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6ヶ国協議 行方混沌
持田直武 国際ニュース分析

2008年5月6日 持田直武

ブッシュ政権が「北朝鮮とシリアの核開発協力の証拠」を公開した。事実とすれば、北朝鮮は核放棄を約束しながら、核技術の海外移転を謀ったことになる。同政権が6カ国協議の成果を覆しかねない、このような証拠を今になって公開したのは何故か。


・稼動すれば年1−2個の核爆弾生産

 米情報機関は4月24日上下両院の情報関係合同委員会で「北朝鮮とシリアの核開発協力」について説明、証拠の写真も公開した。それによれば、米情報機関が北朝鮮とシリアの不審な動きに気付いたのはクリントン政権時代の1997年だった。北朝鮮の核開発担当の技術者たちがしばしばシリアを訪問。01年には、方形の建物がユーフラテス川の河岸に出現した。そして昨年夏、米と連携して動いていたイスラエル情報機関が建物内の写真を入手、原子炉の建設を確認したという。

 米情報機関は24日の説明の際、これら写真も公開。建物内の原子炉が北朝鮮の原子炉と瓜二つであること。また、北朝鮮の核施設責任者とシリアの関係者が並んで写っている写真があることなどから両国の核開発協力を確信したと強調した。この原子炉は昨年9月6日、イスラエル空軍機が爆撃して破壊、今は痕跡もない。米CIA(中央情報局)のヘイドン長官は4月28日「破壊しなければ、数ヶ月後に完成し、年間1個か2個の核爆弾用プルトニウムを生産できた」と語った。

 北朝鮮とシリアは米側の主張をでっち上げと否定している。だが、事実とすれば、北朝鮮は核放棄を約束する一方で、核技術の海外移転を謀っていたことになる。ただ、米が今回公表した証拠だけでは、両国の協力が核兵器の製造まで目指したものと断定するのは性急すぎるとの意見もある。核兵器製造には、原子炉のほか、使用済み燃料棒を再処理してプルトニウムを取り出す再処理施設が必要だ。しかし、シリアの建物内とその周辺で、それらしい施設はなかったという。


・証拠の公開は強硬派が仕掛けた

 ブッシュ政権が今何故この証拠を公開したのかについても憶測がある。ブッシュ大統領自身は4月29日ホワイトハウスで記者団に対し「公開は北朝鮮とシリア、それにイランに対する警告だった」と語った。「我々が北朝鮮とシリアの核協力について如何に詳しく知っているかを知らせ、何も隠すことはできないと悟らせるためだった」という。つまり、北朝鮮が6カ国協議で約束した核計画の申告を正確に行なわざるをえないようにするためのメッセージという説明だ。

 だが、このブッシュ大統領の説明も納得できない向きが多い。核計画の申告のためなら、ヒル国務次官補が北朝鮮の金桂寛外務次官との交渉の席でこれら証拠を示して正確な申告を要求するのが常道だ。しかし、米が今回のように北朝鮮に不利な証拠を一方的に公開すれば、交渉が困難になるのは間違いない。USニューズ&ワールドリポート誌(電子版)は4月28日「証拠の公開は米朝合意を危機に陥れた」と述べ、今回の公開は米の強硬派が交渉の妨害を狙って仕掛けたものと伝えた。

 ブッシュ政権が核計画の申告をめぐって妥協派と強硬派に分裂していることは知られている。妥協派のヒル国務次官補は4月8日金桂寛外務次官とシンガポールで会談。北朝鮮が核計画の申告をする場合、プルトニウム核開発を重視し、ウラン核開発やシリアとの核開発協力を事実上枠外とする妥協案に合意した。強硬派はこれに不満で、今回の証拠公開はこの妥協案を葬る狙いがあったという。USニューズ&ワールドリポートはこの公開でヒル次官補の交渉は困難になり、辞任説もあると報じた。


・証拠の公開がブッシュ大統領の期待も砕く

 こうした交渉困難説の一方で、交渉は順調に推移しているとの情報も流れている。その1つ、AFP通信は5月2日韓国政府高官の話として「北朝鮮が2週間以内に核計画の申告をする」と次のように報じた。「北朝鮮は2週間以内に核計画の申告を6カ国協議議長国の中国に提出する。これを各国に配布したあと、6カ国協議が5月中にも開催される」。この韓国高官はさらに「米国はこれと並行して、北朝鮮をテロ支援国の指定と敵国通商法の適用から解除する措置を取る」と語った。

 北朝鮮も交渉促進を促す情報を発信した。5月2日のワシントン・ポストによれば、北朝鮮当局者は4月22−24日に訪朝したソン・キム国務省朝鮮部長に対し「米がテロ支援国指定を解除すれば、24時間以内に寧辺の原子炉冷却塔を爆破して使用不能にする」と約束した。北朝鮮がブッシュ政権内の交渉促進派にエールを送ったのだ。同政権がクリントン前政権の米朝枠組み合意を破棄し、金正日政権と力で対決したことを思えば、皮肉なめぐり合わせと言わざるをえない。

 ブッシュ大統領は任期残す所8ヶ月。内政、外交両面で実績もなく、5月1日のCNNの世論調査では、不支持率71%で近年の大統領の最低。可能なら、北朝鮮の核問題に見通しをつけて実績としたいに違いない。しかし、ヒル国務次官補がまとめたシンガポール合意のような内容では、政権内外の強硬派が納得しない。そんな状況下、北朝鮮とシリアの核開発協力の証拠公開はシンガポール合意とともにブッシュ大統領の期待も砕いたと言えるかもしれない。


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