ニューヨーク暮らしことはじめ
ショーばっかり見てちゃダメ、と言われます。へへへ。

ボランティアで教わるアメリカの良識

移民に言葉と文化を教えるボランティアプログラムに参加している。もちろん、私は教わる方だ。私が移民かどうかは、さて置いて。

行っているのは、高級住宅地のアッパーイーストにあるユダヤ教会で、そこの信者の人たちが先生だ。先生は、私の母親とおばあちゃんの中間くらいの年頃のマダムが多い。みんな、生粋のニューヨーカーで、専門的な職業を持って活躍していた人たちばかり。元医者、元編集者、元教師…。学位をいくつも持っていて、何ヶ国語も話せる人もいる。アメリカでも女性は主婦専業が普通だった時代から、バリバリやっていた人たちだ。

教会は、行くだけで「いい人」になれそうな気分になる

オペラにクラシック音楽、ヨーロッパ美術…。マダムたちは、芸術の話題が大好きだ。こっちの知識がおぼつかなくて、とても付いていけないんだけどね。旅行が好きなんて言おうものなら、もう大変。「どこに行った事あるのかしら? 私は季節ごとに南欧の別荘を借りて、3週間ずつ暮らしていたのよ」なんて言うんだから。

こういうマダム先生たちに、私は思いっきり下世話な話題を吹っかけてしまう。タブロイド誌のゴシップ記事や、流行のテレビ番組のこと。みんなたいてい、権威が高いニューヨーク・タイムスしか読んでいないし、テレビは公共放送しか見ない。 「どうして、こんなことが流行っているの?」と私が聞くと 「ええっ、そうなの? 私は知らなかったわ」とびっくりしている。その反応が素直すぎて、なんだかカワイイのだ。

タブロイド誌ニュヨーク・ポストの切抜きを私が見せると、マダムは悲しそうに首を振る。「ニューヨーク・タイムスも読んでね」
「もちろん。まずタイムスを読んでからポストを見ているから、安心してね」。 そうは言うけれど、実はタイムスは見出しだけしか読まないことも多い。だって、文章が回りくどくて記事が長いんだもの。
僕たち、ATTの携帯電話でース

私は、ポストの「ジョー・ミリオネア」という番組の記事を見せて、内容を説明する。ハンサムなお金持ちの花嫁の座を狙って、大勢の女性があの手この手で口説き落とすバラエティー・ショーだ。
「みんな、お金のためにそんな番組に出るんでしょうねえ。でもそれがアメリカ人の全てだと思わないでね」
私はちょっと得意になって言う。
「でもその番組、記録的にヒットしているんですって!」
「あらイヤだ、そうなの?」マダムは頭を抱える。
「最近は新聞も読まずに、テレビばかり見ている人が多いからねえ」

そこでマダムは気を取り直して、「keeping up with the Joneses」ということわざを教えてくれる。
「隣の家が車を買ったら、うちも車を買う。出来れば、もっと大きいのを。それがアメリカ人だと言われているの」
「友達がリッチマンと結婚したら、私はミリオネアーと、って教養あるお嬢さんでも思うんでしょうね。こういう番組が人気なのは、そういうことなのかしらねえ」
ちょっとシャイ、セントラルパークのお馬さん

質問を真剣に受け止めて、何とか文化的な話題に持ってこようとするマダム先生の努力には、頭が下がる。モタモタ喋る生徒のことだって、決して見下したりはしない。日本人なら歳が違うという事だけで、上下関係が出来ちゃうものだけど、そういうことも一切ない。日本の年功序列社会でやってきた私にとって、これはとても新鮮だ。こういう、相手をリスペクトする姿勢って、アメリカ人の心の豊かな部分なのかなあと思う。もちろん、それが感じられない人も今までたくさん接したけどね。このボランティアのマダムたちは、みんな持っていて、すごいなあといつも感心している。
寒いんで、飼い主のセーター、着てます

ちなみに、「keeping up with the Joneses」の、Jonesは、アメリカではすごくありふれた名前の例えなんだそうだ。このフレーズは、「隣の鈴木さんちに、追いつけ追い越せ」といった意味だろうか。「隣の芝生は青い」と隣家を羨む程度の日本人とは、アメリカ人の気質はだいぶ違うみたいだ。

written by 篠田なぎさ(⇒ プロフィール



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