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米、イラク政策転換の行方
持田直武 国際ニュース分析

2006年12月17日 持田直武

イラク駐留米軍を増派する案が浮上している。ベーカー元国務長官ら超党派のイラク研究グループは駐留米軍の撤退とイラン、シリアとの対話に向けた政策転換を提言、米世論も支持した。ところが、サウジアラビアが強硬に反対。米軍が撤退すれば、サウジアラビアがイラクに介入し、イランと対決すると米に通告した。政策転換が思いもよらぬ方向に向かう可能性もある。


・米軍撤退の提言に80%の支持

 超党派のイラク研究グループは12月6日、イラクの現状を「深刻な状況」と断定。このまま状況の悪化が続けば、「混乱の中、イラク政府は崩壊。シーア派とスンをニ派の衝突が拡大して、一般市民は大惨事に巻き込まれる。隣国が介入し、テロ組織アル・カイダは活動の拠点を拡大する。米国の国際的威信は傷つき、国論は分裂する」と予測した。そして、この状況を改善するためとして、駐留米軍の撤退とイラン、シリアとの対話など合わせて79項目の提言をした。

 このうち焦点の米軍撤退について、同研究グループは「米軍の主要任務を武装勢力との戦闘からイラク軍部隊の訓練に変更する。そして、イラク軍を強化することによって、米軍戦闘部隊の大部分は08年第一四半期までに撤退が可能となるだろう」との見通しを示した。また、同研究グループはイラン、シリアとの対話について、「米国はこれまで無視してきたイラン、シリアと対話を再開し、両国がイラク問題をはじめ地域の問題に積極的に関与するよう促すこと」も提言した。

 これに対し、民主党のレビン上院軍事委員会次期委員長が「米軍の無期限駐留の約束を変更し、イラク政府に責任を持たせる包括的な提言」と高く評価した。また、ワシントン・ポストとABCニュースの世論調査によれば、調査した10人のうち8人が「米軍の主要任務を戦闘からイラク軍の訓練に変更し、08年に撤退する」という提言を支持。イラン、シリアとの直接対話についても、10人のうち6人が支持を表明した。米国民のイラク脱出願望が率直に現れている。


・米軍が撤退すれば、サウジアラビアが介入

 ブッシュ大統領も中間選挙の直後、こうした世論に配慮する姿勢を見せた。ラムズフェルド国防長官の更迭は、そのためと受け取る向きが多かった。しかし、同大統領はその後次第に後退。12月13日、国防総省幹部と協議したあとの記者会見で、同大統領は「使命が完了するまで撤退する考えはない」と従来からの立場に戻った。また、「提言の中には、敗北につながるものもある」と述べ、イラク研究グループの撤退案に批判的な姿勢を示した。

 イランやシリアとの対話についても、ライス国務長官が12月8日の記者会見で、対話拒否の立場を表明した。イラク研究グループが対話を提言したのは、イラクの安定には、イランやシリアと協力し、過激派や武器がイラクに入るのを防ぐ必要があるとの理由からだった。しかし、同国務長官は「両国がイラクの安定を望むなら、そのための行動を自ら取る筈だ」と反論。イランやシリアとの対話を求めることは、弱みを見せるのと同じというブッシュ政権内の強硬派の主張が強まったことを示した。

 ブッシュ政権が強硬姿勢に戻った背景には、サウジアラビアが米軍撤退に強く反対したことが影響したと見られる。12月13日のニューヨーク・タイムズによれば、サウジのアブドラ国王は11月25日、リヤドを訪問したチェイニー副大統領と会談、「米軍が撤退すれば、サウジがイラクのスンニ派に資金援助し、シーア派勢力の拡大を阻止する」と伝えた。また、同国王は米とイランの対話にも反対。むしろ、「米はイスラエル・パレスチナの和平促進に尽力するべきだ」と述べたという。


・米軍増派の主張強まる

 ブッシュ政権内には、こうした状況を背景に駐留米軍を増派する案が急浮上した。ロサンゼルス・タイムズ12月13日付け(電子版)によれば、国防総省内では、その1つとして、米軍の実質的増派と産業再生支援、それにシーア派の反米強硬派サドル師の民兵軍団攻撃という3つを組み合わせた案が練られている。イラク研究グループの提言は、イラクの混迷から脱することに重点を置いているが、この国防総省の案は、ブッシュ大統領が主張する「勝利」を目指すものになる。

 ブッシュ政権内では、軍事作戦強化案と並行し、マリキ政権を強化する案も検討している。場合によっては、弱体と批判の強いマリキ首相の交代も排除しないという。ブッシュ大統領は11月29日、シーア派のイラク革命最高評議会ハキム議長とホワイトハウスで異例の会談。12月12日には、スンニ派のハシミ副大統領とも会談した。ハキム議長は、マリキ首相や反米強硬派サドル師とは一線を画し、傘下に民兵軍団を持つシーア派の実力者。ブッシュ大統領との会談で、マリキ・サドル連合を退けたあとの政権構想を話し合ったとしても不思議ではない。

 イラク研究グループはイラクの「深刻な状況」を改善する方策として、米軍撤退とイラン、シリアとの対話を提言した。しかし、ブッシュ政権は明らかに違う方向を向いている。米軍を10個旅団3万―4万人増派、駐留期間もブッシュ大統領は「使命完了まで」と言い、関連予算も大幅に増額するという。イラン、シリアとの対話拒否も続ける。このとおり進めば、米国民の多数の期待には反する。しかし、ブッシュ政権は国際世論を無視してイラクに侵攻し、現在の事態を招いた。新政策如何にかかわらず、これを放置して去ることは許されない。


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