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6カ国協議、北朝鮮の真意を探る
持田直武 国際ニュース分析

2005年7月25日 持田直武

1年ぶりに6カ国協議が再開される。それを前に、金正日総書記が「朝鮮半島の非核化は故金日成主席の遺訓」、「非核化実現は我が国の努力目標」と発言したという。額面どおり解釈すれば、協議に参加する6カ国のすべてが、核の廃棄という目標で一致したことになる。だが、これで問題が解決するとの見方はまずない。


・北朝鮮が目指す朝鮮半島非核化の狙い

 金正日総書記は6月17日、平壌を訪問した韓国の鄭東泳統一相に対し、「朝鮮半島の非核化を目指す南北共同宣言は有効だ。非核化は故金日成主席の遺訓だ」と強調したという。また、同総書記は7月12日、中国の胡錦涛国家主席の特使、唐家セン国務委員と会談し、「朝鮮半島の非核化を実現することは北朝鮮の努力目標だ」と発言。北朝鮮外務省も10日、6カ国協議への復帰を発表するにあたって、非核化という言葉を5回も繰り返したほか、朝鮮労働党の機関紙、労働新聞も「朝鮮半島全体の非核化が最終目標」と強調した。

 額面どおり受け取れば、6カ国協議の全参加国が朝鮮半島非核化を目標とすることで一致したことになる。だが、これで6カ国協議が進展するという見方はまずない。非核化という言葉は同じでも、北朝鮮の主張と米国のそれは大きく違うからだ。米は、北朝鮮が核開発計画を完全に廃棄すれば、非核化が実現すると主張している。しかし、北朝鮮は、北朝鮮の核とともに、米が韓国やその周辺に展開している米軍の核戦力を完全に撤去しなければ、朝鮮半島の非核化は実現しないとの主張である。北朝鮮が6カ国協議を軍縮交渉の場に変えるべきだと要求するのは、この考えに基づいている。

 北朝鮮がこの主張を明確に打ち出したのは、3月31日の外務省声明だった。同声明は、「米国は非核化の肝心な点を歪曲している」として、次のように主張した。「米は韓国に多数の戦術核兵器を貯蔵し、運搬手段も絶えず運び込んでいる。また、毎年核搭載艦船や戦略核爆撃機を動員し、大規模な軍事演習を実施して、北朝鮮に対する核爆弾の投下訓練も行なっている。北朝鮮が核開発に進んだのは、この米の脅威があったためだ」。北朝鮮外務省声明はこのように述べ、「朝鮮半島を非核化するには、北朝鮮の核廃棄とともに、米国も韓国に貯蔵している核戦力を撤去し、朝鮮半島周辺での核攻撃演習を中止して、査察を受けなければならない」と主張した。


・ブッシュ政権は米軍査察を認めるか

 北朝鮮は26日からの6カ国協議で、まずこの主張を展開するだろう。これに対し、米ブッシュ政権が拒否することも間違ない。同政権はこれまで、「今回の核危機は、北朝鮮が94年の米朝枠組み合意を一方的に破って、ウラニウム核開発を始めたのが発端である。問題解決には、北朝鮮がまず無条件で核開発計画を廃棄し、原状回復の措置を取らなければならない」と主張。北朝鮮が要求する核廃棄の補償についても、「条約破りの悪行に対し、褒美を与える積もりはない」と拒否。上記の北朝鮮外務省の声明に対しても、ブッシュ政権は「北朝鮮は主張があるなら、6カ国協議の場で主張するべきだ」と述べ、取り合わなかった。

 このブッシュ政権の厳しい立場に比べ、韓国は柔軟で、査察も拒否しない姿勢を示している。韓国の6カ国協議代表、宋旻淳外交通商次官補は7月12日の国会議員との会合で、「北朝鮮が韓国に核兵器があると言うなら、韓国軍の施設をすべて公開する。また、在韓米軍の施設を公開することもできる」と述べた。この宋旻淳次官補の発言は、ブッシュ政権と意見調整した上でのものか、どうかはわからない。しかし、米が在韓米軍の基地を北朝鮮側に公開しようとしたことは過去にもあった。

 冷戦終結直後の91年9月、当時のブッシュ(父)大統領が国連総会で「海外に展開する米軍の戦術核兵器の撤収」を表明。続いて、韓国の盧泰愚大統領も「韓国の核兵器撤去」を宣言した。ドン・オーバードーファー氏のThe Two Koreasによれば、この時、ブッシュ大統領は、北朝鮮が群山の米軍基地を査察するのを認めるとの決定もしたという。実現はしなかったが、当時は、韓国と北朝鮮が同時に国連に加盟し、南北非核化共同宣言にも調印、和解の気運が溢れていた。それに比べ、今はテロ戦争の最中、北朝鮮が核保有宣言をし、米朝間の不信感は募るばかりだ。ブッシュ政権が、北朝鮮の要求を受け入れて、朝鮮半島周辺での軍事演習を止め、基地の査察を認めることなどありそうもない。


・北朝鮮は電力供給200万KW提案を受け入れるか

 この非核化をめぐる対立の行方とともに、韓国が提案した電力200万キロワット供給案がどのような反応を生むかが今回の6カ国協議の焦点になる。この提案は、北朝鮮が核開発計画を廃棄することを前提に、次のような支援策を盛り込んでいる。

1、26日からの6カ国協議で、北朝鮮が廃棄に同意すれば、3年後の08年から韓国が日量200万キロワットの電力を供給。
2、米朝枠組み合意で約束した重油供給も毎月数万トンの規模で再開。また、韓国と中 国は石炭を支援、中国との国境付近の道路整備も実施。
3、電力供給に必要な北朝鮮の送電線建設の費用は日本と中国が負担。
4、韓国の余剰米を北朝鮮に提供、北朝鮮国内に肥料工場の建設、同時にロシア沿海州 地域に大規模農場を造成して北朝鮮住民の農業移民を実施。

 韓国の提案は以上のように、北朝鮮が最も必要とするエネルギーと食糧の支援が中心 となっている。しかも、電力供給200万キロワットは、現在の北朝鮮の現在の実質生 産量にほぼ等しい量という大規模なものである。これが実現すれば、北朝鮮は少なくと もエネルギー、食糧の面で現在の苦境から脱出することも不可能ではないと思われる。 しかし、今回の6カ国協議で、北朝鮮がこの韓国提案を受け入れるか、どうかについて は、なお予断を許さないものがある。

 その最大の理由は、この韓国の提案を実施する条件として、北朝鮮がまず核開発計画 を先に廃棄することが前提となっていることだ。これは北朝鮮がこれまでもっとも警戒してきたことである。北朝鮮にとって、核を先に廃棄するという米の主張は「北朝鮮を丸腰にしてから、攻撃するのがねらい」としか思えない。これを防ぐために、北朝鮮は「同時行動原則」という、いわば北朝鮮が核廃棄に向けた行動を一歩取るごとに、米側も一歩ずつ行動するという、解決方法を主張している。前回04年6月の第3回6カ国協議で、米側が示した提案を北朝鮮が拒否したのも、米がこの「同時行動原則」を受け入れなかったことが理由だった。


・北朝鮮は核廃棄を前提とする提案を警戒

 北朝鮮は前回04年6月の第3回6カ国協議で、米側の提案を一時評価したことがあった。この会議で、当時の米代表ケリー国務次官補は、「北朝鮮が核廃絶を前提に核凍結をすれば、日韓中ロがエネルギー供給をする。そのあと、北朝鮮が核施設を解体、核物質を海外に搬出すれば、米は関係正常化をする」と提案した。北朝鮮はこの提案について、北朝鮮の行動に対し、米側も行動で応えており、「同時行動原則に合致するもの」と評価したのだ。

 そして、北朝鮮側も「これ以上核兵器を生産しない。第3国に移転しない。実験もしない」という3原則を示した。ようやく対話の糸口がつかめたかに見えた。そして、その1週間後、ジャカルタで開かれたアセアン・フォーラム外相会議で、当時のパウエル国務長官と北朝鮮の白南淳外相が会談、両国の歩み寄りが関心を呼んだ。しかし、この協調ムードも1ヶ月で終わる。北朝鮮外務省が04年7月24日に声明を発表、米提案の拒否を表明。さらに8月11日には、ニューヨークの米朝接触を通じ、北朝鮮はブッシュ政権に拒否を正式に通告した。同政権の反応は「北朝鮮は主張したいことがあれば、6カ国協議の場で主張するべきだ」というものだった。

 北朝鮮が05年3月2日に発表した備忘録は、拒否の理由について、ブッシュ政権が「同時行動原則を受け入れなかったため」と次のように主張した。第3回6カ国協議のあと、「同協議の米代表ケリー国務次官補は上院の公聴会で証言し、米側の提案は『北朝鮮が核開発計画を完全に廃棄したあとで、対価を与えるもの』と証言した。また、ボルトン国務次官も訪問先のソウルで、『北朝鮮の核凍結の提案は信用できない。北朝鮮が核を全面廃棄しなければ、対価を与えない』と強調した」ことなどをあげて、米側が一時同意した「同時行動原則」をその後翻意したと非難した。北朝鮮がこの立場を変えなければ、今回の200万キロワットの電力供給提案も受け入れるのは難しいことになるだろう。


・6カ国協議の限界も明らかに

 ライス国務長官はじめ、ブッシュ政権幹部は北朝鮮に対して「戦略的な判断」をするよう繰り返し促がしている。核を廃棄して、韓国の提案を受け入れれば、核開発を続けるより、はるかに北朝鮮が受ける利益は大きいという考えが背景にある。核を廃棄するか、韓国の提案をうけるか、という二者択一の論理だ。しかし、北朝鮮をめぐる状況は、最近急激に変化し、韓国と中国の経済協力が6カ国協議の枠外で進展していることも見逃すことが出来なくなった。米のキッシンジャー元国務長官は「韓国の協力拡大はいずれ6カ国協議の障害になる」と発言したと伝えられたが、北朝鮮は6カ国協議を無視しても、経済協力の恩恵に浴すことも可能になりそうな状況なのだ。

 その1つ、韓国と北朝鮮の経済協力推進委員会による政府レベルの協力がめざましく進展している。7月10日からの第10回会議では、来年から韓国が衣類、履物、石鹸などの製造に必要な原材料を北朝鮮に提供し、北朝鮮は亜鉛、マグネサイト、燐灰石精鉱、石炭などの地下資源の開発を韓国側に保証することなどを決めた。このほか、北朝鮮は南部の金剛山に続いて、北部の白頭山も観光開発も韓国企業に認めるほか、開城工業団地の拡大、南北経済協力企業事務所の設置など、協力推進のための民間協力機関の設置なども次々に決まっている。一方、中国も最近北朝鮮との貿易を飛躍的に拡大させ、中朝国境間に架かる17の橋は鉄鉱石などの地下資源を運び出す中国のトラックで満杯状態になった。このため中国側は、鴨緑江に新しい橋の建設を計画中で、北朝鮮は今や中国東北の第4の省とさえ呼ばれる状況になったという。

 ブッシュ政権が掲げてきた、北朝鮮が核廃棄に応じれば、経済的恩恵に浴するという誘引策が色あせていることは間違いない。北朝鮮は核を廃棄しなくても、経済的な恩恵にあずかれそうな状況なのだ。中国、韓国が北朝鮮の核開発に対して、寛容なのも北朝鮮にとっては有利に働いている。北朝鮮の核問題を6カ国協議という多国間協議に委ねてきた限界が今になって露呈したとも言える。北朝鮮の核の脅威をまともに受ける日本にとっては厳しい状況になったことは疑う余地がない。拉致問題も解決の見通しはますます暗くなりそうだ。日本国内にナショナリズムの風潮がさらに強まることも考えられる。


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