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6カ国協議 北朝鮮の異変
持田直武 国際ニュース分析

2008年9月21日 持田直武

金正日総書記の病変が伝えられてから2週間。北朝鮮は詳細を公表しないが、日本はじめ関係国には衝撃だった。万一の場合、誰が核兵器を管理するのか。大量の難民が食糧を求めて国境の外にあふれ出ないか。拉致された日本人は安全か。今のところ、北朝鮮国内の混乱はないというが、眼は離せない。


・国家統制力を維持の見方

 金正日総書記の健康悪化が表面化したのは9月6日、韓国の朝鮮日報の報道だった。韓国政府筋の話として「同総書記が8月14日人民軍部隊を視察したあと消息がなく、8月末には中国の医師5人が北朝鮮に向かった。健康状態に異常が起きた疑いがある」という内容だった。同紙は9月9日にも「中国駐在の韓国外交官が中国側関係者から『金正日総書記が倒れた』という情報を入手、9日の北朝鮮建国60周年式典に同総書記が出席するか見守っている」と伝えた。

 北朝鮮は建国記念日を盛大に祝うのが恒例、特に今年は60周年で金正日総書記が出席するのは確実とみられていた。人民軍が大規模なパレードの準備をしているとの情報もあった。だが、同総書記は式典に出席しなかった。ニューヨーク・タイムズなど米メディアは米情報当局者の話として「金正日総書記は数週間前、脳卒中の可能性がある病気に罹り、式典に出席しなかった。しかし、生命の危険はなく、権力の委譲を示すような兆候はみられない」と一斉に伝えた。

 韓国の国家情報院も10日、この件に関する情報を国会に報告した。それによれば「同総書記は8月14日以降、循環器系の異常で外国人医師の手術を受けた。集中治療の結果、病状は好転、意識はある。動くこともでき、言語障害はない。国家統制力を失っておらず、北朝鮮内部に動揺はない」という内容だった。これに対し、当の北朝鮮は公式には何も明らかにせず、19日板門店の南北実務者会談に出席した北朝鮮の玄鶴峰外務省米州副局長は病気説を「悪人の詭弁」と一蹴した。


・6カ国協議合意を逆戻りさせる動き

 米韓の情報当局は、病変にも関わらず金正日総書記が権力を握る立場に変わりはないとみている。しかし、異変が起きた8月14日以降、北朝鮮の核交渉をめぐる姿勢は大きく変わった。北朝鮮は8月14日に寧辺の核施設の無能力化を中止。9月に入ると、同施設の復元作業を始めた。また、平壌放送は8月31日「我国は何時でもテポドン・ミサイルを打ち上げることができる」と強調。これまでの協調姿勢を一変し、6カ国協議の合意を逆戻りさせる動きをみせている。

 この強硬姿勢の背後に北朝鮮軍部の動きがあるのも間違いない。北朝鮮外務省が8月26日の声明で核施設の無能力化中止を発表した時、「我が当該機関の強い要請に応じて同施設を直ちに原状どおり復元するだろう」と予告。当該機関、つまり軍部が核施設の復元を強く主張していることを示唆した。米の専門家はこのまま復元作業が続けば、再処理施設は2ヶ月で復元され、使用済み燃料棒から核兵器用のプルトニウムを取り出せるようになると推測している。

 北朝鮮が態度を変えたもう1つが、拉致被害者再調査の先送りだ。北朝鮮は8月11日から13日まで中国瀋陽で開催した日朝実務者協議で、拉致被害者の再調査を実施し、今年秋までに結果を出すと約束した。しかし、9月4日になって突然、調査延期を通告してきた。日本で新政権が発足し、その北朝鮮政策を見極める必要があるという理由だった。しかし、この理由を信ずるのは難しい。金正日総書記の側に問題が起きているためとみるほうが自然だ。


・万一の場合の対応策はあるのか

 金正日総書記の健康異変説はこれまで何回となく伝えられた。だが、今回ほど真実味を帯びた例は初めてと言ってよい。万一の場合、後継体制がどうなるか不確実との見方も強く、現体制の崩壊、混乱を予測する向きは多い。軍部が台頭して核やミサイル開発を強化する可能性もあり、日本はじめ周辺国に与える影響は大きい。しかし、13日の米誌ニューズウイーク(電子版)によれば、米国も「ポスト金」計画はないに等しく「ただ、混乱が起きないことを願うしかない」という。

 米韓両国はクリントン政権時代、緊急事態に備えた軍事対応策「概念計画5029」の作成に手を付けたことがあった。金正日総書記の死去で内乱が発生し、反乱軍が核や化学兵器を奪取、住民の大量脱出などに備えた計画だった。だが、その後金大中政権の太陽政策推進や、南北対話の進展などがあり、計画は棚上げされた。その計画が今回の金正日総書記の病変で、日の目を見ることになった。米韓両国は10月の米韓定例安保協議で同計画を作戦計画に格上げする。

 日本も、今回の金正日総書記病変を機に、北朝鮮に対する基本姿勢を考え直すことも必要だ。北朝鮮が4日拉致被害者の再調査の延期を通告、その理由として「日本の新政権の対北朝鮮政策を見極めるため」と主張した。北朝鮮が日本の北朝鮮政策を審判し、その良し悪しで再調査の実施を決めると言うのに等しい。理不尽としか言いようのない主張にも拘わらず、日本政府が反駁した様子はなかった。日朝交渉がこのような形で進められているとすれば、早急に改めなければならない。


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