に達する。斉藤昭彦さんの拉致事件もこんな中で起きた。1月末の選挙のあと、ブッシュ政権は民主化の進展と自讃してきたが、この混乱を収められなければ、イラクの国家としての統一も危うくなる。
・テロ拡大で米軍早期撤退の楽観論消える
武装勢力のテロ攻撃は、4月28日のジャファリ新政権発足のあと急に増えた。攻撃は1日平均70件。AP通信によれば、28日から2週間のイラク市民の死者は420人。攻撃目標が米軍だけでなく、ジャファリ政権とそれに協力するイラク人になったことを示している。米のマイヤーズ統合参謀本部議長は4月12日の記者会見で、「武装勢力はイラクの新政権打倒を目指して攻撃している。この動きが3年、4年、あるいは9年か、いずれにせよ長く続く」と語り、混乱の長期化という見方を示した。
1月30日の国民議会選挙のあと、テロ攻撃は一時下火になるかに見えた。イラク戦争の最高指揮官、アビザイド中央軍司令官は3月1日の上院軍事委員会の証言で、「武装勢力は一般市民の支持を得られず、その力は衰退しつつある」との自信をみせた。そして、「2005年末には、イラク政府の治安部隊が力をつけ、治安維持を担うことになるだろう」との予測をした。その時には、米軍撤退が可能になるとの楽観的な予測だった。上記のマイヤーズ議長の発言は、この楽観論を覆すものだった。
テロ拡大の背景の1つは、ジャファリ新政権がシーア派とクルド族両派によって固められたことに対するスンニ派の不満だ。同政権は閣僚35人のうち、曲折の末、国防相はじめ7閣僚をスンニ派に割り当てた。だが、これら7閣僚はスンニ派内の強硬派とは折り合いが悪い顔ぶればかり。また、新政権は5月10日、憲法制定会議の委員55人を決定したが、内訳はシーア派28人、クルド族15人に対し、スンニ派はわずか2人。しかも、この2人もスンニ派では傍系である。同会議は8月15日までに新憲法草案を起草するが、このポストの配分にスンニ派が危機感を募らせたのは明らかだった。
・難航するスンニ派の政権取り込み
ニューヨーク・タイムズによれば、ブッシュ政権はジャファリ政権に対して、こうしたスンニ派の不満を解消するため、次のような提案をしているという。1、旧フセイン政権時代の与党バース党幹部の政権復帰を認める。2、旧軍人への恩給を復活する。3、逮捕した武装勢力側のメンバーを正式裁判にかけ、裁判なしの長期勾留をやめる。しかし、ジャファリ政権内には、チャラビ副首相はじめ旧フセイン政権時代の人脈の復活に反対する意見が強く、米側の提案を受け容れる雰囲気ではないという。
これに対し、スンニ派内にはブッシュ政権の提案の受け容れに前向きの動きもあったという。同派は1月30日の国民議会選挙をボイコット、その後のテロ活動の中心的存在だった。しかし、最近一部強硬派グループが米側に対し、ジャファリ政権に参加し、新憲法の草案作成に加わりたいとの意向を伝えてきた。参加が認められれば、現在続けているテロを中止するという条件だったという。このグループがテロを止める影響力を持つのか、具体的なことは不明だが、シーア派側が米提案を拒否したことで合意には至らなかった。
現在、イラクでテロを展開する武装勢力は約2万人。その大部分は旧フセイン政権を支えたスンニ派の軍人と見られている。ヨルダン出身のアルカイダ系テロリスト、ザルカウイや斉藤昭彦さんを拉致したアンワル・アルスンナなどの国際テロリストは5%から多くても10%だという。これに対し、ジャファリ政権の軍隊は警察部隊を含めて約15万人。06年末までには、さらに3万人を増員する。しかし、戦闘能力は、旧フセイン政権下で訓練されたスンニ派兵士や、国際テロ集団にははるかに劣ることも間違いない。
・世界有数の石油国家イラクの崩壊か
シーア派やクルド族の内部には、最近のテロの拡大に対し、自派の民兵を動員して自衛すべきだという主張が強まっている。特に、シーア派内の有力政党イスラム革命最高評議会のハキム議長がこの主張の急先鋒といわれる。同評議会はサドル軍団と呼ばれる強力な民兵組織を持つほか、クルド族も自派の民兵を持っている。スンニ派のテロに対抗して、両派が民兵を動員すれば、イラクは各派が民兵を動員して戦う内戦状態になりかねない。ブッシュ政権はこの事態を警戒、ジャファリ政権に対し、この動きを抑えるよう求めているといわれるが、同政権を支えるシーア派の民兵組織の元締めハキム議長が協力的ではないため、米側の要請は宙に浮いている。
政治と治安の混乱の一方で、市民生活はさらに荒廃している。国連開発計画(UNDP)が5月12日に公表した報告書によれば、世界第二の石油資源を持ち、中東でも屈指の豊かさに恵まれたイラクが現在はあらゆる面で破産一歩手前であることがわかる。それによれば、イラク戦争で04末までに命を失ったイラク人は約24,000人。5月13日までの米兵の死者1,612人の約15倍だ。民家の85%は電気を使えず、水道が利用できるのは54%。下水道は34%。子供の23%が栄養不良に悩み、出産時の母親の死亡率は、隣国ヨルダンの6.6倍である。
石油資源を持ち、ユーフラテス川という水資源に恵まれたイラクがその恩恵にあずかれず、国民の半分が水道なしの生活になった。この民生の悪化に加え、政治、治安面でも、もしジャファリ政権が武装政権を押さえ込めず、シーア派とクルド族が自派の民兵を動員して、自衛行動にでれば、イラクは政治的統一も失うことになりかねない。1月の国民議会選挙で、イラクにも明るい未来が開けたかのように見えたが、今はそれに大きな影が差している。
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