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米英で奴隷制を反省し、謝罪する動き
持田直武 国際ニュース分析

2007年4月8日 持田直武

奴隷制や先住民に対する迫害を反省する動きが広がった。バージニア州議会が2月、「深く遺憾とする決議」を採択。続いてメリーランド州、ノースカロライナ州も採択。ジョージア州など6州でも同様の動きが起きている。連邦議会でも、民主・共和両党議員が謝罪と補償を検討する決議案を提出。英国教会も奴隷を所有した過去を反省した。日本政府に謝罪を求める従軍慰安婦決議案が影響を受けるのは必至である。


・反省と謝罪の動きが米英に拡大

 バージニア州議会は2月24日、奴隷制と先住民の迫害を「深く遺憾とする決議」を満場一致で採択した。奴隷の曾孫にあたる2人の民主党議員が提案した。決議は「アフリカ系住民の奴隷化は史上最悪の人権侵害であり、米建国の理想に反する」と強調。「奴隷制廃止後も、アフリカ系住民に対する偏見や差別を生む原因となった」と現在も影響が残ることを認めた。また、米先住民に対する搾取も認め、深い遺憾の意を表明した。同州は1607年、米大陸初の定住入植地としてスタートし、今年はその400周年。数々の記念行事が続くが、決議はその中の1つとなった。

 同様の動きが米各地に拡大している。メリーランド州が3月26日、ノースカロライナ州が4月5日、バージニア州とほぼ同様の決議をし、奴隷制の制度化に州が関与したことなどを認めて、州として遺憾の意を表明した。このほか、ジョージア州、ニューヨーク州、デラウエアー州、ミズーリ州、マサチューセッツ州、バーモント州など6州が同様の決議採択を検討している。また連邦議会でも、下院に奴隷制謝罪の決議案と補償を検討する委員会設置を要求する法案。上院には、米先住民に対する迫害を謝罪する決議案が提出されている。

 同じ動きは英国でも起きた。エリザベス女王を首長とする英国教会は3月24日、教会が奴隷を所有した過去を反省。ブレア首相も去年11月、新聞に寄稿し「深く恥じる」と表明した。英国は17世紀から18世紀、大量のアフリカ住民を新大陸に運ぶ奴隷貿易で巨額の利益をあげた。しかし、国内の反対が高まって1807年に奴隷貿易を廃止。今年はその200周年で、3月27日にはウエストミンスター大聖堂で、エリザベス女王とブレア首相が参加して式典を開催。政府はアフリカ諸国支援のため、副首相を座長とする委員会を発足させた。


・今なぜ反省と謝罪なのか

 米政府が過去の行為を反省し、謝罪した例はないわけではない。最近の例では、レーガン政権時代の1988年、太平洋戦争中の日系移民強制収容に謝罪、生存者に2万ドルの補償をした例。クリントン政権時代の93年、19世紀末のハワイ併合にあたって、当時の米政府がハワイ王朝の崩壊に関与したことを認めて謝罪した例などがある。奴隷制と先住民の迫害についても、これまで謝罪や補償要求の動きはあったが、今回のように州議会レベルで次々に決議する動きが出たのは初めて。連邦議会でも、上下両院で決議が採択されるとの見方が多い。

 連邦議会では、下院に民主党コーエン議員が同僚議員36人と共同提案した「奴隷制に謝罪する決議案」。民主党コンヤーズ議員が提案した「奴隷制の補償を検討する委員会設置法案」。上院には、共和党保守派の大統領候補、ブラウンバック上院議員が共同提案者5人と提出した「先住民に謝罪する決議案」の3案が出ている。コンヤーズ議員は1989年から同法案を出し続けているが、審議の対象にならなかった。しかし、今年は州議会で決議が相次いでいることや、同議員が下院法務委員長に就任、法務関係の法案上程の責任者になったことで、採択は確実と見られている。

 また、共和党のブラウンバック上院議員も「先住民に謝罪する決議案」を提出するのは、これが5回目。05年に上院先住民委員会で可決されたが、上院指導部の判断で本会議上程は見送りになった。内容は「先住民は数千年にわたって米大陸に住み、建国当初ひ弱だった米国を助けた。米政府はその恩を忘れて先住民との条約を破り、土地を奪った。その結果、先住民は今も苦境に立っている」と指摘。大統領と議会の謝罪を要求している。先住民の中には、居留地で生活している住民も多い。ブラウンバック上院議員のような有力議員が謝罪決議の先頭に立つ影響は大きい。


・従軍慰安婦決議案への影響は必至

 奴隷制決議案、先住民決議案とも、連邦議会が決議すれば、補償要求の動きを勇気付けるのは間違いない。それは、国内だけでなく、アフリカ諸国など海外の動きにも波及しかねない。米国内では、1994年に「補償を要求する黒人連合」という団体が組織され、奴隷の子孫に対して8兆ドルの補償要求を掲げたことがある。また、ファーマーペルマンという女性法律家が2000年3月、保険会社を相手取って補償要求の訴訟を起こし、現在も続いている。対象となった企業は銀行、繊維、鉄道、たばこなど一時20社に広がった。

 この米国内の動きに対して、海外からも補償要求が出ている。2001年、国連が南アフリカで開催した世界人種差別反対大会では、アフリカ諸国が欧米諸国に対して、奴隷制度に関して明確な謝罪と補償を要求する声が相次いだ。ブッシュ大統領は03年7月、セネガルを訪問した際、奴隷船の出港地ゴリー島まであえて足を伸ばし、「歴史上最悪の犯罪だった」と述べて遺憾の意を表明した。アフリカ諸国の要求を避けて通れなくなったのだ。英政府が3月、副首相を座長とするアフリカ諸国支援委員会を発足させたのも、このためだった。

 この雰囲気の中、ホンダ下院議員が日本に謝罪を求める従軍慰安婦決議案を今年も提出した。これまでは提案しても、委員会審議にも至らなかった。これは、奴隷決議案や先住民決議案も同じだった。しかし、今回は米国内の雰囲気が変わった。連邦議会の公聴会で、従軍慰安婦が証言した影響も計算に入れなければならない。安倍首相は26日から訪米してブッシュ大統領と会談するが、その席でたとえ慰安婦問題が出なかったとしても、記者会見では、米記者団から容赦のない質問が出かねない。日本にとって、状況がこれ以上悪化しないことを願わずにはいられない。


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