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米大統領選挙 マケイン候補の賭け
持田直武 国際ニュース分析

2008年9月1日 持田直武

ブッシュ大統領の失政のおかげで共和党に対する好感度は47%に低落、民主党は58%に浮上した。今回の選挙は民主党が絶対有利。この状況下、共和党マケイン候補が副大統領候補にキリスト教福音派のペイリン知事を起用する賭けに出た。同派の年来の願望である妊娠中絶禁止に配慮する姿勢を示し、同派の膨大な保守票を確保するのがねらいだ。


・候補者は有権者の期待と願望の権化

 民主党大会がオバマ候補を大統領候補に指名した。共和党もまもなくマケイン候補を指名する。最近の党大会は派手な演出ばかりが目立つが、本来の目的は米国民が候補者に期待と願望を託す儀式である。大統領に当選した候補が就任後、この期待と願望に応えることが出来るのか。それが今後の課題だが、ボストン大学のベイセヴィッチ教授はロサンゼルス・タイムズに寄稿した評論(24日付)で、「それが出来たためしはない」と冷たく分析している。

 同教授によれば、「就任式の日、新大統領は国民の様々な期待と願望の権化」だという。ところが、「任期中に、大統領はこれら国民の願いを満たすことは必然的に出来ないのである。そこで、当然のように同じことが繰り返される。米国民は次の大統領候補を探して期待と願望を託そうとする」。今回、民主党はオバマ候補、共和党はマケイン候補に期待と願望を託すが、今回の期待と願望は「過去に例がないほど重い」と同教授は指摘する。

 重くなった原因は、ブッシュ大統領の失政のためである。同大統領の8年間で、米経済は弱体化、銀行が倒産、国民はサブプライム・ローンの破綻とガソリン価格の高騰に悩まされている。また、イラクを間違って攻撃したことが響いて米の威信は失墜。同盟国との関係も地に墜ちた。ロシアがそこに付け込んでグルジアを攻撃、新冷戦の不安が広がっている。当然の成り行きとして、米国民はこの閉塞状況からの脱出を求め、次期大統領にその願望を託すことになる。


・状況はオバマ候補が圧倒的に有利

 選挙戦の面から考えれば、この状況は野党民主党に圧倒的に有利である。ワシントン・ポストの調査(8月19−22日)によれば、有権者の78%が米国はブッシュ政権下で「間違った道に迷い込んだ」と考えている。その結果、今度の選挙にあたって、有権者の58%が民主党に好感を抱いているのに対し、共和党に好感を持つのは47%と2桁の差がある。オバマ候補がこの状況を味方に付ければ、共和党マケイン候補に対し圧倒的に有利な立場に立つと期待できる。

 だが、ギャラップ世論調査所の調査によれば、これまでオバマ候補の支持率は必ずしも期待どおりではなかった。民主党の党大会(25−28日)前後の支持率の変遷は次のようになっている。

     8月23日 24日 25日 26日 27日 28日 29日 30日
オバマ候補  45% 45% 44% 45% 48% 49% 49% 48%
マケイン候補 45% 45% 46% 44% 42% 41% 41% 42%

 民主党大会前のオバマ候補はマケイン候補と互角、あるいは押され気味。26日になってようやく上昇に転じた。党大会開催で、メディアの報道がオバマ候補一色になったからだ。だが、今後もこの上昇が続くという保障はない。マケイン候補が29日、副大統領候補にアラスカ州知事でキリスト教福音派のペイリン女史を起用するという大胆な賭けに出た。この起用で、マケイン候補と福音派の間にあった冷たい空気が緩み、福音派がマケイン支援に本腰を入れる気運が生まれたからだ。


・キリスト教福音派の願望

 福音派がマケイン候補を本格的に支援すればオバマ候補に勝ち目はない。福音派の組織票は約2,500万票、前回04年の大統領選挙で、同派の約2,000万票がブッシュ大統領支持にまわったと言われる。同大統領の総得票の約40%だ。だが、マケイン候補は同派の指導者とかねてから馬が合わず、今回の選挙では同派の票の行方が決まらなかった。しかし、同候補が副大統領候補に福音派のペイリン知事を起用したことで、関係改善に向けた風が吹いてきた。

 ペイリン知事は44歳、アラスカ州知事として任期2年目、子供は5人。今年4月に出産した5人目の子供が、妊娠中にダウン症と判明。医師は中絶を勧めたが、拒否した。妊娠中絶や同性愛結婚を認めないという、福音派の主張を実践したのだ。マケイン候補が同知事の副大統領候補起用を発表すると、同派の有力指導者で、「家族に焦点の会」のドブソン会長が声明を発表、同知事の全面支援を約束した。同会長はマケイン候補に投票しないと公言していたが、これを覆したことになる。

 福音派は長年の願望として妊娠中絶の禁止を掲げ、大統領選挙や議会選挙で中絶禁止を主張する候補を支持してきた。中絶反対の公職者を増やして、最高裁判所が1973年に出した中絶合法化の判決を覆すのがねらいである。マケイン候補も保守派の信条に沿って妊娠中絶に反対している。しかし、同候補はレイプや近親相姦、母親の生命が危険な場合の中絶などは例外として認めるべきだとも主張する。福音派はこの点が不満で、同候補への支持を控えてきた。


・マケイン候補は賭けに勝つか

 今後、福音派が組織を挙げて運動すれば、マケイン候補は当選するだろう。そして、大統領に就任したあと、妊娠中絶禁止という同派の願望に応えることが出来るかが問われることになる。しかし、冒頭のベイセヴィッチ教授の説によれば、「それが出来たためしはない」のである。米大統領は強大な権限を持っていると言われるが、実際は強大な権限行使の一部に関与していると言うほうが正確だ。妊娠中絶を禁止する場合でもそれは同じで、大統領が単独で決定出来るわけではない。

 まず、最高裁判所の判決を覆すためには最高裁長官を含め9人の裁判官の過半数の支持が必要になる。現時点では、中絶禁止を支持しそうな保守派判事が4人、反対しそうな判事が4人、中間が1人だ。大統領の役割は9人の判事に欠員が出た場合、補充の人選をすることしか出来ない。福音派はその際、大統領が中絶禁止派の判事を選ぶことを期待している。歴代の共和党大統領はその期待に応えて中絶禁止派の判事を選んだ。しかし、中絶禁止の判決は今も出すことが出来ない。

 共和党大統領が中絶禁止派の判事を選べば、民主党の大統領は容認派を選び、両派の勢力は均衡。さらに議会の意向も加わって現状維持の状態が続く。福音派の願望達成の望みは現状ではまずない。しかし、同派が中絶禁止の願望を捨てることもない。ベイセヴィッチ教授が言うように、今の候補がだめなら次の候補を探して願望を託すことを止めない。マケイン候補はペイリン知事を起用して、福音派の願望に応える姿勢を表明。同派の支持確保をねらうという大胆な賭けに出た。願望に応えることは出来ないのは明らかだが、支持は得られるかもしれない。


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