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イラク戦争 米軍撤退をめぐる攻防
持田直武 国際ニュース分析

2007年5月3日 持田直武

米軍撤退問題が米政治の中心に浮かんできた。米議会は4月末、民主党提案の撤退案を可決したが、ブッシュ大統領が拒否権を行使して葬った。だが、民主党は断念せず、再提案の機会を窺がっている。鍵は今後のイラクの状況。このまま、治安状況の悪化が続けば、同大統領も撤退を呑まざるを得ない。だが、その時、イラクはどうなるのだろうか。


・米、イラク双方から撤退の要求

 議会が4月末可決した米軍撤退案は、戦闘部隊の撤退を10月1日までに開始し、来年4月1日までに完了する。残留させる場合、その任務はテロ組織の掃討やイラク軍の訓練に限定するという内容。投票の結果、下院は218対208、上院は51対46で可決。上下両院とも共和党議員2人が撤退支持にまわった。民主党はこの撤退案をイラク・アフガニスタン戦費の追加予算と抱き合わせにし、ブッシュ大統領が拒否権を行使すれば、戦費も廃案になるようにして拒否権行使を牽制した。しかし、同大統領は5月1日躊躇せずに拒否権を行使、戦費もろとも葬った。

 ブッシュ大統領が撤退を拒否するのは、米軍増強で状況が好転しかけているとの認識からだ。そんなとき、撤退を決めるのは「将軍に手錠をかけて敵に降伏の日を知らせるのと同じ」と主張。(25日ホワイトハウス声明)。これに対し、民主党は「米は敗れた」(19日リード上院院内総務記者会見)と全く逆の見方だ。従って「早く撤退するべきだ」(24日バイデン上院外交委員長発言)ということになる。4月初めの世論調査で、ブッシュ政権のイラク政策支持は32%に下落、撤退を主張する民主党支持が60%に上ったことも、民主党を強気にしている。

 イラクでも、シーア派の反米強硬派サドル師が16日、米軍撤退を要求して同派の閣僚6人を内閣から引き揚げた。同師はかねてからマリキ首相に対し、米軍撤退の期日を決めるよう要求。同首相は応じなかった。サドル師は昨年4月、議会がマリキ首相を選出した際、自派の議員30人を動員してマリキ政権の成立に貢献。6閣僚を同政権に送り込んで協力したが、米軍撤退を始めとする対米政策ではしばしば対立した。今後も治安の悪化が続き、イラク国民の反米感情が高まれば、米軍撤退を要求するサドル師の立場が強まるのは間違いない。


・米軍増派の評価を出す9月が転換点か

 撤退案はブッシュ大統領が葬ったが、民主党がこれで引っ込むわけではない。30日付のロサンゼルス・タイムズは、この撤退案は民主党が今後さまざまな形で繰り出す撤退要求の前奏曲で、9月が攻防の転換点になると伝えた。9月は、イラク駐留軍のペトラエス司令官が米軍増派の効果について報告する。また、米議会の来年度予算審議が山場を迎える。増派の効果が評価できない内容となった場合、国内世論は撤退支持にさらに傾き、ブッシュ大統領の立場は弱まる。その結果、共和党議員の中から撤退支持にまわる議員が増えると見られるのだ。

 議会が4月末、撤退案の採決をした際、共和党のコリンズ上院議員はブッシュ大統領支持の立場から撤退に反対した。しかし、記者団には「イラク政府が国内を安定させることが出来ないなら、来年は撤退するべきだ」と語った。上記のロサンゼルス・タイムズによれば、共和党内の穏健派の何人かは「米軍増派が目ぼしい結果を出さない場合、民主党に同調して撤退案に賛成する」と警告しているという。今回の撤退案は支持が上下両院とも3分の2に届かず、ブッシュ大統領の拒否権を覆せなかった。しかし、イラクの状況次第で変わる可能性があるのだ。

 その鍵となるのは、米軍増派の効果に関する報告だ。ペトラエス司令官は4月末記者団に対し「報告は強気でもなければ、弱気でもない。中間的な内容になるだろう」と説明した。これに対し、共和党の主導部からは「ニュアンスの違いだけで脱落する議員を食い止めることは出来ない。イラク戦争支持を続けさせるための劇的な証拠が必要だ」との声があがった。しかし、今のイラクで、劇的なことと言えば、イラク人と米兵双方の死者が毎日増えていることだけだ。増派によってこれを覆すことになれば、評価できるが、今のところそのような兆しはない。


・イラク政府に責任を押し付けて撤退か

 民主党とブッシュ大統領の対決で、一致している点もある。イラク政府が治安維持と政治の両面で十分な努力をしていないと見ていることだ。米国防総省の3月の報告によれば、イラク治安部隊は公表33万人。しかし、実際の在籍数は、半分か3分の2だという。長期休暇、あるいは除隊した兵士の補充をしない。兵士は4週間勤務して1週間の休暇を取る。この結果、部隊の4分の1の兵士が常に休暇という事態になる。志願すれば兵士になれるが、除隊も自由、自宅から離れた地域の勤務を拒否するという。これに治安の維持を託すのは無理ということになる。

 政治問題でも同じだ。ブッシュ政権はこれまでマリキ首相に対して、宗派間の対立を解消するため3つの対策を要求してきた。1つは、石油収入を平等に配分すること。2は、旧バース党員の公職復帰を認めること。3は、選挙で州政府を組織すること。これによって、スンニ派の不満を和らげ、同派武装勢力の活動を押さえようとした。9月のペトラエス司令官の報告までに、この1つでも実行すれば、米世論に与える影響は大きい。しかし、マリキ政権にはその力がない。閣議で石油の平等配分を決めても、議会の承認を取り付けることができない。

 民主党はこうしたイラクの状況と米軍撤退を組み合わせてブッシュ大統領に迫る計画だという。そして、同大統領が応じない場合、駐留経費の削減をする。ベトナム戦争では1974年、議会が駐留米軍の定数と経費の削減を議決、当時のフォード大統領がこれを受け容れた。議会が駐留経費を削減すれば、ブッシュ大統領も撤退を受け容れざるを得なくなる。だが、その場合のイラクの混乱は想像を絶するものになるかも知れない。その場合でも、米国内では、イラク政府が治安維持の努力をしなかったからだという主張が通るだろうか。


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