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北朝鮮で何が起きているのか
持田直武 国際ニュース分析

2008年11月16日 持田直武

北朝鮮が軍事境界線を遮断、南北間の往来を止めると韓国側に通告した。背景に、韓国側民間団体が金正日総書記の健康悪化を伝える大量のビラを北朝鮮上空に散布。北朝鮮側が同総書記の健在を示す写真を公開して対抗する情報合戦がある。そんな中での北朝鮮の軍事境界線遮断の通告は何を意味するのか。


・韓国民間団体はビラの効果を確信

 朝鮮中央通信(KCNA)は12日、南北将官級会談の北朝鮮代表が韓国側に通知文を送付、「軍事境界線の陸路通行を12月1日から遮断すると通告した」と報じた。通知文はその理由として「韓国かいらい当局の反北朝鮮活動が危険なレベルを超えたためだ」と主張した。韓国のかいらい当局の反北朝鮮活動とは、脱北者を中心とする韓国の民間団体が金正日総書記の健康悪化を伝えるビラを大量に作成、風船に吊るして韓国側から北朝鮮上空に飛ばす活動を指している。

 朝鮮日報によれば、ビラの散布は脱北者や拉致被害者家族が参加する自由北朝鮮運動連合という民間団体が03年から始めた。初めは北朝鮮国民に真実を知らせ、体制の変革を促すことが目的だった。しかし、金正日総書記の健康悪化説が浮上した9月からは、同総書記の健康問題が主要テーマとなった。大きな風船1つにビラ1万枚を吊り下げ、風の向きを考慮して韓国領内や海上から飛ばす。タイマーで落下地点を決め、多い時は1ヶ月に310万枚も飛ばしたという。

 北朝鮮側は強く反発した。北朝鮮代表は10月2日の軍事実務者会談で、ビラ散布の具体例を挙げ、謝罪と責任者の処罰、再発防止を要求。今後も散布が続けば、「開城工業団地の操業や軍事境界線の通行に影響が出る」と境界線の遮断を予告していた。実は、ビラ散布などの宣伝戦は04年6月の南北軍事会談で双方が自粛することで合意。南北が朝鮮戦争以来続けてきた政府間の宣伝合戦は終息した。しかし、韓国の民間団体は合意に縛られないとしてビラ散布を続行している。


・北朝鮮は金正日総書記健在の写真で対抗

 韓国政府もこうした民間団体の活動を放置しているわけではない。北朝鮮が10月2日の軍事実務者会談でビラ散布は南北合意違反として強硬姿勢を明らかにしたあと、韓国政府は民間団体に自制を要求した。しかし、民間団体側は「政府がビラ散布を規制する法的根拠はない」との主張を変えず、その後もこれまでと同じペースでビラ散布を続けている。北朝鮮のメディアが金正日総書記の健在ぶりを示す報道を始めたのは、このビラ作戦に対抗したものとみられている。

 その最初の報道は10月4日、板門店の軍事実務者会談の2日後だった。北朝鮮のメディアが一斉に「金正日総書記が金日成総合大学と平壌鉄道大学のサッカー試合を観戦した」と報じた。メディアが同総書記の動静を伝えるのは、8月14日に人民軍部隊視察のニュースを報道して以来51日ぶり。国内向けの朝鮮中央放送も伝えたことからみて、放送の狙いは韓国民間団体のビラが伝えている金正日総書記の健康悪化説を打ち消すことにあるとみられた。

 北朝鮮メディアによる金正日総書記の動静報道はその後も写真付きで続いた。10月11日のメディアは、同総書記が人民軍の女性砲兵部隊を視察したというニュースを写真付きで報道。次いで11月2日には、大学サッカー観戦のニュースと写真。さらに5日には、人民軍の2部隊を視察した際のニュースと写真を報道した。写真で見る総書記は健康そうで重病とは思えない。しかし、これら報道には、撮影日時や撮影場所の記述がなく、健康悪化説を打ち消すには決め手を欠いていた。


・情報管理が必要な事態発生の疑問

 海外では、写真は金正日総書記が病気で倒れる前に撮影したものか、改ざんされたものとの疑問も出た。女性砲兵部隊の視察写真は、総書記と女性兵士の背後の草木が青々としていて報道時の10月とは思えないとの疑問。また、英BBCニュースは11月5日の総書記と人民軍兵士の集合写真を拡大して分析。総書記の足元の映像の画素(画像を構成している最小単位)が隣の兵士のそれと合わないとして写真は改ざんされた疑いがあると報道した。総書記の健在を示そうとした写真が逆効果を生んでいる。

 金正日総書記が脳卒中で倒れたと米メディアが最初に報道したのは9月中旬。匿名の米政府高官が複数の新聞、テレビに情報を流したのが発端だった。しかし、北朝鮮当局者は一貫して否定。米政府関係者もその後公式な発言を控えている。だが、その後の北朝鮮当局の動きは健康悪化説を裏付けると解釈されても仕方がないのが多い。北朝鮮が韓国民間団体の北朝鮮向けビラ散布に対して示した強硬姿勢や、日付や撮影場所のない総書記の写真を相次いで公表したのがその例だ。

 北朝鮮側はその一方で、朝鮮赤十字会が12日から板門店の赤十字連絡代表部を閉鎖し、南北直通電話を切断した。また、13日の英BBCによれば、中朝国境では中国からの旅行客の入国制限を実施、ほとんど入国が認められない状況だという。北朝鮮当局者は「入国者が年内の許可数を超えたため」と説明したというが、中朝の観光当局は8月末、中国人団体旅行の増加など観光協力で合意したばかりだ。やはり、金正日総書記の健康不安など、情報管理が必要な事態が発生したとの疑惑が膨らむのだ。


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