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パキスタンの不安
持田直武 国際ニュース分析

2008年3月2日 持田直武

野党勢力が連立政権樹立で合意、ムシャラフ大統領に辞任を要求した。応じなければ、弾劾裁判で罷免するという。その一方で、野党第一党の人民党はアフガニスタン国境でイスラム過激派に対する軍事作戦を中止し、話し合い解決を提案した。パキスタンの動揺はブッシュ政権のテロ戦争にも波及してきた。


・野党勢力が政局の指導権を握る

 パキスタンの2大野党、人民党のザルダリ共同総裁とイスラム教徒連盟シャリフ派のシャリフ元首相は21日の会談で、連立政権の樹立で合意した。会談後、両指導者はムシャラフ大統領の辞任を要求、拒めば弾劾裁判で罷免も辞さない強硬姿勢を示した。また人民党は24日、アフガニスタン国境での軍事作戦中止、拘束中の政治犯釈放、過激派との話し合いなども提案。同大統領の辞任だけでなく、ブッシュ政権と協力して進めてきたテロ戦争も見直す姿勢を打ち出した。

 両野党は18日の総選挙で下院の過半数を確保し、連立政権の組閣は可能だ。しかし、ムシャラフ大統領を弾劾裁判で罷免するには上下両院の3分の2以上の支持が必要となる。だが、これも総選挙で野党勢力が大勝した余熱もあって、中立的な中小政党の中には連立政権に協力する動きも出ている。このため、同大統領が辞任を拒否し、弾劾裁判になった場合でも、3分の2の絶対多数で罷免できるという見方もある。ムシャラフ大統領に対する包囲網が次第に固まっている。

 これに対し、ムシャラフ大統領は22日のワシントン・ポストに寄稿、「新議会と協力してテロと戦う」と述べ、辞任を拒否した。同大統領は昨年10月再選した時、陸軍参謀総長を兼務、軍の情報機関MIとISIの2つを握って強権を振るった。しかし、民主化を援助の条件とするブッシュ政権の圧力で11月、参謀総長を後輩のキヤニ将軍に禅譲して、今はいわば文民大統領で実権は大幅に縮小した。連立政権が強硬な要求を付き付けても、対抗するのは難しいに違いない。


・ブッシュ政権の困惑

 ブッシュ政権が対応に苦慮していることは間違いない。ホワイトハウスのペリノ報道官は25日「ブッシュ大統領はムシャラフ大統領を全面的に支持する」と強調。その理由として、テロ戦争で米に協力していることや、自由選挙で民主化を進めたことなどを列挙した。ネグロポンテ国務副長官も28日の上院外交委員会で「ムシャラフ大統領との緊密な関係を維持する」と表明した。しかし、政局の指導権が野党勢力に移ることは確実で、ブッシュ政権はいずれ政策転換を迫られる。

 その場合の問題は、連立政権がテロ戦争に協力するかどうかだ。上記のように、人民党はアフガニスタン国境での軍事作戦停止などイスラム過激派に対し一連の和平提案をした。これに対し、過激派組織テリク・エ・タリバンのスポークスマンはAP通信に対し電話で「停戦のための話し合い」に応じると回答した。テリク・エ・タリバンは国境地帯に根拠地を置く過激派組織で、米やパキスタンの情報機関は「リーダーのマスード司令官はブット元首相を暗殺した首謀者」と見ている。

 人民党の和平提案は同党が独自に提案したもので、連立の相手であるイスラム教徒連盟シャリフ派は賛否を表明していない。しかし、世論調査によれば、パキスタン国民の4分の3が過激派を深刻な問題と考えるものの、ブッシュ政権のテロ戦争に協力することを支持するのはわずか9%。この世論から見て、連立政権は人民党の主張を汲んで、イスラム過激派との話し合い路線に傾くとの見方が強い。ムシャラフ大統領には、それを阻む力は最早ないと見られている。


・戦場はアフガニスタンからパキスタンへ

 パキスタン北西部の国境山岳地帯には、上記のテリク・エ・タリバンなど3つのイスラム過激派組織が根拠地を置き、9・11事件のビン・ラディン容疑者も潜伏していると推定されている。中でも、テリク・エ・タリバンは動員兵力約5,000人、アフガニスタンのタリバンやアル・カイダと連携して最近急速に支配地を拡大。国境を越えてアフガニスタン駐留の米軍を攻撃するほか、パキスタン国内でも一連の自爆テロを敢行。ブット元首相の暗殺はその中の1つと見られている。

 ムシャラフ大統領はこれら過激派を鎮圧するため軍隊を投入した。しかし、野党の中には軍事行動は事態を悪化させるとの批判が強い。人民党の軍事作戦中止の提案はこうした批判派の主張を取り入れたものだが、ブッシュ政権は反対している。軍事作戦を中止している間、過激派は弾薬を補給し支配地を固める結果になるというのだ。パキスタン軍が昨年一時停戦した際、アフガニスタンで米軍に追われたタリバンやアル・カイダが国境を越えて侵入、補給して戻ったと米情報関係者は見ている。

 現在、アフガニスタンには米軍を含むNATO軍が4万3,000人、他に米軍の別働隊約1万6,000人が展開している。アフガニスタン東部戦線のNATO軍司令官ロドリゲス米軍少将によれば、これに対し、イスラム過激派タリバンとアル・カイダは国境を越えて連携作戦を展開し、一歩も退かないという。最近、両国を視察した米民主党のバイデン上院外交委員長は24日の外交委員会で「アフガニスタンで過激派を押えなければ、次はパキスタンだ」と危機感を表明した。


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