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北朝鮮の核危機(21) 北朝鮮の焦り
持田直武 国際ニュース分析

2004年4月26日 持田直武

訪中した金正日総書記が6カ国協議推進に貢献すると約束、中国は経済支援で応えるという。北朝鮮周辺では、米がPSI(拡散防止構想)や、イージス艦の日本海配備を推進、日本は特定船舶入港禁止法の制定を目指し、国連も北朝鮮の人権抑圧の実態調査を決めた。いわば、多角的包囲網が形成される。同総書記にとって、中国が最後の頼みの綱になったようだ。


・金正日総書記が6カ国協議に協力を約束

 北朝鮮の朝鮮中央通信(英文)は4月22日、金正日総書記と胡錦涛主席の会談について初めて公式に論評した。それによれば、注目の6カ国協議の部分は次のような内容である。「朝中両国は6カ国協議を協力して推進し、核問題の平和的解決のために貢献することで合意した。金正日総書記はまた、核問題を交渉で解決するとの立場を堅持し、最終目標の非核化を目指して6カ国協議の進展に貢献するよう忍耐と柔軟性を以って努力すると約束した」。北朝鮮が中国主催の6カ国協議に対して、このような協力姿勢を示すのは初めてである。

 中国主催の核協議は、03年4月の米朝中3カ国協議、過去2回の6カ国協議と続くが、北朝鮮はこれまで極めて冷淡だった。前回2月25日からの6カ国協議でも、議長国中国の期待を裏切る動きが目立った。協議最終日の2月28日、北朝鮮代表は中国がまとめた共同文書の内容に異議を提起。中国はこのため採択を中止し、格の低い議長声明にとどめざるをえなくなった。また、北朝鮮は6月末までの次回協議開催や、作業部会設置に賛成しながら、会議終了の翌29日になって、外務省が「このまま協議を続けても、問題解決の展望は持てない」という否定的な見解を発表し、中国の努力に冷や水を浴びせた。

 金正日総書記は今度の訪中で、その姿勢を一転させ、「6カ国協議の進展に貢献するよう忍耐と柔軟性を以って努力する」と約束した。朝鮮中央通信によれば、これに対して「中国側は北朝鮮の経済建設支援のため無償援助を供与すると約束し、金正日総書記はこれに対し感謝の意を表明した」という。北朝鮮が6カ国協議に協力し、中国は無償援助を与えるという取引が成立したのだ。北朝鮮にとって、これは当面の窮状を脱する唯一の選択である。


・多角的包囲網が北朝鮮を追い込む

 北朝鮮が、窮乏一途の国内経済の破綻を回避するには、中国の援助に頼るしか方法はない。国際社会が北朝鮮を見る目は年々厳しくなり、他の諸国は、核問題と日本人拉致事件が解決しない限り、手を出せない雰囲気が広がっている。同胞の韓国が太陽政策以来の交流を保っているが、大勢を動かすには遠い。むしろ、各国は次に挙げるような措置を取り、北朝鮮周辺に多角的な包囲網を形成、北朝鮮を追い込んでいる。

・米国
 ブッシュ政権は日、英、オーストラリアなど海洋国家10カ国と協力し、PSI(拡散防止構想)を結成。北朝鮮のミサイル輸出、麻薬密輸などを阻止し、資金の流入を絶つ作戦を軌道に乗せた。ボルトン国務次官は3月30日、下院外交委員会で「核開発資金を遮断した」と証言した。また、ブッシュ政権は秋には日本海にイージス艦を常駐させ、ミサイル発射にも備えるほか、北朝鮮をテロ指定国家とする理由に日本人拉致事件を加える方針。この結果、核問題と拉致事件が解決しない限り、米の経済制裁は解除されないことになる。

・日本
 与野党が特定船舶入港禁止法案を提案、今国会中に成立の見込み。この結果、必要な場合、北朝鮮の船舶や北朝鮮の港に寄港した外国船舶の入港を禁止できる態勢が取れる。日朝間の定期貨客船、万景峰号に適用すれば、日本からの高度技術製品や資金調達などに影響するのは確実。

・国連
 人権委員会が4月15日、EU、日米など13カ国提案の北朝鮮人権決議案を可決、人権特別報告官の設置を決めた。同報告官は北朝鮮の人権状況を調査して報告する任務を帯び、必要なら現地を調査する権限を持つ。このような資格の人権特別報告官が北朝鮮を調査するのは初めて。

 一方、米議会も現在北朝鮮人権法案を審議中、今秋には成立の見込み。同法案は北朝鮮に送った人道支援の食糧が確実に一般国民に届くかどうか北朝鮮全土で調査することや、北朝鮮脱出者や北朝鮮女性の人身売買防止のために活動するNGOに年間2,000万ドルの支援をすることなどを規定している。実施されれば、国連の人権特別報告官とともに、北朝鮮の人権状況を内部から監視できると期待されている。


・苦境の経済に追い討ちをかけた爆発事故

 北朝鮮が韓国企業と協力し、金剛山の観光開発や、開城の工業団地開発、また、02年7月1日からのいわゆる「7・1経済管理改善措置」などの新政策を実施したことは知られている。しかし、慢性的な食糧不足、エネルギーや肥料の不足など経済の基本を支える原材料不足が災いしていずれの試みも成果を上げるまでに至らない。むしろ、7・1経済管理改善措置では、一般国民の生活は苦しくなったとの見方が強い。

 朝鮮日報によれば、7・1経済管理改善措置の実施によって、一般労働者に配給される食糧は必要量の50%が従来通り配給所を通して固定価格で購入でき、残りは一般市場で買わなければならなくなった。固定価格は、コメ1キロが40−46ウオンだが、一般市場では350ウオンから最高500ウオン。平均賃金2,500ウオンの一般労働者にはとても手が出ず、固定価格の配給に頼るしかなかった。ところが、その配給が3月から中止されたという。同措置は、いわば市場経済原理を取り入れる試みの1つだが、物資の供給が伴わないため、物価の高騰を招くのは当然だった。

 そんな時の4月22日、金正日総書記が訪中を終えて帰国した直後、国境の龍川駅で大爆発が起きた。中朝を結ぶ経済生命線が分断されたのだ。米国務省のケリー次官補が03年9月、上院外交委員会で証言した内容によれば、中国から北朝鮮に送られるエネルギーと食糧の総額は約5億ドルだという。この多くが同駅を経由し、原油は駅近くにある化学工場に送って精製、全土に分配される。4月の農業端境期で食糧事情がもっとも苦しい時、中国からの食糧の流れも影響を受けることになった。


・北朝鮮は方針転換をするか

 北朝鮮を取り巻く内外の状況は、核開発を許すものではない。このままでは、PSIはじめ国際社会の圧力が重なり、北朝鮮は一層の苦境に陥ることは確実だ。中国も北朝鮮の核開発には反対している。今後、金正日総書記が約束通り6カ国協議への貢献をして、核放棄に応じなければ、中国は方針を変えるだろう。首脳会談前、胡錦涛主席はチェイニー副大統領と会談し、ブッシュ政権の強硬な方針も確かめている。同主席が北朝鮮の6カ国協議貢献と引き換えに無償援助の約束をしたのには、それなりの計算があったはずだ。

 北朝鮮もこうした周辺諸国の厳しい雰囲気を十分知っている。それは、金正日総書記の中国訪問前、拉致事件の解決を仄めかして日本に接近してきたことでもわかる。コメなどを獲得して当面の苦境を凌ごうとしたのだろう。それが駄目とわかって、中国一本に絞って支援を受けることになった。しかし、中国ももはや冷戦時代の中国ではない。北朝鮮が東北国境地帯の防衛緩衝地帯という意味も薄れた。北朝鮮よりも、韓国との関係のほうがはるかに重要になった。

 東亜日報と延世大学が、4月15日の韓国総選挙で当選した新人議員138人の意識調査をしたところ、今後もっとも緊密に協力するべき国家として「中国」を挙げた議員は55%、米国は45%だった。韓国と中国の経済関係が投資額、貿易額などですでに米国を上回った。政治面でも駐留米軍問題などで軋轢の絶えない米国よりも、中国に対する親近感が強まった。中国側でも、重荷にしかならない北朝鮮より、韓国を重視するべきだという意見が強まったという。北朝鮮が約束通り、6カ国協議に貢献すればよいが、その姿勢を示さない場合、中国は考えを変えざるをえないだろう。

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