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米CIA情報リーク事件、黒幕は正副大統領
持田直武 国際ニュース分析

2006年4月17日 持田直武

CIA情報リーク事件は、ブッシュ、チェイニーの正副大統領が指示した情報操作の氷山の一角だった。事件は、ブッシュ政権の情報歪曲を内部告発した元大使に対する報復が動機。CIA秘密工作員という元大使夫人の身元を暴露し、批判を押さえ込もうとした。だが、夫人の身分漏洩は違法行為。特別検察官が捜査に乗り出し、正副大統領の情報操作が暴かれることになった。


・大統領が指示し、副大統領が中心的役割

「情報リークの目的は、ウイルソン元大使のイラク戦争批判を押さえ込むこと。その手段として、ブッシュ大統領が政府の秘密情報の使用を許可。チェイニー副大統領がホワイトハウス幹部を動かし、報道関係者に情報を流した」。CIA情報リーク事件担当のフィッツジェラルド特別検察官は4月5日、このような趣旨の捜査記録を連邦裁判所に提出した。同事件で起訴した副大統領の前主席補佐官リビー氏が連邦大陪審で証言した内容とこれまでの捜査をまとめたものだ。

 事件が起きたのは、フセイン政権崩壊後の03年6月から7月。米軍がイラク全土を探しても、戦争の大義だった大量破壊兵器が発見できない。批判が高まる中、イラク駐在経験があるウイルソン元大使が7月6日のニューヨーク・タイムズに寄稿、「ブッシュ政権は情報を歪曲してフセイン政権の核開発の脅威を強調し、国民を戦争に引き込んだ」と批判した。ブッシュ政権幹部が聞き捨てにできない告発だった。

 ウイルソン元大使は02年2月、イラクがニジェールのウラン購入を計画したとの情報確認のため、CIAの委嘱で現地調査。その事実は無いとの報告を提出した。ところが、ブッシュ大統領は03年1月の一般教書で、イラク核開発の証拠として「ニジェールからウラン調達を計画した」と演説。チェイニー副大統領も同様の主張を続けた。元大使の報告が無視されたのだ。元大使はテレビや講演で、ブッシュ政権を批判、ニューヨーク・タイムズへの寄稿で対立は頂点に達した。


・元大使を罰するため政権幹部が一致協力

 特別検察官が今回提出したリビー氏の証言によれば、ウイルソン元大使の寄稿文掲載の直後、チェイニー副大統領は同氏に対し、元大使のニジェール現地調査は「お手盛りだったのではないか」との疑問を表明した。元大使のプレイム夫人はCIA秘密工作員だった。夫人がその立場を利用して夫の調査旅行の実現に一役買ったのではないかと疑ったのだ。副大統領はリビー氏に対し、「元大使の調査旅行の記録」とCIAが02年10月にまとめた「国家情報評価」のイラクの核開発の部分を報道関係者に漏らすよう指示した。

 リビー氏は元大使の寄稿文が出た2日後から、ニューヨーク・タイムズのミラー記者、続いてタイム誌のクーパー記者などと次々に会った。そして、「元大使のニジェール調査旅行」や「国家情報評価」のイラク核開発の部分を伝えた。イラク核開発については、「国家情報評価」が重要項目の欄に取り上げ、「イラクはウランの獲得に総力を挙げている」と判断していると伝えた。実は、副大統領がこのように伝えるよう指示したのだという。また、「元大使の調査旅行」に関連して、元大使夫人がCIA秘密工作員であることも漏らした。

 CIA秘密工作員の身分や「国家情報評価」の内容は秘密扱いになっており、外部に漏らせば、最高懲役10年の重罪になる。このため、リビー氏はこれについて副大統領の意見を聞いたことがあると証言している。これに対し同副大統領は、ブッシュ大統領が当該部分の秘密扱いを解除しているので漏らしても問題ないと答えたという。このリビー氏の証言が、大統領の役割を初めて裏付けた。特別検察官は、CIA情報リーク事件の総括として「事件はウイルソン元大使に報復するため、ホワイトハウスの幹部多数が一致協力して起こしたものだ」と断定した。


・大統領の指示で大物記者にも秘密情報提供

 ブッシュ大統領は4月10日、ワシントンのジョン・ホプキンズ大学で演説し、「国家情報評価」の秘密扱いを自らの判断で解除したことを認めた。解除の理由として、「国民に真実を知らせるために必要だった」と説明した。これについて、ホワイトハウスの法律顧問は、大統領は行政上の秘密事項については、自らの判断で秘密扱いを解除できると主張しているが、民主党内には異論もある。しかし、4月6日のナショナル・ジャーナルによれば、ブッシュ大統領はイラク戦争開戦前から秘密扱いの情報を解除し、多数の報道関係者に伝えていたという。

 その中には、リビー氏がブッシュ大統領の直接の指示を受け、ワシントン・ポスト編集局次長ウッドワード記者に秘密扱いの情報を伝えたこともあった。同記者はイラク戦争開戦の経緯をたどる「攻撃計画(Plan of Attack)」や「ブッシュの戦争(Bush at War)」 を執筆したが、同大統領はリビー氏に対してだけでなく、ホワイトハウスのほかの幹部たちに対しても、同記者の取材に協力するよう指示していたという。ブッシュ政権首脳が戦争開始前から秘密情報を意図的に流して情報操作を展開していたことを示している。

 だが、ブッシュ政権幹部がこうして流した情報が正確だったとは限らない。リビー氏が記者に流した「国家情報評価」の内容も実は歪曲情報だった。同氏は副大統領の指示どおり、「国家情報評価」がイラク核開発を重要項目の欄で取り上げ、「イラクがウラン確保に総力を挙げている」と判断したと記者に伝えた。しかし、実は「国家情報評価」は重要項目の欄で取り上げていなかった。一般欄で「イラクはウラン確保に総力を挙げている」と記述したものの、国務省情報担当官は「極めて疑わしいと判断している」という(注)を付け加えていた。ブッシュ政権に都合の良い部分だけ記者に伝えたことは明らかだった。


・米情報に対する信頼感崩壊

 このような情報操作の一方で、情報の管理が杜撰だったことも確かだ。CIAが02年10月、「国家情報評価」をまとめる直前、当時のテネットCIA長官は上院公聴会で「イラクのウラン購入計画は疑問」と証言していた。ウイルソン元大使のニジェール調査旅行の報告に基づいた判断と同じだった。しかし、ブッシュ大統領は03年1月の一般教書演説で「イラクがニジェールからウランを購入しようとしたのは事実」と明言、開戦理由の1つとした。実は、テネット長官は一般教書演説の草稿を渡され、事前に読んだ筈だった。しかし、あとで「実は忙しく読まなかった」と釈明する。

 一連の情報操作で様々な秘密情報が流されたが、法律違反に問えるのはウイルソン元大使夫人の身分を漏らした、CIA情報リーク事件だけである。秘密扱いの「国家情報評価」などの情報流出は、大統領が秘密扱いを解除したと言う以上、誰も罪に問われない。CIA情報リーク事件も、起訴は副大統領の主席補佐官だったリビー氏1人だけ。それも、本筋の起訴ではなく、偽証して捜査を妨害した罪状の起訴である。しかし、この問題が今後に与える影響の大きさは計り知れない。

 新聞、テレビはホワイトハウス幹部が流す虚実入り乱れた情報に踊らされ、ブッシュ政権の情報操作の片棒を担いだ。そして、世論が動き、イラク戦争へと突き進んだ。その結果、イラクは混乱。米軍は今も撤退できない。国際社会には、米が流す情報への疑念が当然のように広がっている。今後、イラン、北朝鮮の核問題に取り組むにあたって、それは大きな重荷となることは間違いない。


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