ニューヨーク暮らしことはじめ
嵐の中を、車は進む

はじめてのドライブ

といっても、私が運転したわけじゃないんだけどね。
慣れない英語の筆記試験と実技試験に合格し、めでたくアメリカの運転免許を取得した新任駐在員Kさんのドライブ旅行に、同乗することになったのだ。
Kさん以外は誰も運転できないという、かなり危ないグループで。

レンタカーを借りて、ニューヨークの北に突き出た、ロングアイランドの先っちょまで行ってみることにした。 ロングアイランドは、ニューヨーク郊外の高級住宅地、避暑地でもある。夏は海水浴、秋は紅葉、最近はワイナリーツアーも大流行。一度は行ってみたい所だ。
「でも、冬には向かないんじゃない?」
「雪が降り出す前に、運転に慣れておきたいんだって」

ま、しょうがないね。行けば何かあるかもしれないし。 というわけで、読みにくい一枚の地図を頼りに、マンハッタンを出発した。
「トンネルをくぐればすぐ、ロングアイランドに向かう高速道路に出るはず…」

ところがなぜか、あっという間に高速道路から降りてしまった。標識に従って進んだつもりだったのに。
「高速道路の下を追っかけていけば、また入り口があるよ」
「街の景色を楽しみながら、ゆっくり行けばいいじゃん」
ちょっと焦るKさんに、私たちは声をかける。

高速道路を追いかけながら裏道を行く。一方通行が多くてなかなか思った通りに進めない。曲がろうとするたびにワイパーが動いてしまう。ウインカーとワイパーのスイッチが、日本の車と逆だからね。
「あ、間違えた」「あっ、また一通だ」
でも、誰も助けてあげられない。顔は笑って心はドキドキの私たち。

そのうち車は、倉庫のような建物が立ち並ぶ界隈に入ってしまった。ギャング映画のロケができそうな雰囲気だ。地名表示を見て思わず私は言った。
「この辺って、この前有名なラップミュージシャンが殺されたところじゃない…?」 シーンとする車内。わーん、バカバカ。何でそんなこと言っちゃったんだろう。

でもそこからすぐメインの道路に出られて、無事高速に乗ることもできたんだけどね。今思い出せばあの一帯は、この前行ったハーレムよりもゴミが少なくて、ずっと街はきれいだったけど。

冬の風に回る大きな風車

高速を快調に飛ばして北を目指す。細い半島の真ん中を通る道路なんだけど、道の両側に木が茂っていて、見晴らしは余りよくない。
やがて、ハンプトンという古い避暑地に着いた。適当にくねくね走ってコロニアル様式のお屋敷を見て回る。よく手入れされた広い庭のある、暖炉の煙突付きの大きな家がたくさん。マンハッタンのこちゃこちゃしたアパート群とは大違いだ。
メインストリートにはアンティークや有名ブランドのブティックが並び、街はとてもきれい。通りの中心に大きな風車があって、開拓時代を偲ばせる。
「インディアンはこの辺の土地を、白人にタダ同然で取られちゃったんでしょ?」
「お酒を飲まされて、イエスと言わされたらしいよ」
私たちも気をつけなくっちゃね。
きれいに造られた、ハンプトンの街並み

通りを歩いている人にイタリアンレストランを教えてもらった。ゆっくりゆっくり出てくるシーフード料理を食べていたら、もう夕方になってしまった。風が吹きすさぶ海岸をちょっとだけ散歩して、あまりの寒さに車に逃げ込む。
「車から出られないね」
「マンハッタンに帰って、なんか温かいもの食べようよ」
「それがいいね、さあ、帰ろっか…」
迫力の荒れた海

冬の日暮れは早くて、4時過ぎには暗くなる。そんな中、帰り道の標識を見つけられるかどうか、だいぶ不安な私たちである。アメリカの道路標識はけっこう不親切。分岐点や行き先を示す表示が突然現れるので、英語を読んで理解して車線を変更するのは、時には命がけのことだってあるのだ。おまけに雨までザーザー振り出して、前がよく見えない…。

対向車のライトに目がくらみ、ハンドルを握りしめるドライバー。車内灯の暗い明かりで、必死で地図を読むナビゲーター。それを後ろからハラハラしながら見守る私…。いやはや、スリリングなドライブでありました。

雨も止み、川の向こうにエンパイアステートビルの灯かりが見えた時には、本当にほっとした。まだ4ヶ月しか住んでいないけれど、懐かしいマンハッタン。地下鉄とバスでどこにでも行ける便利な街…。

川底トンネルをくぐってマンハッタンに入ったとたん、狭まる道路、あふれる人、両側からのしかかるようなビル群に歓声を上げる私たちだった。
「きゃー、マンハッタンってごちゃごちゃしてるねえ」
人も車もネオンもあふれるマンハッタン

安心しちゃったのか、Kさんは交差点で左折して、反対側の車線に入ってしまった。真正面に対向車が見えた時には、ビックリ仰天。すぐにハンドルを切って事なきを得たけれど、その時ワイパーがぶんぶん動いていた。Kさん、よっぽど慌てたらしい。

車を返したあとで行った日本食居酒屋で飲んだチューハイはおいしかった。ドライブ中はドライバーに遠慮してお酒が飲めないのがやっぱり辛い。
「また行こうね」と笑顔で言いながらも、「今度は電車で行こう」と思った私だった。前を通り過ぎるだけだったけど、道中ワイナリーの看板がいっぱいあったんだもん。次は泊りがけの、ワイナリー巡りを計画しよう。ふふふ。

written by 篠田なぎさ(⇒ プロフィール



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