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米が北朝鮮人権法で圧力、拉致と脱北者に焦点
持田直武 国際ニュース分析

2006年5月22日 持田直武

ブッシュ政権が拉致と脱北者問題に焦点を当てて北朝鮮に対し圧力を強めている。4月には、ブッシュ大統領自身が拉致被害者家族の横田早紀江さんと面会して支援を約束。5月からは、脱北者の米国への受け入れを始めた。いずれも、北朝鮮人権法に沿った措置。金正日政権を人権面から揺さぶると同時に、脱北者を北朝鮮に強制送還する中国に圧力をかける狙いがある。


・拉致解決まで北朝鮮に支援をしないと規定

 米の北朝鮮人権法は04年10月に成立した。同法はその中で、北朝鮮は金正日総書記の絶対的支配下にある独裁国家で、膨大な件数の深刻な人権侵害を繰り返し行っていると指摘。その具体例として、推定20万人の政治犯の強制収容や公開処刑、拷問などを列挙。拉致問題についても次のように指摘している。

・ 北朝鮮政府は自国民の権利の侵害に対して責任を負うのみならず、過去何年にもわたる日本人、韓国人の拉致に対しても責任を負う。
・ 拉致被害者がどんな状況にあり、どこにいるのかは未だ不明である。
 同法は、このように指摘した上で、米国が北朝鮮に対し人道支援以外の支援を提供する場合には、人権尊重の面において明確な進展があることを条件とすると規定。信教の自由を含む基本的人権の回復とともに、拉致問題の解決には、次のような条件が満たされる必要があると規定している。
・ 北朝鮮政府が拉致した韓国国民、および日本国民に関するすべての情報の開示を実施すること。
・ 拉致被害者、およびその家族が北朝鮮を去り母国へ帰国するための完全かつ真なる自由を認めること。

 米政府は、この規定によって、北朝鮮の人権侵害の状況が改善しない限り、支援することは出来ない。たとえ6カ国協議で核問題が解決したとしても、拉致問題が未解決なら、北朝鮮への人道支援以外の支援を実施できないことになる。これは、日本が北朝鮮との国交正常化の条件として、拉致と核問題の双方の解決を条件に挙げている立場と同じである。


・中国に脱北者の強制送還中止を要求

 ブッシュ大統領は4月28日、拉致被害者家族の横田早紀江さんと会見して支援を約束したが、これはこの人権法の主旨に沿ったものだ。この席には、北朝鮮を脱出して02年5月に瀋陽の日本総領事館に駆け込んだ金韓美ちゃん(6)など脱北者5人も招かれて同席した。人権法には、拉致問題とともに、彼女たち北朝鮮脱北者の支援にも多くの規定を設けている。ブッシュ大統領が横田早紀江さんとともに金韓美ちゃんも招いたのは、ブッシュ政権が拉致と脱北者問題を今後の北朝鮮政策の焦点に据える意図を示したものだった。

 北朝鮮人権法は、脱北者については次のように指摘している。
・ 北朝鮮国内における餓死の危機感、迫害の恐怖、自由と希望の欠如が原因となって推定数十万人の北朝鮮国民が祖国を捨て、主に中国に逃亡しいている。
・ 中国に逃亡した北朝鮮の婦女子は、誘拐、人身売買、性的目的に利用され、妾、売春婦として働くことを強要されている。
・ 中国、北朝鮮両政府は、脱北者の所在を突き止めて逮捕、北朝鮮に強制送還し、北朝鮮で投獄、拷問、場合によっては極刑を科している。

 北朝鮮人権法は、脱北者の受け入れや定住は基本的には韓国政府の責任だと指摘。しかし、米国政府も国際的な関心を喚起し、解決策を導き出す上で、指導的な役割を果たさなければならないと定めている。この主旨に沿って、ブッシュ政権は5月5日初めて脱北者6人を難民として米国に受け入れた。6人は、脱北したあと仮名を使いながら中国を横断、東南アジアの米大使館に逃げ込んだという。ブッシュ政権は今後も米国行きを希望する脱北者を受け入れる方針だが、同時に中国にも脱北者を難民として保護し、北朝鮮への強制送還を止めるよう要求している。


・中国の動向が北朝鮮の死命を左右

 ブッシュ大統領は4月20日ホワイトハウスで胡錦濤国家主席と会談し、脱北者問題を取り上げた。ワイルド国家安全保障会議アジア担当補佐官代理の説明によれば、ブッシュ大統領はこの席で、中国が強制送還した女性脱北者の名前を挙げて、遺憾の意を表明。中国が脱北者の扱いにあたって、難民に関する国際取り決めを守るよう要求した。この女性脱北者は05年9月脱北、大連と北京で韓国人学校に駆け込もうとして失敗、中国公安当局に逮捕された。人権団体の通報で、米大使館が介入。中国政府は釈放を約束したかのようだったが、今年3月北朝鮮に強制送還したという。

 中国は、国連難民条約や、難民の地位に関する議定書などの加盟国。その取り決めに従えば、脱北者を難民として保護し、国連難民事務所の担当者が面会して脱北者の希望を聞くのを認めなければならない。しかし、歴代の中国政権は、国連の再三の要求を無視し、脱北者を不法入国者として強制送還してきた。ホワイトハウスの会談で、胡錦濤主席がブッシュ大統領の要請にどう答えたかは明らかにされていない。しかし、女性脱北者の北朝鮮への強制送還は、胡錦濤政権も従来からの立場を崩さないことをブッシュ政権に対して示したものと言えそうだ。

 中国が脱北者を難民と認めないのは、理由がある。難民として滞在を認めれば、脱北者が増すのは確実。反体制派が脱北者を装って入国、中国に聖域を築く可能性もある。それに気付きながら、中国が脱北者を難民として認めるのは、金正日政権を裏切るに等しい。韓国貿易協会の統計によれば、05年の中国北朝鮮間の貿易は前年比15%増しの15億8,000万ドルで北朝鮮の全貿易額の半分。工場建設や港湾改修への投資額も20億ドルに達した。韓国の貿易額も10億ドルと4年前の2倍に増えたが、中国はこれを大幅にしのぐ勢いで北朝鮮経済を傘下に収めている。この立場を失うようなことは、中国はしないと見なければならない。


・ロシアも人権問題の浮上に警戒感

 5月19日の韓国の連合通信によれば、脱北者4人が中国瀋陽の米総領事館に塀を乗り越えて逃げ込み、米国への亡命を求めた。ブッシュ政権が脱北者を難民として米国に入国させた影響が早くも現れたのだ。4人は男性3人と女性1人、最初は韓国総領事館に駆け込み、韓国行きの手続きを進めていた。その途中で、4人は米が5月初め脱北者6人を受け入れたことを知り、米国行きを要求した。しかし、韓国側が渋ったため、応対していた韓国総領事館の中国人職員を縛った上で、隣にある米総領事館の塀を乗り越えて逃げ込んだという。

 韓国政府はこれまで脱北者をすべて韓国国民として扱い、入国を受け入れてきた。その結果、脱北者はまもなく1万人を突破することが確実で、職場の確保や地域社会への適応などさまざまな問題も浮上。盧武鉉政権は北朝鮮との融和を重視することもあって、ブッシュ政権の人権政策は脱北を鼓舞するとして必ずしも歓迎していない。ブッシュ政権もこの韓国の対応に不満で、ブッシュ大統領が拉致被害者家族の横田早紀江さんと脱北少女の金韓美ちゃんと面会した際には、日本の加藤駐米大使を招いたが、韓国大使は招かなかった。朝鮮日報は今回の瀋陽の脱北者4人の扱いをめぐって、米韓中3国の違いが改めて表面化すると観測している。

こうした状況下、日本は拉致問題を7月ロシアで開催するサミットの共通議題にするよう提案している。日本は03年のサミットで拉致問題を提起し、議長総括に入れ、04年、05年とそれが続いた。今回共通議題にすることができれば、北朝鮮には大きな圧力となる。しかし、議長国ロシアのシュワロフ大統領顧問は16日の記者会見で「サミットに適した問題ではない」と反対を表明した。サミットで拉致や脱北者問題に焦点を当てれば、北朝鮮や中国が苦しい立場になるだけでなく、旧ソ連圏の人権問題にも飛び火しかねないという懸念があるのだ。


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