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米大統領選挙 オバマ候補の不安
持田直武 国際ニュース分析

2008年5月25日 持田直武

民主党オバマ候補が党大統領候補として共和党マケイン候補と対決することが確実になった。黒人が米建国以来続いてきた白人大統領の座に初めて挑戦する。違和感を持つ向きもあり、選挙戦が厳しいものになるのは間違いない。


・オバマ候補が資金面でマケイン候補を凌ぐ

 オバマ候補は支持者を増やしながら同時に献金も増やす選挙戦が成功し、クリントン候補に勝った。インターネットを使って10ドル、20ドルという小口献金を有権者から募る。その献金者とメールで連絡を取りつつ、献金者の層を周辺に拡大。中には2回、3回と献金する熱心な支持者も増え、これを中心に膨大な草の根のオバマ支持層が形成された。その結果、下記のようにオバマ候補への献金は今年に入って急上昇、クリントン候補やマケイン候補をはるかに凌ぐ巨額になった。

「民主、共和3候補への献金額」(連邦選挙管理委員会08年4月21日)
          07年9月    07年12月    08年3月          
民主党 オバマ   7,856万ドル 1億0,209万ドル 2億4,017万ドル      
    クリントン 7,971万ドル 1億0,705万ドル 1億9,480万ドル
共和党 マケイン  2,751万ドル   3,748万ドル   8,014万ドル


 オバマ候補とクリントン候補は昨年末まで献金額で拮抗していた。しかし今年に入ると、オバマ候補のインターネット献金が威力を発揮、3月末の累計でクリントン候補を4,500万ドル余りも引き離した。小口献金で支持者を増やす作戦の成果だった。献金パーティを主要な集金手段としたクリントン候補の作戦負けである。オバマ候補はこの手法を新民主主義集金と呼んで誇示。11月の本選挙でも、この手法で選挙戦を進める方針を表明している。

 これに対し、共和党のマケイン候補は献金額では上記のようにオバマ候補に太刀打ちできない。11月の本選挙では、マケイン候補は公的資金を使うことになる模様だ。その場合、支出は8,400万ドルに制限される。一方、オバマ候補の場合、公的資金を使わなければ支出制限はない。同候補が強力な献金組織を持つことを考えれば、公的資金を使わないほうが有利なのは明らか。マケイン候補はオバマ候補に公的資金による選挙を呼びかけているが、受け容れる様子はない。


・支持率は五分五分、政策面にも共通点

 メディア各社の世論調査では、オバマ、マケイン両候補の支持率は五分五分で優劣は付け難い。ギャラップ社が全米の有権者を対象に実施している調査では、以下のようになっている。

「ギャラップ社世論調査」
  08年4月/1日  10日  20日   5月/1日  10日  20日
オバマ   44%  46%  45%    42%  47%  47% 
マケイン  46%  43%  45%    48%  44%  44% 

 政策では、両候補とも包括的な政策提案をまだ出していない。外交、内政の主要問題について、両候補のこれまでの主張を要約すると下記のようになる。

 「外交政策」
 イラク駐留米軍の撤退
  オバマ  大統領就任後16ヶ月以内に全部隊撤退
  マケイン 1期目の任期終了の2013年までにほとんどの部隊撤退
 イラン核開発問題
  オバマ  指導者と直接交渉も辞さず、武力行使も選択肢の1つ
  マケイン 欧州諸国と協力し経済制裁、外交圧力、武力行使も選択肢の1つ
 
 「国内政策」
 妊娠中絶問題
  オバマ  中絶を容認 出産直前の中絶には反対
  マケイン 中絶に反対 容認を認めた憲法解釈の変更を求める
 温暖化問題
  オバマ  総量規制支持、排出権取引を支持
  マケイン 総量規制支持、排出権取引を支持
 違法移民問題
  オバマ  米市民権付与への道を開く
  マケイン 米市民権付与への道を開く

 オバマ、マケイン両候補が決定的に対立するのは中絶問題だけと言ってよい。一時イラク問題で対立したが、マケイン候補が米軍の撤退時期を明示して立場が接近した。温暖化問題でも、同候補が総量規制支持を打ち出し、両者の立場はさらに接近。この結果、本選挙ではこれら政策面よりも、大統領としての資質など基本的な面が争点になると見られる。マケイン候補が問われるのは、就任時72歳で歴代大統領として最高齢という点。一方、オバマ候補は初めての黒人大統領として偏見を克服できるかという点だ。


・人種問題浮上の不安

 予備選挙では、各候補が自制し、人種問題は最小限に抑えられた。しかし、本選挙ではそれは難しいだろう。米国が独立して以来、白人が坐ってきた大統領の座に今回の選挙で初めて黒人が坐る可能性が生じたからだ。その結果、白人が坐ることを前提にして作られた緒制度や習慣をもう一度検討し直す必要があるのではないかという見方が浮上している。ニューヨーク・タイムズは5月12日、そのことを示唆する「背教者大統領」という論評を掲載した。

 筆者は同紙の常連寄稿者で戦略国際問題研究所フェローのエドワード・ルトワック氏。同氏によれば、オバマ候補は「イスラム教を捨てた背教者、イスラム世界では殺人者にも劣る最悪の犯罪者とされ、殺害しても犯人は訴追されない」という。オバマ候補は米国留学中のケニヤ人の父と米国人の母との間に生まれた。父は黒人のイスラム教徒、母は白人のクリスチャン。この場合、イスラム世界では子供をイスラム教徒として扱うが、オバマ候補は母と同じクリスチャンに改宗した。

 ルトワック氏によれば、イスラム世界では、例外もあるが、改宗者はイスラム法廷で死刑判決を受けるという。同氏はその例として、イランで94年男性の改宗者が死刑判決を受け、ローマ法王が介入して救出したが、その後拉致され殺害された例。アフガニスタンで06年、死刑判決を受けた男性改宗者を精神異常者と偽って救出、イタリアに亡命させた例を挙げた。そして、オバマ候補が当選した場合、外国訪問の際の警備をはじめ、従来と全く違う基準で考える必要があると論じている。


・クリントン候補も予期せぬ出来事に備える

 ルトワック氏の見解には多くの反論が寄せられた。コラムニストのジョージー・ゲイヤー女史は20日のヤフー・ニュースに寄稿し、「危険でナンセンスな視点を選挙戦に持ち込んだ」と非難。さらに「本選挙までの数ヶ月間、この種の悪意が至る所に出現して選挙戦を揺さぶる」と述べ、有権者に警戒するよう呼びかけた。しかし、同女史はイスラム世界が改宗者を最悪の犯罪者として極刑に処するなどの事実関係については否定しなかった。

 有権者の間にも、オバマ候補には身辺上の不安があるとの認識が浸透しているのも間違いない。クリントン候補が23日、サウスダコタ州の新聞社のインタビューで、選挙戦から撤退しない理由を聞かれ、「68年のロバート・ケネディが暗殺されたのは6月だった」と答へ、6月最後の予備選挙まで運動を続ける方針を表明した。この発言を聞いた有権者が、運動継続はオバマ候補の暗殺を期待しているためと受け取って、抗議が殺到。同候補は謝罪せざるをえなくなった

。  これには伏線があった。ニューヨーク・タイムズが21日、クリントン候補が撤退しないのは「オバマ候補に予期せぬ出来事が起きた場合に備えるため」と伝えた。それによれば、「クリントン候補はオバマ候補も今は順調だが、予期せぬ出来事や自らの失敗で今後どうなるか分らない。クリントン候補としては、予備選挙を最後まで続けて実績を作り、党がオバマ候補の代わりを必要とした時に備える考えだ」という内容だった。これを読んだ有権者が暗殺を連想する、そんな雰囲気が広がっている。


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