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穀物価格高騰の不安
持田直武 国際ニュース分析

2008年5月18日 持田直武

穀物の国際価格が短期間に急騰、不満が世界に広がっている。アフリカでは各地で暴動が頻発、米国でもスーパーがコメの買いだめを防ぐため販売量を制限した。国連の調査では、供給は増えているが、需要も増えて在庫が逼迫。バイオ燃料への転用、投資ファンドの投機も高騰に一役買っている。


・供給が需要に追いつかない不安

 食糧の国際価格が急騰し始めたのは06年からだ。FAO(国連食糧農業機関)の調査では、米国の小麦1トンの今年3月の平均輸出価格は481ドル、1年前に較べ2.3倍余り値上がりした。コメの輸出価格の基準となるタイ産のコメも今年3月、1トンあたり平均567ドルと1年前に較べて1.74倍も値上がりした。(下記の表参照)

「主要穀物の輸出価格」(FAO調査08年4月 トン/米ドル)
      07年3月 12月   08年1月  2月  3月
米国産小麦   209 381     381 449 481
同トウモロコシ 170 178     206 220 234
タイ産コメ   325 376     385 463 567

上記のような価格の急騰に対して、世界の生産と在庫、需要は下記のようになる。

「主要穀物の生産、在庫、供給と需要」(FAO 単位100万トン)
        05年/06年  06年/07年  07年/08年
生産      2054.7  2012.9  2108.5
繰り越し在庫   469.8   425.6   405.1
供給      2524.0  2482.8  2533.6
需要      2042.2  2065.6  2125.5
(注)数字は各国の会計年度の違いが原因で整合性がない。

 上記で見るように、06年/07年から2年間、生産が需要を下回った。オーストラリアの干ばつなどの影響が大きい。不足分は繰り越し在庫でまかなってきたが、その結果、在庫量が大幅に減少した。米農務省によれば、08年収穫の米国の小麦が大豊作の見込みで、実現すれば需給面の逼迫状況は当面改善されそうだという。しかし、需要が今後も高い伸びを続けることは確実。生産が画期的に増えなければ、在庫が底を突き、需要が供給を上回る状況が恒常化するとの不安が消えない。


・背景に中国、インドの需要増

 食料の需要が増える原因の1つは、人口が増加するからだ。世界の人口は1959年には約30億人だったが、40年後の99年には約60億人に倍増。現在は66臆7,700万人余り。今後も毎年7,000万人余りずつ増えて、2050年には約94億人に達する見込みだ。現在より40%増えることになる。今後の食糧生産がこの増える人口に見合って増加するか、どうか。地球上で耕作できる土地には限りがあることを考えれば、不安が起きても不思議ではない。

 また、需要増加は人口増だけが原因ではない。中国やインドなど経済成長が著しい国が牛肉の消費を増やすことも増加につながる。英BBC放送によれば、中国の牛肉消費量は1980年、1人あたり年間20キロだったが、07年には50キロに増えた。牛肉1キロを生産するのに7キロの穀物が必要。この結果、中国の穀物消費が増え、世界的な需要増に拍車をかけているという。中国やインドはこの見方に反論、需要増は米など先進国が車のバイオ燃料に穀物を使うためと主張している。

 FAOによれば、世界全体でバイオ燃料に使う穀物は07/08年度で1億トン(世界の穀物生産量の約5%)に達すると推定されている。その95%はトウモロコシで、米国がそのうち8,100万トンを使ってエタノール燃料を抽出する。ブッシュ大統領は07年の一般教書で、エネルギー政策の一環として10年間でガソリン中のエタノール導入目標を350億ガロンに増やす方針を打ち出した。生産はこの方針に沿って増産中で、07/08年度のエタノール生産は前年度を37%上回る。


・供給不足につけ込む国際投機筋

 需給が逼迫すれば価格が高騰し、投機筋が利ざやをねらって介入する。カナダのNPOグローバル・リサーチによれば、最近の穀物価格の高騰にも国際的なヘッジ・ファンドが一役買っている。それによれば、国際穀物取引の舞台シカゴ穀物取引所では、06年からの2年間にヘッジ・ファンドの投資が550億ドルと3倍に膨らんだ。米国のサブプライム・ローンが破綻し、金融危機を恐れた投機筋が資金を株式市場から穀物市場に振り替えたためと推定されている。

 ほぼ同時に起きた原油価格の高騰も穀物価格を押し上げる一因となった。原油価格は07年初めには1バレル、60ドル前後だったが、その後1年間で倍増。5月16日のニューヨーク市場では127ドル台と史上最高値をつけた。投機筋が穀物市場の場合と同様、株式市場から資金を振りかえたのが原因だ。この結果、原油の値上がりと並行して、ガソリン価格も急騰、穀物生産に欠かせないトラクターの燃料費や肥料代、生産した穀物を運ぶ輸送経費が嵩むことになった。

 こうした穀物価格高騰の影響は他の食品にも及んでいる。世界の穀物生産の約35%は家畜の飼料として使われる。このため、穀物価格の高騰に並行して家畜の飼料代も高騰、肉やミルクなど日用食品の値上がりを招いた。この背景について、英国のニュー・ステーツマン誌は「価格急騰は国際ヘッジ・ファンドの投機が原因」と分析。世界的な人口増やバイオ燃料化は長期的には影響するが、最近の問題は「サブプライム・ローン問題に端を発した信用危機が根源にある」と指摘している。


・発展途上国に押し寄せる津波

 国連食糧計画のシーラン事務局長は4月22日の記者会見で、穀物価格高騰は「静かな津波の襲来」と述べ、「この結果、世界で1億人が新たに援助を必要とするようになる」と警告した。影響を受ける国は世界の36カ国、食糧を国内生産で賄えないアフリカ諸国が21カ国で最も多い。これら諸国では、エチオピアのように日用食品が値上がり、買えなくなった市民が暴動を起こして軍隊と衝突。あるいは、ハイチのように暴動が原因で首相が辞任に追い込まれた例もある。

 この動きの一方で、食糧輸出国の中には国内の需給を優先し輸出を禁止する動きが出て、輸入国の不安を高めた。米国でも、コメの輸出国インドやベトナムが規制を実施したのと並行、買いだめの動きが起きた。このため小売大手ウオルマート・ストアーズ系列のサムズ・クラブは4月、コメの販売を1人4袋に制限。英国でもコメの輸入大手のチルダ社が顧客への販売を2袋に制限した。米国内で商品の販売制限をするのは第二次世界大戦の際、石油や電球の販売を規制して以来だという。

 こうした状況に対して、決め手となる対策は今のところ見当たらない。価格高騰の原因についても、中国やインドと米など先進国の主張は食い違っている。国連はFAOが中心となって6月3日からローマで食糧サミットを開催する。だが、これは現在食糧不足に苦しむ国への緊急支援が中心となり、いわば対象療法でおわりそうだ。しかし、世界の人口増加やこれに見合った農業生産体制と流通体制の確立など、今回の価格高騰を齎した根本原因と向き合わなければならない時が必ず来る。


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