ニューヨーク暮らしことはじめ
今年一番のお気に入りの帽子だったのに…

日傘と帽子、流行ってほしい

東京より緯度はずっと北にあるはずなのに、ニューヨークの陽射しはけっこう強い。
「今日もよく晴れているなー」私は窓から外を見て、悲しくなる。
「日に焼けちゃうじゃない」トホホホホ。

小さい頃から色黒と母親にののしられて育った私は、日焼けに強い恐怖心を持っている。日中に外を歩く時は影伝いに忍者のように行く。夏は日傘と帽子を絶対忘れない。自転車に乗るときには、手袋までしてしまう。日本にいたときにはね。

夏のニューヨークでは女の人は帽子をかぶらないし、日傘だって差さない。誰も帽子をかぶっていない街で、ひとり帽子をひらひらさせて歩くのはけっこう勇気がいるものだ。
「いいじゃん。個人主義のアメリカだし。人と違う格好していたって、誰も気にしないよね」
私は今年のシーズン前に東京のデパートで定価で買った、お気に入りの虹色の帽子をかぶって出かけた。ニューヨークの人のファッションって、モノトーンが基調だ。その中でこの帽子はすごく目立つだろう。

「今日は陽射しが強いから、どうしても帽子をかぶりたくって。エヘヘ」 待ち合わせに現れた私を見るMちゃんの冷たい視線を感じて、私はついつい言い訳してしまう。
「帽子かぶってると、遠くからでも日本人だってわかるのよね」と言うMちゃんは、明らかに私の帽子を嫌がっている。
「日本では、帽子も日傘も必需品なのよ。美白のための基本だものね。今年の流行はグレーや黒の日傘だったのよ。より強力にUVカットするからって」

「黒い日傘なんて、ヘンなのー」ここ何年も日本に帰っていないMちゃんには想像もできないみたいだ。
「夏に黒い傘なんて差したら、暑くってたまらないんじゃないの? 意味があるの?」
私には答えられない。なんで、黒い日傘を差していたんだっけ…。何だか自信がなくなって、私は帽子まで脱いでしまった。

最初は、肌を日光に晒しながら街を歩くのにはすごく抵抗があった。肌にしみが浮き出てくる音が聞こえてくるようだ。おまけにこちらは空気が乾燥しているので、肌も唇もすぐかさかさになってしまう。
「夏はまだマシよ。冬なんて、鼻血が出るくらい乾燥するわ」
ひょえー。くわばらくわばら。

暑い時は、公園でひと休み

ニューヨークに暮らしていると、日本人女性のあのしっとりしたきめ細かい肌は、日本のムシムシした気候が作ってくれるものだということがよくわかる。この陽射しと乾燥の中では、お肌はしみしみのシワシワになってしまうだろう。
でもニューヨークの人は、そんなこと全然気にしていないようだ。背中がどばっと開いた服を着て、サングラスだけで直射日光の下をてくてく歩いている。公園ではビキニ姿で日光浴している。もちろん背中や腕はそばかすやしみだらけだ。私もああなっちゃうのかな…? ちょっと恐ろしい気がする。

ニューヨークにいるうちは、肌の色も顔の作りも皆それぞれ違うので、多少日焼けしていようが、肌にしみやシワがあろうが、わかるこっちゃないだろうと思う。でも数年後日本に帰って友だちに久しぶりに会ったら、私はまるで玉手箱を開けた浦島太郎のように見えるんだろうなあ。

「だれか、ニューヨークで日傘と帽子を流行らせてくれないかしら」私が未練たっぷりに呟くと、Mちゃんが言った。
「自分で流行らせればいいのよ。うーんとおしゃれに帽子をかぶってさっそうとマンハッタンを歩けば、あれ、いいよねってなるかもよ」
自分で流行らせる…か。なんという強気の発想。 そんな度胸も無い私は、信号待ちの時は物陰に隠れ、ビル影にならない道は迂回して通らないという、日陰者暮らしをしております。

written by 篠田なぎさ(⇒ プロフィール



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