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北朝鮮の核危機(30) 危機の深まり
持田直武 国際ニュース分析

2005年5月9日 持田直武

数々の情報が危機の深まりを示している。北朝鮮が地下核実験を準備するかのような動きを加速する。核を小型化してミサイルに搭載する技術を持ったとの情報が流れる。そして、北朝鮮高官が「我々を追い詰めれば、核物質をテロリストに渡す」と発言したことが伝わり、ブッシュ大統領は「金正日は危険人物」と非難。話し合い解決の雰囲気ではなくなった。


・高官用の観覧席を備えた核実験場

 5月6日付けのニューヨーク・タイムズによれば、場所は北朝鮮東北部の咸鏡北道吉州の山中。ホワイトハウスと国防総省の複数の高官が同紙に語ったところによれば、昨年10月から核実験の準備と見られる動きが始まり、ここ数週間は特に活発になった。坑道を掘り、しばらくしてそれを埋め戻した。しかし、中に核爆発物を入れたのか、衛星写真では確認できないという。坑道はパキスタンが1998年に核実験した時の形に似ている。少し離れた場所には、観覧席らしいものも作られているという。

 この北朝鮮の動きについて、ブッシュ政権内には2つの見方がある。1つは、核実験をするためという見方。この見方をする米情報機関の高官はニューヨーク・タイムズに対し、「見るものはすべて核実験に必要なものばかりだ」と語っている。一方、別の見方をする情報当局者は「実験を記録する電子装置が見当たらない」として、核実験かどうか疑っていることを明らかにした。ブッシュ政権の別の幹部も、「偵察衛星では金正日総書記が何を考えているか探知できない」と語り、この動きが米偵察衛星に向けた、大掛かりなショーである可能性もあるとの見方を示している。

 最近、このような北朝鮮の挑発的な動きは、この核実験準備の例だけではない。3月末から寧辺の5キロワット級原子炉の運転を中断したことも、その1つだ。原子炉が冷却したあと、使用済み核燃料棒を取り出して再処理、核爆弾用のプルトニウムの抽出を示唆する。また5月1日には、日本海に向けて、新型とみられる短距離ミサイルを発射し、日米韓の神経を昂らせる。核実験の準備が事実か、あるいは大掛かりな見せ物だとしても、これら一連の動きは、北朝鮮がブッシュ政権に対して、これまでにない形の挑戦状を突きつけることになった。


・米国を攻撃する核能力を持った

 こんな中、国防総省情報局(DIA)のジャコビー局長が4月28日、上院軍事委員会で証言。「北朝鮮は核弾頭を小型化し、ミサイルに搭載する技術を持った」との見方を明らかにした。同局長が民主党のヒラリー・クリントン上院議員の質問に対して答えた。 北朝鮮のテポドンU型ミサイルに核弾頭を搭載して米本土を攻撃できることを意味している。クリントン上院議員はこの直後の記者会見で、「ブッシュ大統領が就任した時、北朝鮮はそんな力を持たなかった。それを今は持った」と述べ、北朝鮮の核問題をブッシュ大統領の失政として、追求する考えを示した。

 実は、北朝鮮はもう一つ、米本土を核攻撃する手段を持つことを米の核専門家に伝えていたこともわかる。これは、6カ国協議の米代表デトラニ大使が5月3日、プリンストン大学の講演で明らかにした。それによれば、北朝鮮の金桂寛外務次官が米の核問題専門家セリグ・ハリソン氏と会見し、「米国が北朝鮮を追い詰めれば、我々は核物質をテロリストに渡す」と語ったという。テロリストが核物質を手に入れ、米国を攻撃することは、ブッシュ政権がもっとも警戒するシナリオである。北朝鮮がそのシナリオに言及して、ブッシュ政権を脅迫したことになる。

 セリグ・ハリソン氏は4月初旬に平壌を訪問、金永南最高人民会議常任委員長や金桂寛外務次官と会見した。そのあと、同氏は北京で記者会見し、北朝鮮が6カ国協議に対する方針を変えたことや、寧辺の原子炉の運転中止の話などを聞いたと述べた。しかし、「核物質をテロリストに渡す」という発言については、同氏は米政府当局者に直接伝えることを優先したためか、この記者会見では触れなかった。ブッシュ大統領は4月28日の記者会見で、「金正日は危険な人間」、「暴君」などと厳しく非難したが、その背景に、この北朝鮮側の発言があったとみてよいだろう。


・鍵を握る中国、韓国に姿勢変化の兆し

 ブッシュ大統領は5月5日、中国の胡錦涛国家主席に電話をかけ、異例の長時間にわたって話し合った。マックレラン報道官は「朝鮮半島の非核化問題を話し合った」と紋切り型の説明をしたが、立ち入った話し合いだったことは間違いない。5月7日のワシントン・ポストは、ヒル国務次官補が4月末に訪中し、中国政府に対して北朝鮮向け石油パイプライン閉鎖を要求したが、中国が拒否したと伝えた。理由は、閉鎖するとパイプが詰まって復旧が大変だという「技術上の問題」だった。その代わり、中国は現在すでに実施している北朝鮮向けの輸出制限を強化することを約束したという。

 実は、中国が6カ国協議に関連して北朝鮮向け輸出を制限していることが表に出るのはこれが初めてである。しかも、ブッシュ政権の求めに応じて、それを強化するという。 こうした北朝鮮に対する姿勢の変化は、韓国政府にも見られる。藩基文外交通商相は5月4日の記者会見で、北朝鮮の核問題が「重大な局面」を迎えているとして、韓国政府は「すべての可能性を視野に入れた対策を講じる」と強調した。中韓両国ともこれまで日本や米国の制裁論に強く反対してきたが、その姿勢を両国とも変え始めたことが窺えるのだ。

 ブッシュ政権は北朝鮮が6カ国協議に復帰しない場合、次の選択肢として安保理付託を想定し、関係国に働きかけている。常任理事国のうち、英仏ロは賛成、反対は中国だけだ。もし、北朝鮮が核実験をすれば、状況は一変し、中国も反対を続けることはできないに違いない。北朝鮮は経済制裁の決定は、北朝鮮に対する「戦線布告と同じ」と宣言して対抗策を取る構えを見せている。だが、藩基文外交通商相が警告したように、核実験をすれば、「北朝鮮の未来も保障されなくなる」ことも間違いない。問題は、北朝鮮指導部がこうした声を聞く耳を持っているか、どうかである。


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