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イラク情勢 沈静化か?
持田直武 国際ニュース分析

2007年12月2日 持田直武

イラク駐留米軍がテロなど流血の事態が55%減少したと発表した。市民の犠牲者もイラク全体で60%減少、国外に逃れた難民が帰国を始めた。ブッシュ大統領が反対を押し切って実施した米軍増派が効果を挙げたようだ。しかし、宗派間の対立が解消したわけではなく、衝突再開の恐れもある。


・攻撃が減り、難民の帰国が増える

 イラク駐留米軍は11月18日、「10月のテロ攻撃が昨年1月以来最低になった」と発表した。テロ攻撃の数が、今年6月から急速に減り始め、10月は昨年1月に較べ55%も減少。米兵の死者は昨年5月の126人から27人に減少した。また、イラク市民の犠牲者もイラク全体で60%減少、中でもバクダッドは75%も大幅に少なくなったという。米のメディアは、ブッシュ大統領が反対を押し切って断行した米軍増派の結果、治安が回復に向かったようだと一斉に報じた。

 ネグロポンテ国務副長官も28日、イラク北部を視察したあと記者会見し、「治安が回復している確実な兆候がある」と楽観的な見通しを明らかにした。イラクのマリキ首相は11日の記者会見で、「シーア派とスンニ派間の衝突が終わった」と述べ、これが自爆テロの減少につながったとの見解を示した。また、同首相はアル・カイダなど国際テロ組織について、「彼らの大半は国外に逃亡した。逃亡先で危険な行動に出ないよう警告したい」と周辺諸国に警戒を呼びかけた。

 この楽観的雰囲気を反映し、隣国に避難していた難民の帰国も始まった。シリアのダマスカスには、イラク政府が難民登録所を設け、帰国を望む難民を政府提供のバスでバグダッドに運ぶ作業を開始した。その第一陣400人余りがバス20台で28日バグダッドに到着。当面の生活費として、マリキ首相が用意した1人750ドルを受け取った。難民はシリア、ヨルダンなど周辺諸国と国内で220万人に上ると言われ、今後の情勢次第で、帰国者は一挙に増えると予想される。


・バラ色の幻想は危険

 だが、帰国難民を待ち受ける問題は多い。ニューヨーク・タイムズによれば、難民が自宅にたどり着くと、赤の他人が住みついている例が多いという。難民が留守にしている間に、シーア派とスンニ派の住み分けが進み、自宅が他宗派の住民に占拠されたためだ。しかし、マリキ政権にはこうした問題に対応する用意がまったくない。今後、帰国する難民が増えるに従って所有権争いが増えるのは確実、これが宗派間の衝突を再発させないかと心配されている。

 衝突は減少したが、バグダッドはまだ安全とは言えないとの調査結果もある。米のピュー世論調査所が27日に発表した調査によれば、イラクで取材する米のジャーナリスト111人のうち、87%は「テロは減ったが、バグダッドの半分にあたる地域はまだ危険で、取材に行くことは出来ない」と答えた。中でも、シーア派住民が住むサドル・シティは通過するのも困難で、ジャーナリストがこの地域に行く場合、米軍か民間のボディーガード会社に護衛を依頼しなければならないという。

 19日のAP通信は現在の小康状態について「米軍幹部やイラクの有識者は、シーア、スンニ両派の幹部が和解しない限り、長続きしないと見ている」と伝えた。マリキ首相は「宗派間の衝突は終わった」と述べたが、両派の民兵や武装勢力はまだ武器を持って各地で行動している。バグダッドでも、シーア派の強硬派サドル師が8月に配下のマフディ軍団に6ヶ月間の停戦を指示し、衝突は大幅に減った。この停戦期限が切れたあと、同師がどう出るかで状況は変わると見られている。


・ブッシュ大統領は米軍長期駐留を目論む

 ネグロポンテ国務副長官は28日の記者会見で、「小康状態を長続きさせるには、政治的妥協が必要だ」と強調。旧フセイン政権幹部の復帰や、石油収入の公平な分配、地方選挙の実施の3点を法制化することを要求した。しかし、イラク政界にはそれを受け入れる機運はまったくない。マリキ首相は25日、上記3案件の1つ、旧フセイン政権幹部の復帰法案を議会に提出したが、シーア派議員の反対で直ちに否決された。反米強硬派のサドル師派の議員が反対の中心だった。

 イラク治安部隊の強化が治安維持の1つの鍵だが、これも遅れている。米軍はイラクの18省のうち、14省の治安維持権限を今年中にイラク軍に引き渡す計画だった。しかし、今までにイラク軍に引き渡したのは8省、年内に合計9省しか引き渡しできない。イラク治安部隊は、軍が16万人、警察が33万人、合計49万人と数は増えた。しかし、指導者の不足、過剰な宗派意識、装備の不足など多くの問題をかかえ、単独で作戦を展開する能力を持つ部隊は少数だという。

 ブッシュ大統領は26日、マリキ首相とのテレビ会談で「米イラク友好と安保協力の原則」に署名、来年7月までに実施細目の交渉をまとめることで合意した。内容は明らかになっていないが、米軍のイラク長期駐留の交渉開始宣言であるのは間違いない。国連決議に基づく現在の駐留米軍を08年末まで維持し、その後は、イラクとの2国間協定で3万人余りを長期駐留させる計画と見られている。イラクの治安維持を支援するとともに、中東全域を睨む橋頭堡の役割を持たせる考えのようだ。


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