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混乱イラクに出口はあるか
持田直武 国際ニュース分析

2006年11月19日 持田直武

米がイラクからの出口を探ることになった。だが、現地はシーア、スンニ両派の対立が激化、死刑判決を下したフセイン元大統領を処刑することも難しい。中間選挙の勝者民主党は撤退を主張するが、米軍が去れば、一層の混乱拡大は確実。ブッシュ大統領は党派を超えて意見を聞くというが、如何なる知恵が出るのか。


・重荷になったフセイン元大統領への死刑判決

 エジプトのムバラク大統領は11月9日、フセイン元大統領に対する死刑執行に反対する声明を出した。執行がイラクの治安を一層悪化させるとの理由だ。死刑判決は5日、イラク特別法廷が言い渡した。元大統領は控訴したが、控訴審も別件の裁判も年内には終わり、判決内容は変らない見通し。マリキ首相はそれを待って死刑を執行すると表明した。ブッシュ大統領も死刑判決のあと、「イラクの民主主義と法治主義にとって一つの節目であり、大きな成果」と賞賛した。

 これに対し、ムバラク大統領は「死刑を執行すれば、イラクは暴力の渦となり、血の海と化す」との危機感を表明。中東の指導者として初めて、フセイン元大統領の処刑に公然と反対した。混乱が拡大すれば、近隣のアラブ諸国に波及し、イランがイラクのシーア派を足がかりにして勢力を拡大する可能性が強い。また、イラクのクルド族が独立志向を強めることも確実で、シリアやトルコが国内のクルド系住民への影響を恐れ、武力介入する恐れもある。ムバラク大統領の発言の背景には、こうした中東諸国に広がる不安がある。

 だが、イラク政府は死刑を執行せざるをえない。止める手立てがあるとすれば、マリキ首相が恩赦することだが、同首相にはその力はないと見られている。シーア派にとって元大統領に対する死刑執行は「報復」であり、圧倒的多数がそれを望んでいる。恩赦しようとすれば、シーア派内の反発でマリキ首相の首が飛ぶことになりかねない。ブッシュ大統領も死刑執行が一層の混乱を呼ぶと分かっても、介入できないだろう。執行しても、あるいは恩赦しても、混乱の原因になるのは明らかで、第3の道はない。


・米軍撤退の見通しも立たず

 ブッシュ大統領は中間選挙で大敗したあと、急遽イラク政策の見直しを決めた。上下両院の指導権を握った民主党の主張を取り入れなければ、今後の政策執行は不可能だからだ。しかし、その民主党も確たるイラク政策があるわけではない。上院軍事委員長に就任する民主党のレビン上院議員は11月13日の記者会見で、「民主党員の多数は今後4−6ヶ月以内に駐留米軍の撤退を開始するべきだと考えている」と主張。上院軍事委員長として、民主党が中間選挙で掲げた米軍撤退を今後の政策立案の中心に据える考えを示した。

 だが、これには米軍から強い反対の声があがった。中東地域を管轄する米中央軍のアビザイド司令官は15日の上院軍事委員会で、作戦には柔軟性が必要だとして「駐留米軍の兵力の上限を設定したり、撤退の時期を決めたりするべきではない」と主張。さらに、「敵はイラク駐留米軍の動きを見ているだけでなく、ワシントンの動きも注意深く見守っている」と述べ、米軍撤退を掲げる民主党の動きを牽制した。民主党が選挙で勝った勢いに乗じて撤退の主張を強めれば、イラクの武装勢力を利することになるという警告である。

 ブッシュ大統領は政策見直しにあたって、超党派のイラク研究グループ(座長=ベーカー元国務長官)がまもなく提出する報告を待ち、参考にする。しかし、12日のワシントン・ポストは、同研究グループは米軍撤退を勧告しない見通しだと伝えた。研究グループは民主党、共和党各5人ずつで構成するが、撤退では意見が割れ、一本化は難しいという。また、上院外交委員会の次期委員長に就任する民主党のバイデン議員が提案したイラクをシーア派、スンニ派、クルド族地区に3分割する案についても、同研究グループは支持しない見通しだという。


・中東諸国には介入論が表面化

 イラク研究グループの中で超党派の支持を受けているのが、イラン、シリアと交渉する案である。イラクに対するイランの影響力を抑え、シリアからテロ集団や武器の流入を止めるためだ。この案に対し、ブッシュ大統領は13日記者団に、交渉するには、シリアが「レバノンから手を引き、イスラム過激派を国内に滞在させず、イラクの民主化の邪魔をしない」の3条件を挙げた。また、イランとの交渉については「ウラン濃縮を中止すること」など、従来からの条件を繰り返した。政策見直しが次第に消極的になりつつある感は否めない。

 米国内のこのような状況に対し、中東諸国には不安が高まっている。ワシントン・ポストは16日、「米軍首脳は内戦の可能性としか言わないが、イラク周辺諸国の指導者はすでに内戦状態と見ている。そして、この内戦の結果、イラクは崩壊し、混乱が近隣諸国に波及するのは必至」と警戒していると伝えた。サウジアラビアのファイサル駐米大使も10月30日ワシントンの会議で、イラク各派の動きは「イラクを分割しようとするのと同じで、その結果、各派間の大規模な民族浄化が起きる可能性がある」と警告した。

 混乱の波及を防ぐため介入すべきだとの主張も表面化している。戦略国際研究所の副フェローでサウジアラビア政府顧問のオバイド氏は10月の研究報告の中で、「イランがイラクに対する介入を止めない場合、サウジアラビアもこれに対抗して公開、非公開の行動を取るべきだ」と主張。また、シリア政府に近い専門家も、ワシントン・ポストに対し「イランが介入、トルコも介入、サウジアラビアも介入すれば、シリアも介入する」と主張した。米もイラク政府も、混乱収拾に効果的な手が打てないことが分るにしたがって、近隣各国が独自の行動に出る可能性が強まってきた。かつてない危機であるのは間違いない。


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