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米朝関係正常化、ブッシュ政権のラブコール
持田直武 国際ニュース分析

2007年5月20日 持田直武

ブッシュ政権が対北朝鮮政策を180度転換、金融制裁解除に続いて、北朝鮮をテロ支援国の指定から解除する動きや、平和協定を結ぶ案など一連の柔軟姿勢を見せている。テロ支援国の指定解除では、日本人拉致問題の解決を前提条件からはずした。この同政権のラブコールに対し、北朝鮮は音なしの構えを続けている。


・金正日政権に対する姿勢を180度転換

 ブッシュ政権の姿勢転換は昨年11月18日、ハノイで開催された米韓首脳会談で明らかになった。スノー報道官の説明によれば、ブッシュ大統領はこの席で「北朝鮮が核計画を放棄し、今後再開しないなら、我々は朝鮮戦争の終結宣言をはじめ、経済、文化、教育面など全ての分野で協力する用意がある」との新方針を表明。その上で、同大統領は「そうすることが、北朝鮮国民のためになり、北朝鮮政府のためにもなると考えている」という見解を付け加えた。

 ブッシュ大統領がこの発言をした当時、同政権は北朝鮮の核問題とイラク情勢の悪化で苦境に立っていた。1年前の05年9月、北朝鮮は6カ国協議の共同声明で、核兵器と核開発計画の放棄に合意した。ところが、米がその直前、北朝鮮に金融制裁を科したことが判明。反発した北朝鮮は翌06年7月、ミサイルを発射。続いて10月には、核実験を強行した。一方で、イラク情勢も深刻化、ブッシュ大統領の支持率は低下して、共和党は11月の中間選挙で大敗した。

 こんな中、ブッシュ大統領が打ち出した新方針は、基本的には05年9月の共同声明の具体化をねらうものだった。そして、そのためには、金正日政権に協力するという姿勢を示し、「そうすることが、北朝鮮政府のためにもなる」との見解を表明した。同大統領はかつてワシントン・ポストのインタビューで、金正日総書記個人に対する「嫌悪感」を露わにし、「金正日政権の悪行に対して褒章を与えるようなことはしない」との強硬姿勢で一貫していた。新方針は、この強硬姿勢を180度転換したものと言ってよいだろう。


・テロ支援国の指定解除に道を開く

 この新方針に基づく最初の措置が、金融制裁の全面解除である。制裁は北朝鮮が偽ドル製造をはじめ各種違法行為で得た資金をマネーロンダリングしたことに対する懲罰措置の筈だった。だが、ブッシュ政権は3月14日、違法行為の捜査を終結。5日後、バンコ・デルタ・アジアの北朝鮮の資金2,500万ドルの凍結も解除した。同事件では、偽ドル行使の容疑でマカオのギャングやアイルランド労働党のガーランド党首など50人余りが逮捕、起訴された。しかし、ブッシュ政権が捜査を終結、証拠の資金凍結を解除したことで、事件は裁判もしないまま立ち消えになる。

 ブッシュ政権は金融制裁に続いて、北朝鮮をテロ支援国の指定から解除することも目指している。米は88年から毎年北朝鮮をテロ支援国に指定、貿易や金融支援、開発援助などを禁止してきた。このため、ブッシュ政権が北朝鮮と国交正常化するには、解除が不可欠となる。これを反映して、国務省は4月30日公表のテロ支援国指定07年度版の報告書で、北朝鮮を支援国とする理由を大幅に変更した。その上で「米政府は6カ国協議合意に基づいて北朝鮮を指定から解除する作業を始めることで合意した」と同報告書に書き加えた。

 同報告書の06年度版では、北朝鮮をテロ支援国とする理由として、日本人拉致問題の経緯や「よど号」ハイジャック犯の赤軍派4人を匿っていることを記述。さらに、韓国人485人も拉致されたと推定されるほか、日韓以外の国籍の被害者が存在するとの信頼すべき報告もあると記述していた。しかし、07年版では、赤軍派と日本人拉致問題の短い記述だけが残され、韓国人拉致被害者や他の国籍の拉致被害者の記述はすべて削除された。国務省が、拉致問題は日本と北朝鮮の2国間の問題と位置付け、テロ支援国の指定解除に道を開いたことを示している。


・鈍い北朝鮮の反応

 ブッシュ政権が米朝関係から拉致事件を切り離したことは4月27日の日米首脳会談ではっきりした。下村官房副長官は5月14日の記者会見で、ライス国務長官が同首脳会談で「拉致問題の解決は北朝鮮をテロ支援国指定から解除する条件ではない」と語ったことを明らかにした。安倍首相がブッシュ大統領に「拉致問題解決を解除の前提条件にするよう」求めたのに対し、同席したライス長官が「米国が拉致の被害にあったわけではない。条件にはならない」と答えたというのである。

 ブッシュ政権の新方針は、韓国にも影響を及ぼしている。中央日報によれば、米のバーシュボウ駐韓大使は16日、ソウルの昼食会で「米韓両国が北朝鮮に対する抱擁政策(太陽政策)で緊密に協力し、北朝鮮を改革・開放に導かなければならない」と強調した。ブッシュ政権の新方針に基づく発言だが、同政権はこれまで抱擁政策は金正日政権の延命に役立つだけとして反対してきた。米の政策転換で、韓国政府や与党ウリ党内には朝鮮戦争を終結するための米韓中ロ外相会談構想や今年9月オーストラリアで開催するAPEC会議に金正日総書記を招く案なども浮上している。

 だが、こうしたブッシュ政権や韓国のラブコールに対し、北朝鮮の動きは鈍い。米は金融制裁を解除したが、北朝鮮はバンコ・デルタ・アジアから資金を送金できないことを理由に核施設の活動停止に応じず、6カ国合意の履行は停止したままだ。5月に入って、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなど米のメディアは「北朝鮮は米から譲歩を引き出すだけで、自らは何もしていない」と批判のトーンを高めた。バーシュボウ大使は9日の京郷新聞のインタビューで「来年中に朝鮮戦争を正式に終結し、平和体制を確立したい」と語ったが、単なる夢に終わらないとの保証はない。


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