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金正日総書記の健康問題
持田直武 国際ニュース分析

2008年12月21日 持田直武

金正日総書記の健康悪化説が浮上してから3ヶ月余り。日本はじめ海外では依然重病説が流れている。だが、北朝鮮のメディアは同総書記が精力的に地方視察を続けていると伝えている。国家指導者の健康が関心を集めるのは昔も今も変わらない。しかし、国外と国内でこれだけ差があるのは例がないだろう。


・北朝鮮は総書記の視察写真で健康異変を否定

 どの国でも、指導者の健康異変は内外の最大の関心事になる。1973年の第4次中東戦争とそれに続く石油ショック当時、フランスのポンピドゥー大統領がその関心の的になった。カメラマンが会議場から出る同大統領を撮影すると、鼻孔に脱脂綿を詰めていることが分かり、単なる風邪ではないとの憶測が広まった。危機収拾に指導力を発揮するよう期待されていたが、同大統領はその後次第に公開の場から姿を消し、石油価格が急騰した74年4月、現職のまま白血病で死去した。

 各国のメディアが金正日総書記の健康問題に焦点を当てるのは同じ理由からだ。北朝鮮は6カ国協議で、約束どおり核兵器を放棄するかどうかの正念場を迎えている。その一方、北朝鮮国内では、金正日総書記の後継体制への道筋がまだ明確になっていない。こんな時、米韓の情報筋が「金正日総書記が8月中旬、循環器系の病変で倒れた」とリーク、その後も病変情報を流している。各国では、核放棄や後継体制をめぐって北朝鮮内部の混乱を予想する見方も浮上した。

 だが、北朝鮮当局は金正日総書記の健康異変を全面的に否定。それを裏付けるかのように、朝鮮中央通信(KCNA)は同総書記が精力的に地方視察を続けるニュースを報道している。同通信の16日の報道では、総書記は中国国境に近い慈江道江界市の図書館など1日に3箇所を視察。同通信は続けて17日、18日、19日と16日から4日連続して、総書記が工場や軍部隊を視察したと報道した。いずれの報道も総書記の健在ぶりを示す写真が付いている。


・国外では写真にも疑問符

 だが、この写真付きの報道にも拘らず、国外の疑問は消えない。朝鮮中央通信は総書記が地方視察をしたと報道するが、その日時や詳しい場所は伝えないのが普通だ。このため、国外のメディアの中には、総書記が健康異変で倒れる前の写真を公表しているとの疑問や、写真を捏造したなどの疑惑を報じるものもある。北朝鮮当局はこうした疑惑を無視しているが、朝鮮中央通信が16日に報道した総書記の図書館視察の写真だけは例外的に日付が分かった。

 この写真は、金正日総書記が図書館事務室でコンピューターを覗きこむ姿を写したもので、写真にはこれまでどおり撮影日時などのデータは記載してない。しかし、総書記が覗きこむコンピューターの画面には、16日付けの労働新聞の一面の記事が映し出されていた。平壌で15日、エジプト通信会社の協力で第三世代移動通信サービスの開通式が行われたという大見出しの記事だ。これを見れば、総書記の図書館視察が16日だったことが分かる。

 北朝鮮当局が治安上の観点から日付の公表に慎重な理由は分かる。どの国でも、公安当局の最大の任務の1つは、指導者の安全をはかることだ。図書館のコンピューター画面で、総書記の視察日を明かしたのは、意図的か、意図せぬことなのか真相は不明だ。ただ、16日から4日連続の地方視察には疑問も湧く。総書記は66歳。総書記を直接診察したというフランス人神経外科医フランソワ‐ザビエル・ルー医師によれば、総書記が脳の血管障害を起こしたのは事実と見られるからだ。


・地方視察を続ける背景に広まる危機感

 金正日総書記の健康異変説は北朝鮮国外で信じられているが、直接確認した情報はこれまでなかった。それを変えたのが、フランスの神経外科医フランソワ‐ザビエル・ルー医師の発言だった。同医師は11日付けのフィガロ紙のインタビューで「金正日総書記は脳の血管障害を起こしたが、手術は受けず、その後回復している」と語った。同医師は10月末、平壌で総書記を診察したことも認めた。その後、同医師はAP通信に「金正日総書記とは会ったことはない」と否定した。

 ルー医師は否定したものの、同医師が総書記を診察したことを疑う向きは少ない。同医師がパリで金正日総書記の長男金正男氏としばしば会い、10月末に北京から平壌に向かったことが確認されているからだ。同医師はフィガロ紙とのインタビューで「北朝鮮が現在公表している一連の写真はほんものだと思う。金正日総書記は北朝鮮の実権を握っているようだ」とも語った。同医師が総書記を直接診察したとすれば、専門医の判断として無視できない。

 その専門医の見地から見て、脳の血管障害を起こした金正日総書記が4日連続の地方視察をするのは好ましくないに違いない。しかし、総書記が地方視察をしなければ、健康悪化説が広まり、北朝鮮国民の間に動揺が広がりかねない。韓国から健康悪化説を伝えるビラが飛来し、中国国境では脱北者を支援する団体が噂を広めている。北朝鮮の国家安全保衛部は18日、韓国の情報機関が総書記の標的にするテロを企画したと非難した。その背景には、この危機感がある。


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