メインページへ戻る

イラク内戦と分裂の危機
持田直武 国際ニュース分析

2006年8月13日 持田直武

米英両国のイラク現地幹部が揃って「イラク内戦の危機」を警告した。米駐留軍幹部は議会の公聴会で「バグダッドの治安が悪化、内戦の恐れがある」と認め、駐留米軍の年内削減は難しいとの判断を示した。一方、英のイラク駐在大使も「内戦で国家が分裂する可能性がある」と首相に報告、阻止するにはシーア派民兵の活動を押さえる必要があると主張した。


・米軍は内戦に備え対応策を検討

 中東を管轄する米中央軍のアビザイド司令官は8月3日、上院軍事委員会で証言、「バグダッドの治安が悪化、今暴力を止めなければ内戦になる」と強調した。そして、同司令官は「この厳しい状況下、駐留米軍の削減はできない」との判断を示した。11月の中間選挙を控え、民主党は期限を切った撤退を主張、共和党の中にも年内の大幅削減を主張する声がある。同司令官の証言はこうした議会の主張に対して、撤退は難しいとの軍の立場を示したものだ。

 一方、BBC放送によれば、英国のパテイ・イラク駐在大使もブレア首相宛ての電報で「現時点では、内戦と国家分裂の可能性が高い」と指摘。さらに「混乱は今後5年から10年は続く可能性があるが、事態打開の希望がないわけではない」として、「内戦とアナーキーを防ぐため、シーア派民兵マフディ軍団の活動を抑え、同派が国家の中に国家をつくる動きを阻止しなければならない」と強調した。この電報は、同大使が7月末に任期を終えて帰国する直前に発信し、極秘扱いだったが、BBCが入手して8月3日に放送した。

 バグダッドの治安悪化は、ホワイトハウスで7月25日に行われたブッシュ大統領とイラクのマリキ首相の会談でも主要な議題だった。ブッシュ政権は、その対策として、現在イラクに展開している米軍12万7,000人の配置を見直し、憲兵隊を中心とした兵力約3万人をバグダッドに集中配備する方針などを決めた。同時に内戦になった場合の米軍の対応策の検討も始めた。8月7日発売のニューズウイークによれば、米軍は対立する各派民兵の引き離しや、移動の阻止、虐殺の防止などに努めるが、それでも内戦が避けられなかった場合、米軍は国外に退去することも考えるという。


・焦点はシーア派マフディ軍団の動き

 イラクの治安は2月22日、バグダッド北部サーマッラのシーア派聖地アスカリ廟が爆破された事件を契機に悪化、各派間の抗争の色彩が強まった。テロがテロを呼び、イラク保健省の調べでは、死者は6月と7月の2ヶ月で3,000人。上記の英パテイ大使がブレア首相宛ての電報で指摘したシーア派マフディ軍団は、このテロと報復の中心的存在と見られている。同軍団のリーダーは反米強硬派で知られるサドル師。8月4日には、1万5,000人の同調者を集め、レバノンのシーア派武装勢力ヒズボラ支持の大規模なデモを展開した。

 同軍団は03年、米英軍がイラクを占領したとき、兵力は数百人だったという。その後、急速に勢力を拡大して現在は少なく見て1万人、多く見る場合3万の動員力があるとの指摘もある。リーダーのサドル師は、この武力を背景に政界にも影響力を拡大、国民議会では30人余りの議員が同師の影響下にある。また、ジャーファリ前政権時代に内務省の治安維持部隊に部下の民兵を送り込んで、治安面にも影響力を拡大した。米のカリルザド大使は「最近の治安悪化の背後にイラン軍の動きがある」と述べ、ブッシュ政権がサドル師とイランの結びつきを疑っていることを示した。

 米とイラク両軍は8月7日、サドル師が本拠とするバグダッド東部のサドル・シティを包囲、2時間にわたって攻撃した。表面は、米イラク連合軍の合同作戦だったが、実質は米軍がヘリコプターを動員、サドル師が指揮するマフディ軍団の暗殺部隊を急襲したのだ。内戦阻止に目標を再設定した米軍の新たな作戦だった。ところが、マリキ首相は翌日のテレビで「イラク政府が目標としている国民和解の努力を妨害した」と作戦を非難した。米軍関係者によれば、同首相は事前の段階では作戦を支持したという。サドル師の力が首相のそれを上回っていることを窺わせる事件だった。


・混乱の末、イラク分裂の可能性

 上記の英パテイ大使はブレア首相宛ての電報で、ブッシュ大統領の名前を挙げ「同大統領は、イラクに永続的で、自衛力、統治力を持ち、テロ戦争の同盟国となる政府を樹立するという目標を掲げたが、この目標の達成は疑問」と述べた。では、ブッシュ大統領はこれに代わる目標を打ち出すのか。実は、打つ手はないのだという。8月6日のニューヨーク・タイムズの社説は「イラクに出口はない」と次のように書いている。「米の軍事行動はますます悪夢の様相を帯びている。大統領の戦略もはっきりしてきた。ブッシュ大統領は残りの任期29ヶ月、現在の方針を続けるしかない。そして、次期政権に混乱の解決をゆだねるのだ」。

 ブッシュ大統領は国内の選挙対策でも打つ手がない。中間選挙を控え、民主党は、イラク駐留米軍撤退の期限を決めるよう要求している。共和党内にも、今年末までに相当規模の削減を決め、有権者の期待に応えるべきだとの主張がある。しかし、内戦直前の状況が、兵力削減を許さないことは明らかで、大統領は駐留を続ける以外に打つ手がない。もっとも、民主党の主張に従って、撤退期限を決めても、これで問題が解決するわけではない。上記ニューヨーク・タイムズの社説は、民主党は「米軍の撤退期限を決めれば、悪夢は解消するかのような振りをしている」と厳しい。

 今の状況で、米軍が撤退すれば、混乱が増すだけなのは明らかだろう。イラクの各派が急に一体感に目覚め、各派が協調することなどありえない。8月9日のロサンゼルス・タイムズによれば、イラク政界、宗教関係者などの間に最近、流血を避ける手段としてイラク分割を公然と主張する動きが出ているという。シーア派の実力者、イスラム革命最高評議会のハキム議長はかねてから南部シーア派地帯の9州を単位とする国を提案していた。北部のクルド族が独立の機会をねらっていることも良く知られている。混乱が続けば、分裂しか道はないということになるだろう。


掲載、引用の場合はこちらからご連絡下さい。


持田直武 国際ニュース分析・メインページへ

Copyright (C) 2006 Naotake MOCHIDA, All rights reserved.