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イラク和解案、収拾への一歩になるか
持田直武 国際ニュース分析

2006年7月2日 持田直武

イラク新政権のマリキ首相が武装勢力との和解案を発表。一部武装勢力側も攻撃停止を提案した。条件は、米軍はじめ外国軍隊が2年以内の撤退を約束すること。ブッシュ政権は撤退期限の設定に反対しているが、米軍幹部は9月から削減を計画していることも事実。ようやく双方から収拾への動きが出た。


・マリキ首相の和解案と武装勢力の攻撃停止提案

 マリキ首相は25日、24項目の国民和解計画を議会に提出した。趣旨は、スンニ派武装勢力が武器を捨てれば、恩赦を与え、政治参加を認めること。マリキ首相の説明によれば、「アル・カイダ系テロリストとフセイン政権の復活を図る勢力」を対象から除く、いわば限定的な和解案だが、イラク戦争でこのような案が出たのは初めて。マリキ首相は提案を公表したあと、テレビで自分のEメール・アドレスを公表、武装勢力側の反応を待った。

 幾つかの反応があり、その中に武装勢力11グループ連名の攻撃停止提案があったという。イラク政府と武装勢力双方の関係者がAP通信に明らかにしたところによれば、この11グループはバグダッド北方のサラフディン州やディヤラ州などで活動するスンニ派の武装勢力。その提案は、武装勢力側が攻撃を停止する条件として、米軍とイラク新政権に対し次のような要求をしている。

1米軍はじめ外国軍隊が2年以内の撤退を約束する。
2米軍とイラク政府軍も攻撃を停止する。
3米軍とイラク政府軍の作戦の犠牲者、および財産の被害に対し補償する。
4フセイン政権時代の軍人が政府軍に参加するのを認める。
5フセイン政権時代のバース党員を政府職員として登用する。
6収容中の武装勢力構成員を釈放する。

 イラク全土で活動中の武装勢力は、アル・カイダ系のテロ組織3グループも含め全部で約20グループといわれ、この提案をした11グループは、その約半分を占めることになる。提案を仲介したスンニ派政党イラク・イスラム党のアル・アニ議員は「政府が提案を尊重すれば、全武装勢力の70%が積極的に協力する」と主張した。


・ブッシュ政権は9月から米軍削減

 これに対し、マリキ首相は28日テレビで、「イラク治安維持部隊の強化が不十分な今の時点で、この提案は非現実的」と述べたが、拒否するとは言わなかった。また、ブッシュ大統領も撤退期日の設定に反対する立場を崩していない。その一方で、同大統領は23日、イラク駐留米軍のケーシー司令官とホワイトハウスで密かに会談し、同司令官が進めている米軍削減計画を検討した。ニューヨーク・タイムズが25日報じたところによれば、検討中の計画は次のような内容だという。

 削減の開始は9月、削減する部隊は戦闘部隊2個旅団、約7,000人。その後も状況を検討しながら削減を進め、07年末までに現在駐留している戦闘部隊14個旅団を5−6旅団に減らすという。この結果、現在の兵員総数12万7,000人のうち、戦闘部隊8−9個旅団、約2万8,000人―3万1,500人を削減する。戦闘部隊と並行して、補給部隊や通信部隊なども削減するが、兵員数はまだ決めていない。武装勢力側2年以内の撤退を要求しているが、今から2年後、07年7月時点の兵力についても決めていない。

 ブッシュ大統領は26日、記者団の質問に答へ、「米軍の駐留は、ケーシー司令官とイラク政府の判断に基づいて決定する」と語り、同司令官が立案した上記の計画に基づいて兵力削減に踏み切る可能性を認めた。ニューヨーク・タイムズは28日の社説で、「スンニ派武装勢力の交渉提案は我々を勇気付けた。これを契機に、真剣な交渉が始まれば、事態打開につながるだろう」と期待を表明した。米軍削減の動きと武装勢力の姿勢転換が噛み合う可能性への期待が生まれたのだ。


・大統領の支持率上向きに

 イラク情勢好転の期待が生まれたことを反映、ブッシュ大統領の支持率もわずかだが上向いた。ワシントン・ポストとABCニュースが26日に発表した調査によれば、ブッシュ大統領の支持率は38%。1ヶ月前の33%に比べ、5%上回った。しかし、米軍の撤退については、撤退の期日設定を支持するが47%。反対が51%。前回12月の調査では、期日設定支持が37%、反対は60%。マリキ新政権の発足や、テロのリーダー、ザルカウイの死などで、イラク情勢好転の見方が強まった。その結果、米軍撤退を求める世論が高まっている。

 ケーシー司令官が立案した削減計画は、この世論を意識している。削減の開始を9月としたのも、11月の中間選挙を視野に入れたからだ。ブッシュ政権としては、撤退期日の設定は敵に目標を与える戦略ミスという従来からの主張を変えられない。そこで、削減によって、世論をなだめ、選挙を乗り切る構えなのだ。民主党内は、早期撤退派と撤退慎重派に分裂。9月削減が順調に進めば、共和党も一時予想された程の痛手を受けずに選挙を乗り切るかもしれない。

 そんな折も折、CIAリーク事件で特別検察官の取調べを受けていたカール・ローブ大統領補佐官が不起訴になった。同事件の裁判は来年1月開始だが、被告は偽証罪で起訴されたリビー前副大統領補佐官1人となる公算が強まった。その結果、イラク戦争の大儀、大量破壊兵器の問題は公判の焦点にならない可能性もある。共和党が中間選挙で逃げ切り、米軍削減もブッシュ政権の思惑通りに進めば、イラク戦争は正義の戦いとの評価が一層強まるだろう。


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