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北朝鮮のウラン核開発、米の判断後退
持田直武 国際ニュース分析

2007年3月18日 持田直武

米情報機関が北朝鮮のウラン核開発に関する判断を後退させた。国家情報省の北朝鮮担当官が議会で「中程度の確信」と証言。従来の「強い確信」から後退した。新判断は、ウラン核開発が存在しない可能性も含むという。北朝鮮のウラン核開発疑惑が浮上して4年余、同疑惑が原因で、米朝枠組み合意が破綻、北朝鮮は核実験に走った。判断の後退は、北朝鮮の立場を有利にするのは確実。イラクの大量破壊兵器問題に次ぐ、米情報機関の失態になりかねない。


・北朝鮮が核実験をしなかった可能性も

 北朝鮮のウラン核開発問題は02年10月、訪朝した米のケリー国務次官補と北朝鮮の姜錫柱外務次官の会談で表面化した。米側の発表では、ケリー次官補が証拠を示すと、姜外務次官が認めたという。北朝鮮は一貫して否定するが、ブッシュ政権は、核開発の放棄を約束した米朝枠組み合意に違反すると主張。報復として、同合意で約束した年間50万トンの重油提供を停止。これに対し、北朝鮮はプルトニウム核兵器開発を再開。6カ国協議で解決を目指すが、事態は悪化の一途をたどり、北朝鮮は昨年10月、核実験を実施した。

 ところが、米国家情報省は最近、この発端となったウラン核開発に関する判断を後退させた。国家情報省の北朝鮮担当官デトラニ氏は2月27日の上院軍事委員会公聴会で、議員側が「ウラン核開発の最新情報」を質問したのに対し、次のように答えた。「ウラン核開発計画は依然存在するとの確信がある。一時は『強い確信(High Confidence)』を持ったが、現在は『中程度の確信 (Mid-Confidence ) 』になった」。ニューヨーク・タイムズによれば、情報機関が「中程度の確信」と言う場合、情報の解釈がさまざまで、十分な裏づけがなく、まったく違う見方もあることを意味する。

 デトラニ氏の説明には曖昧な点が残るが、一連の事態の発端となった判断が誤っていたとすれば、ブッシュ政権の責任は重大になる。軍事委員会のレービン委員長はライス国務長官とゲーツ国防長官に対し「経緯を糾す」文書を送った。3月1日のニューヨーク・タイムズは政府高官2人が「ブッシュ政権が02年当時、現在と同じ判断をしていたら、交渉戦略は違ったものになり、北朝鮮は核実験をしなかった可能性もある」と語ったと報道。イラクの大量破壊兵器問題に次ぐ、ブッシュ政権の失態として追求されかねないことになった。


・中韓は早くから米の判断に疑問を表明

 これに対し、ネグロポンテ国務副長官は2日、東京の米大使館で記者会見し「ウラン核計画が過去にあったと『強い確信』がある。しかし、同計画の現状については『中程度の確信』だ」と説明した。核開発計画を02年当時と現在の状況に分け、それぞれの状況に対応する判断を出したもので、後退でも、間違いでもないという主張である。しかし、CIA(中央情報局)は02年11月「北朝鮮は早ければ5年後、毎年核兵器2個分、あるいはそれ以上の濃縮ウランを生産する」と議会に報告した。情報機関がこの判断から後退したのは明らかだった。

 米情報機関の判断について、韓国、中国は早くから疑問を隠さなかった。ブッシュ政権がウラン核開発の存在を主張する根拠の1つは、02年10月3日からのケリー国務次官補と姜錫柱外務次官の会談で、同次官が存在を認めたということだ。同政権はこの会談の2週間後、これを公表した。その直後、韓国統一省の高官は記者団に「米側の誤解ではないか」と発言、メディアが大きく伝えた。米側が朝鮮語の複雑な言い回しを誤訳したのではないかというのだ。03年6月には、中国の周文重外務次官がニューヨーク・タイムズのインタビューで「米の主張には疑問がある。計画の存在を証明する証拠も示していない」と語った。

 これらの疑問に答え、米国務省は03年1月、ワシントン・ポストの編集者と記者を招いて、ケリー・姜錫柱会談の模様を説明した。それによれば、米側はケリー次官補、プリチャード朝鮮問題担当特使などのほか、朝鮮語に堪能な通訳3人が同行した。ケリー次官補が米側収集の証拠を示して迫ると、姜錫柱次官は最初否定したが、翌日50分余り北朝鮮の立場を主張。その中で「ウラン核計画の存在を認めた」という。ケリー次官補とプリチャード特使はその場で互いにメモを見せ合い、「通訳は間違いないか」、「大丈夫だ」と確認し合ったという。


・判断後退で北朝鮮に退路を与える

 米がウラン核開発の存在を主張するもう1つの根拠は、北朝鮮がパキスタンから核開発用の資材を購入したことだ。CIAが02年6月にまとめたNIE(国家情報概観)によれば、北朝鮮は「97年頃から、ウラン濃縮用の遠心分離機や核爆弾の設計図をパキスタンから購入。01年からウラン濃縮を開始した」という。パキスタンのムシャラフ大統領も05年9月に出版した回顧録で「核開発の責任者カーン博士が北朝鮮に高速遠心分離機を10台余り売った。99年頃、同博士と北朝鮮関係者の取引を確認した」と述べ、CIAの主張を裏付けた。

 だが、大統領は同時に核爆弾の設計図については「売った証拠はない」と主張、ウラン核兵器開発を否定する北朝鮮に有利な状況も生んでいる。北朝鮮が遠心分離機を購入したが、平和利用が目的だったと主張できる余地が生まれたのだ。米情報機関がウラン核開発の判断を後退させたことが、この余地をさらに広げた。5日のニューヨーク・タイムズは「政府高官はこの結果、北朝鮮がメンツを潰すことなく、すべての核計画を申告すると期待している」と伝えた。情報機関の判断後退を北朝鮮のいわば退路にすることになる。

 6カ国協議は19日から北朝鮮のすべての核計画を協議する。北朝鮮がその中にウラン核開発を含めるかが、当面の焦点だ。北朝鮮がその存在を否定すれば、紛糾は避けられないが、米情報機関の判断の後退で、北朝鮮が何らかの対応をする道が開けた。前向きに対応すれば、協議を阻む壁が1つ低くなるが、これで終わるわけではない。疑惑の浮上後、北朝鮮は40キロ余りもの核兵器用プルトニウムを生産、核実験も実施した。朝鮮半島の非核化のためには、これも廃棄しなければならない。ブッシュ政権が疑惑の浮上当時、現在と同じ判断をしていれば、避けられたかもしれない重荷である。


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